下位貴族の議員たちは顔をしかめながらシューテルを見ていた。
何をしているのかというと、そもそも彼と言えば何度か語られている通り、
旧ローファル率いるクラウディアスの悪の枢機卿の一角――彼に対する不信感が払拭できないのは仕方がないことである。
だが――
「どうした? 特別執行官殿は私らのことをしっかりと調べてくださったのだ、何処にも問題はなかろう?」
悪の枢機卿の一角ゆえの人物かと思えば経歴自体はなんともクリーンなお方だった。
「確かにそうですね――これを見る限りではシューテル氏もラケシス氏もクリーンな方のようですね……」
だが、どう見ても悪人面なのが玉に瑕である。
「こういう顔なのだ、それは仕方がなかろう?
当時はとにかくローファル一強という政治体制、ゆえに我らはそれについていくしかなかったのだ。
言うとおりに事を進めねば家を潰されかねんからな、それだけは避けねばなるまい。
しかし、セ・ランドへ逃亡した際のサディウスの計らいのおかげで家は無事に残ったようだ、
重ね重ね感謝せねばなるまいな。
とにかく、今後はでかい顔をして腐敗政治を行う輩がおらぬし、
あのアガロフィスも暴かれ不正な献金もなくなったようだから私も安心できるというものだ」
そう言うと、シューテルは立ち上がった。
「どこへ!?」
1人がそう訊くとシューテルは得意げに答えた。
「仕事に決まっておるだろう?」
シューテルが赴いた先、そこは棚田だった。
「視察……ですか?」
1人の議員が訊くとシューテルは偉そうな態度をしたまま「そうだ」とだけ答えた。
するとそこへ――
「ほら、来おったぞ」
と、そこに来たのは例の中位貴族……いや、没落貴族共だった。
貴族共の中には例の解散させられた時のメンバーのみならず、
途中で離脱を決行したはずのメンバーも含まれていた、彼らはリリアリスから逃げられなかったということである、恐るべし。
そう、汗水働けというのはそういうことである、彼らは作業着を着せられていた。
無論、政治犯たちも等しくそこに立たされており、汗水流せというお達しが来ているのだった。
そこへあの農業大臣オリエンネストがやってきて――
「うわっ……なんか、すごい貫禄があるメンバーだな――」
彼らの存在に少々ビビっていた。
「大臣殿、私がいる、連中が下手な真似をしようものなら私に言ってくれればよい」
それはなんかむしろ心強い――オリエンネストはビビりながらも多少はほっとしていた。
「さてと、まずは田んぼを耕してほしいんだけど――どこから説明しようかな――」
オリエンネストは悩んでいた、どうしたもんだか――と。するとそれを見かねたシューテルは首を振りつつ――
「よい、私がやる、お主はまずは下がっておれ――」
と言った――どういうことだろうか、首をかしげていると……
「エグアルド、お前が周りに見本を見せるのだ」
と、シューテルはなんと鍬をその貴族に押し付けるように渡すと、そいつはため息をつきつつ言った。
「くっ、このようなことをやらされるとはな――まあよい……」
すると、そのうちの1人が愚痴をこぼしていた。
「田んぼなら先にさっさと水を張ってしまえばよいだろう? なぜこのようなこと……」
すると、先ほどのエグアルドはなんとしっかりとした足取りで鍬を構え振り上げると大地に一撃!
その光景に周りも驚いていた。
「そのようなことで米は作れぬぞ! 米を作るのなら田を”起こす”ことは必須!
さあお前たちも土を起こすのだ! 我らはそのために来たのだ!」
と、なんか、そのイメージからはとても想像が付かないほどの百姓っぷりを見せつけていた!
それに対し、ほかの者もしぶしぶと作業を始めることとなった。
「きちんと腰を入れろ! 腕だけで振り下ろしたってダメだ!
足を少し広げて! そしてもう少しこう――肩ぐらいの高さまで振り上げたら……鍬の重さを利用して一気に下げる!
そうそう、そうだ! その調子だ!」
みっちり指導までしているし……。
「あやつの実家は農家、後に婿養子としてグラエスタの貴族入りをしたのだ。
貴族の家に入ってからもやつの庭にはその片鱗を思わせるような光景を見ることができる。
本当は家の中で引きこもっているよりは外に出て土塊をいじり泥まみれとなりたいのではなかろうか?」
シューテルは得意げにオリエンネストに説明していた、なんか意外な経歴の持ち主……
「この調子なら僕の出番はなさそうだな――」
オリエンネストは安心したかのように言った。
「種まきの時期が終わってもやつを含めた何人かは農業部門に残しておくようにしよう。
そいつらはお前に預けておく、よいな?」
わ、わかった――オリエンネストは狼狽えつつ答えた。
「あんだぁ貴様?」
今度はクラウディアスの横庭、イールアーズはプロテクターを身にまとった貴族を前にしていちゃもんをつけていた。
「ふん、これが世を騒がす鬼人の剣と言われる者か、まさかそれがこのような若造とはな――」
イールアーズはそう言われて少々苛ついていた。
「ほう? なんだか知らんがこの俺の相手をしてくれるってのか?」
すると、シューテルが得意げな態度で言った。
「そうだな、こういうのはどうだ?
鬼人の剣殿が3分以内にそいつに一太刀でも浴びさせられれば鬼人の剣殿の勝ち、
そうでなければこいつの勝ち――どうだ?」
するとイールアーズは――
「へぇ、面白れぇ……でも、テメェは攻めねぇのか?」
すると相手は――
「ふん、流石に若さには勝てまい……そんなもんで勝てると思うほど落ちぶれてはおらん」
すると、シューテルはクラウディアスの騎士に支給されている大盾を手渡した。
「これ一枚で堪え凌ぐのだ、よいな?」
すると――
「ふん、なら十分だ、3分だろうと5分だろうと堪えて見せよう」
「では、5分でどうだ?」
「同じことだ……」
なめられたものだ――イールアーズは俄然やる気になっていた。
だが――
「さて、5分だ……」
むしろイールアーズが翻弄されていた。
「な、なんだと……?」
イールアーズは既に息が上がっていた。
「ふん、まだまだ未熟だな、出直してくるがよい、いつでも請け合うぞ……」
その貴族はそう言い残して立ち去った。
「ん? どうしたんだ?」
そこへスレアが現れるとシューテルは事の次第を説明した、すると――
「なんだと!? あのオッサンが”完全無欠のガルフェル”だってのか!?」
「え? まさかクラウディアス貴族の中に”完全無欠のガルフェル”がいるっていうのか!?」
そう、かつては英雄の一人でも知られた名のある騎士だったらしい。
「クラウディアス貴族って案外ヤバイやつ多いんじゃないか?」
と、スレア。同感である。
「くっそぉお! いつか必ず! テメェの盾をぶち抜いてやるからな!」
イールアーズは悔しそうに大声で叫んでいた。
「ふっ、そんな時が訪れるかな?」
シューテルは得意げに返した、だから”完全無欠のガルフェル”と言われているわけで。