”貴族会”はリリアリスに申し出をして事を穏便に済ませようとしていた。
問題のその”貴族会”というのは――
「ったく、手を変え品を変え……とんでもないことしてるわねあんたたち――」
話し合いは会議室である。シューテルも同席していた。
「元は最初に純然たる”貴族会”というものがあってな、
これが最初にクラウディアス188代王室からの王室印を受けたことで発足したものだ」
「で、それが天命30年の頃に王室特権を使って解散させた組織ってワケね。」
「左様。
そちらには貴族としてのあり方等を守るための枠組みとして様々なルールやクラウディアス貴族自身を守るためのルールが書かれたものだったのだ。
とはいえ、基本的にはクラウディアス王室からの干渉を極力避けるための決まりというのが真の目的なのだ」
「クラウディアス様にやんや言われるのが嫌だってことね、わかりやすいわね……」
シューテルは頷いた。
「だが、そのためにはまず貴族という存在をクラウディアスに示さねばならんということになってな、
それでクラウディアス192代王室の頃に王室特権によって貴族会が課税の対象となったのだ。
ちょうどクラウディアス内でも不況の頃でどうしても乗り切る必要があった。
無論、一般の民たちからの徴収も成されたのだが――」
「経済が停滞しているのは一般民のほうも一緒、だからより多く持っている貴族のほうにしわ寄せが行ったのね。」
シューテルは首を振った。
「というより、その政策を打診したのは当時の大臣で最も権力のあったカドファール=ヘバリトス――
そう、あのローファルの先祖にあたる存在であり、
やつはクラウディアス貴族さえをも掌握していくというその基礎を築き上げたのだ。」
「なるほどね、貴族会の税金の高さはそんなところにあったってわけね。」
「そうだ。だが、その額は当時の貴族にしてみれば痛くも痒くもないという絶妙な額だったらしく、
その点でもやつの狡猾さがわかるというものだ」
なるほど、リリアリスは考えた。
「資料を見てみると、その頃あたりにいろんなものが課税に対象になっていて、
縛り付けが強くなっていったって感じね。
最近ではいろんなものが課税の対象になっている中、解散した貴族会の額がひときわ高い額になっていたことが記憶に新しいわね。」
シューテルは頷いた。
「元からある貴族税だけならまだしも、
それについていけたのは我がロブライドやアガロフィス……つまり、”クラウディアス大貴族”を名乗る存在だけ、
主に中位貴族・下位貴族たちにとってはどんどんと課税課税となっていくたびに次第に不平不満が出始めるようになった。
それにより貴族会を離脱するという動きが加速していった結果、クラウディアスでの権力を失い、
もの言えぬ貴族という立場へとどんどんと落ちぶれていった者が増えていったのだ。
しかし、中位貴族・下位貴族にしてみればそれはそれで面白くはない結末だ。
そこで連中は”新たなる貴族会”である”大豪会”……彼らにとっては真の”貴族会”というものを王家に打診し、
王室印を賜ることを考えたのだ、復権するために……否、我ら”大貴族”と対等な権力を確立するにな。
しかし、これを結成するにあたり一つ大きな問題があってな――」
なるほど、早い話”貴族会”は2つあったのか、リリアリスは頷いた。
「要は同じことを繰り返して”貴族会”というものが乱立していく可能性を考えた誰かが苦言を呈したということね。
だからそれを抑制するため、
もし離反などしようものなら罰則を与えるような要件を入れることにしろというお達しがあったということ?」
シューテルは頷いた。
「流石に理解が早いな、まさにその通りだ。
無論、それについてもあのカドファール=ヘバリトスの策略のうちの一つ――陛下に進言したからこその抑制というわけだ。
そのため、”大豪会”は王室印を賜ると共にその際の結成メンバーの名前を書かせたのだ、
当然、それ以外にも結成にあたっての制約が盛り込まれていてな、
破った者は次々と暴かれては干され、そして破滅したものや打ち首となった者も少なくはない。
しかし、それでもなお今日まで”大豪会”が続き、創立当時は30程度の貴族が与していたはずだが、
現状4人しか残らなかったという有様だ、なんとも哀れな――」
しかし、その”大豪会”の条件さえ飲めない貴族たちがいた、それは――
「だが、下位貴族たちは”大豪会”から再びヘバリトスのような存在が現れるのではないかと怖れ、”大豪会”に与することを避けたのだ。
彼らはクラウディアス貴族という看板を捨て、クラウディアスに準じるという選択をした者たちが特別執行官殿と肩を並べている者たちということだ」
シューテルはそう説明した。
「大貴族のうち、クラウディアスの政治に直接関わっているローファルを初めとする連中がバルテスやリアスティンの進めた政治の改革によってそろいもそろって失脚した、
さらにそれに加えて肝心の王であるリアスティンがいなくなった、”大豪会”としてはこれまでにないチャンスだと思ったことでしょうね。」
と、リリアリスの言うとおり、中位貴族たちによる政治でとりあえずクラウディアスは保たれていたのである。
だが――
「そんな彼らにも終わりを告げる外界からの使者が現れた、
それは後にエミーリア女王陛下のクラウディアス王室印によって新たにお墨付きを賜ることになるクラウディアス特別執行官を名乗る者たち、つまり――」
「私たちってわけね、そう――ふたを開けてみるとその”大豪会”による腐敗……
いえ、旧貴族会からの流れによる腐敗はあまりにもひどくってね、片っ端から是正していった事については記憶に新しいわね」
そう言われてシューテルは感心していた。
「言ってくれるな、旧貴族会からの流れと言われれば私もまさにその腐敗に加担した一人なのだが?
とはいえ、お主はそれを当人を前にして物怖じせずに語るほどだからな、これでは私も心を入れ替えるしかあるまい――」
だが……大豪会の面々としてはそうもいかなかった。
「何を言うか! 貴様こそ、まさに悪の枢機卿そのものではないか!
あの時のこと、忘れたとは言わせぬぞ! あの選挙のやり方はどう考えても不当だ!
そんな貴様が心を入れ替えるなど、信じられるものか!」
「そうだぞ貴様! 貴様が財政相に就任した時に突然増税政策をしただろう!
特に入港税だか関税だかで一気に金をむしり取るとはまさにそれこそ悪の所業ではないのか!?
この金の亡者め!」
「しかも貴様が一番王族に取り入っている腹だろう!
何かと陛下陛下と縋りつきってからに! そのうえでの横暴なやり口!
貴様のやり口が一番汚いではないか!」
シューテルは上から目線でリリアリスばりの得意げな態度で答えた。
「できれば質問は1個に絞ってほしいものだな? 選挙については当然だろう?
貴様らだって”グラエスタのやり方”でやることを普通として語る……
私もやり方としては同じようなものでしかない――ゆえに、貴様らに不当を言われる筋合いはないのだが?
それにあの当時の増税だが、クラウディアスの関心事として教育・福祉に対する政策が最優先だったため、
そのための金だと思ってほしいものだ、前任者が何もやらんのでな。
それに入港に際して不審な取引が成されていることが判明したのでな、
兵士共の手だけでは足りないと判断したから締め付けのために納税を課すことにしたのだ、
あれはかなりの効果があったものと報告を受けているぞ。それなのに金の亡者とは心外なことだな。
それに……私が横暴とは片腹痛いわ、できれば私なんぞよりローファルやジャミルの家系の者に言ってくれ、
やつらは特に手におえぬ、私とラケシスが陛下に泣きつきたくなる気持ちを汲んでほしいところだ――
ラケシスもローファルに脅されなければあの時ジェレストに手をかけることも無かったろうに……」
と、最後はラケシスのことを憂いでいたシューテル。
つまり、最も権力の強いローファルとナンバーツーのジャミルの下にシューテルとラケシスという力関係か。
シューテルがリアスティンよりもレーザストを王にしたかったというその真意は、
泣きつきたい相手を作りたかったということに他ならないようだ。
確かに、リアスティンよりも旧傀儡レーザストなら泣きつく相手としては確実であることは容易に想像できそうだ。
「さて、特に質問がなければ話を先に進めることにするが……異論はないな?」
さらに得意げに語るシューテルに対して大豪会の面々は止む無く降参した。
「まずは言うまでもないが大豪会は解散だ、これはクラウディアス特別執行官の権限で排除可能だ。
リリアリスよ、よろしいな?」
「ええ、そんなもん要らないわね。」
「だそうだ。続いて罰則だが――これもクラウディアス特別執行官殿の権限で、まずは持ちうる資産の57%を寄越せ」
罰則だって!? しかも半分以上!? 4人は耳を疑った。
「クラウディアス王室印を穢したんだから当然でしょ、タダで解散させてもらえると思ったら大間違いよ。
それにあんたたちのグループの大馬鹿どもがクラウディアスを踏みにじったんだからみんなで等しくよ、連帯責任ってやつね。
そんであんたたちの資産を試算したところ、だいたいそれぐらい取られたところで痛くもかゆくもないことがわかってんのよ。
取り上げ名目は文字通りの罰則金、クラウディアス様にお納めいただくことになるわね。文句は言わせないわよ?」
確かに――王室を穢した罪は重いということか。
しかし、よく考えればそれだけの金額で済めばまだ傷は浅いほうか、
なんたって続々と逮捕者や全財産を取り上げられた者もいるぐらいだから。
「そして、もう一つの罰則だが――」
まだあるの!? 4人は狼狽えていた。
「当たり前でしょ。一言で言えば、今まで温々していた分”働け”。
クラウディアス様のために汗水流しなさいなってことよ。」