しかし、オウカの訃報をカスミが受け取ることになったのはそう遠い日の話ではなかった。
「今回は特殊な任務でな、自分が問題を解決していこうって考えたのさ。
でもな、召喚先から帰ってきたのはこいつだけだった――」
と、狛犬からカスミに渡されたのは、オウカの”現身の珠”から打ち出された、
ゴージャスでド派手で艶やかなデザインの扇”妖魔扇・花鳥風月”である。
だが――
「ひどい壊れようだな、どんな攻撃を受けたのか容易に想像がつきそうだ――」
扇は真っ二つに避けていたのである。するとカスミは――
「残り半分――」
その存在を訊くと狛犬は言った。
「戻ってきたのはそいつだけだった。
こっち側には核があるからな、だから戻ってきたのだろう。
残り半分を見つけたければあっちに行って探すしかない。
もっとも、俺らは召喚手の声に応じることでしかあっちに移動できないんだけどな――」
そう言うと狛犬は手早く去っていった。カスミはその場でうずくまると、しばらく泣いていた。
しかし悪いことは続くもので、カスミの周りの友人は亡くなっていった。
もはやがっかりするほど親しかった者もなくなり、
一度、状況を持ち直した後も、再び知り合いが亡くなって絶望していた。
例のカスミも想いを馳せていた彼も、彼女にプロポーズまでしてくれたあの彼も――
「”鬼夜叉姫”はいるか?」
別の幻界からのお達しが来た。それには長老が対応した。
「”鬼夜叉姫”は今は不在じゃ。残念じゃが日を改めるがよい――」
言われたほうはがっかりしたような感じで戻っていった。すると長老は言った。
「……心がな、不在なんじゃ。流石にあの状態の彼女を行かせるわけにはいくまい――」
そして――
「どうしたカスミ、もう大丈夫か?」
カスミは意を決して訊いた。
「どうして、どうして私たち死ぬ? 長老、悲しくない?」
何とも深い質問だ。
それは生きている者はいつかは死ぬ運命だ、それは知っているだろう、
だから彼女の求めている答えはそれではないと思われる。
すると長老は答えた。
「そうじゃな――儂なんかよりも若い衆の命がどんどん散りゆくさまは決して気持ちがいいものではない。
だが、彼らは皆、残されるもののために必死に生き抜いたのじゃ。
その時の命の輝きほど美しいものはないと言えるじゃろう――」
長老はさらに続けた。
「儂の命の尽きる日も近い。
そしてその時、儂の為に泣いてくれるものが何人いることじゃろうか、
何人の者が儂のことを忍んでくれるじゃろうか、それが儂の生きた証なんじゃろうな――」
そういうことか――カスミは考えた。
確かにカスミは親しいものが亡くなるたびに大泣きしていた。
お父さんが亡くなり、お母さんが亡くなり、お姉ちゃんが亡くなり、親しい友人も、
いろいろ面倒見てくれた人も、フィアンセも――そのたびに自分は泣いていたことを思い出した。
するとカスミは涙をぬぐい、意を決して言った。
「私、自分の力試す。
いつも泣いてた私、みんなの為に泣いてた私――
みんなのためにも自分の力、試したい――」
それに対して長老は言った。
「ん? 何じゃ? まさか”大いなる存在”としての啓示を受けてみたいと、そう言うことか?」
カスミは頷いたが長老は答えた。
「残念じゃが、それは今はもうやってないんじゃ――」
えっ、何だって、カスミは訊いた。
「実はな、お前が生まれるよりも随分前にあれはやめることにしたのじゃ。
昔のしきたりを知る者からもよく何故かと聞かれたもんじゃが……
お前にはまだ伝わっていなかったのじゃな――」
長老は改まった。
「そもそも”大いなる存在”の啓示を受けるからこそ、
それに縛られて生きる羽目になるんじゃと、そう考えた者がおった。
お前の父親の友であった”クザン”を知っておるか? あやつが言ったのじゃ。
だが、そのせいでやつは皆からも反感を買った。
とはいえ、皮肉なことにやつの言ったことの正しさが証明されたのは、
やつが”現身の珠”を失ってから随分と後になってからのことだった――」
もう一つの魂とも呼べる”現身の珠”、実際にはその珠の”核”がもう一つの魂と呼ばれるものである。
余程のことでは破損しないが”クザン”のものは大破したのだという、今や彼も既に亡き者だが――
「”現身の珠”が”大いなる存在”となる上で必要となるのは知っておろう?」
それは”現身の珠”がもう一つの魂であるからこその理由だった。
今自分が持っている魂はあくまで現実世界を生きるためのものであるが、
”現身の珠”は鍛冶職人に鍛錬してもらい、自らの得物として振るい、
そして、その得物で自らの業を振るうことで”現身の珠”に宿る核が鍛えられる。
無論、”現身の珠”をどのように振るうかはそれぞれだが、
つまりは自身の心を鍛えることになるのである。
そして、”大いなる存在”となる上で、
”現身の珠”がどれほどまでに鍛えられているかによって”大いなる存在”としてのあり方が決まり、
永遠なる存在となることが約束されるのだと言われている。
話を戻そう。
「まあ、そういうことじゃ、
それが理由で結局は啓示を受ける者もいなくなり、風習自体がなくなってしまった。
とはいえ、あれはあくまで啓示を受けるかどうかの指標でしかなく、
実際に”大いなる存在”となるかどうかは別のもんじゃ。
いわば、あの儀式はただのモチベーションを高めるためのそれに過ぎなかったというわけじゃな。
無論、お前さんの父親のように資質なしと言われればすっぱりと諦めることもできよう、
手間を省くための儀式でもあるとも言えるわけだ――」
そうだったのか、カスミは頷いた。
「まあ、そもそもあの儀式を最初にやろうと考えた者は別にいるからな、大昔の話だが。
そいつに聞かぬばあの風習の真意はわからんが――」
カスミは改まって聞いた。
「儀式やってない。でも、山に行けば何かわかる?」
そう言われると長老は首を傾げた。
「さあ、どうじゃろうな、そう考えて実際に行った者もいたが特に何もなかったと聞かされておるな――」
カスミは頷いた。
「私、行ってみる。行って確かめて来る――」
彼女はそう言いながら山へと向かった。気を付けてな――長老はそう言いつつ彼女の背中を眺めながら言った。
「行って確かめて来る、か。そうじゃったな、あの時確かめたのはお前の姉のオウカじゃったな――」