再び長老たちの会議の席にて。
「そうか、”夜姫のヨシノ”も逝ってしまったか――」
長老がそう嘆いていると例の古株が言った。
「ヨシノはとんでもない女だった。
それこそ、かつては男とくれば見境なく同胞の”獣”だろうと人間の男だろうと怪しからん夢を見せることを生きがいにしていた魔性の女だった――」
長老はなにそれとなく言った。
「そうじゃな、お前さんも彼女にやられたクチじゃったな」
古株は言い返した。
「それは長もそうだろう!」
だが長老は無茶苦茶嬉しそうだった。
「そうじゃそうじゃ! 彼女という存在はまさにこの世に生きる快楽そのもの! あれは格別じゃったのう!
ああっ、ヨシノや……死ぬ前でよいからもう一度、あの快楽を味わいたかったものよのう……」
このエロジジイ……古株は白い目でそう思いながら睨みつけていた。
その視線を感じたエロジジイ……長老は咳ばらいをしてから話した。
「とっ、ともかくじゃ、これで当時の”大いなる存在”候補についてはいずれも見込みなしとなってしまったというわけじゃ……。
もっとも、”大いなる存在”としての啓示を無事に済ませたとて、それはあくまで通過点にすぎんのじゃが――」
古株は頷いた。
「ある者は戦で命を落とし、ある者は修行をする間に命を落とし、
ある者は長期間の修行に耐えきることも出来ずに寿命を迎え――」
「そしてある者は――お前さんみたいに”現身の珠”の核を欠損することで、
”大いなる存在”として必要な魂の片割れを失う、と――」
長老がそう続けた。古株はヨシノについて話をした。
「そうだな、よもやバサラとヨシノの間に子供ができるとは思ってなかったな。
ヨシノはバサラと一緒になったことでなりを潜め、今では多くからも慕われるほどの良妻と言われるほどとなったし、
ヨシノのおかげでバサラもまた”獣”として大きく成長することとなった、世の中何があるかわからんもんだ」
古株はさらに続けた。
「で、そのバサラとヨシノの間にできた子供のことだが――」
それに対して長は言った。
「ああ、名をオウカ、”鬼夜叉”と”夜姫”の両方の素質を持っておる。
ゆえに彼女は新たな”獣”として啓示を受けるに至ったのだ」
古株は頷いた。
「そうか、それで――”鬼夜叉”と”夜姫”で”鬼夜叉姫”とは随分安直ではないか?
思ったのだが”鬼”も”夜叉”も同じ”鬼”を示す語、何故このように?」
「いやいや、ほかに思いつかなくてだな、長老会でも”鬼夜叉姫”で満場一致で総意が取れているほどじゃ。
”鬼夜叉”については同感だが、歴史は儂が存在する遥か昔より決まっていることらしくての、詳しいことはわからんが、
儂の考えでは単に”鬼”や”夜叉”とするよりも”鬼夜叉”と組み合わせたほうがよかったからじゃないかのう?
単に”鬼”や”夜叉”という者であれば我々のような存在に限らずともどこにでもいる、しかも大体悪い意味でな。
だからそれらとの差別化のために組み合わせたのだろう、
これまでの長老会の傾向からしてもそのような意図が考えられそうじゃ」
オウカは忙しく飛び回っていた。
「ったくもー! 現地現地現地ばっかじゃん! どーなってんのよ!
私は本当はまだカワイイ妹のために修行に付き合っていたいの! なんでわざわざ呼び出すの!」
狛犬のような相手の召喚獣、つまりは長老のおつきの者は焦っていた。
「そっ、そう言われてもだな、先方が”鬼夜叉姫”を直で指定しているのだ、それ以上はわからん。
ただ――今回のクライアントは例のフェラッソだな――」
オウカは考えながら言った。
「フェラッソって……ああ、あの件ね、父さんが亡くなった時の……。
なんつーか、きな臭いのよね、父さんから聞いた時も依頼の内容がイマイチよくわかんないというか――」
父さんから聞いた? 狛犬は訊いた。
「直接聞いたのではないのか?」
「私は知らない。ただ父さんから聞いただけ。
直接依頼受けたのは父さんだからね、私はそもそもフェラッソに会ったことすらないのよ」
そうだったのか、狛犬は考えた。
「まあいいわ。出発は明後日だっけ、今回だけは特別だからね。
それと、明後日までどんな依頼が来ても全部キャンセルよ、キャンセル。
私はカスミと一緒にいる時間を大切にしたいの、わかった?」
わかったわかった、狛犬はなだめるようにそう言った。
オウカがそこまでカスミに固執するのには理由があった、それは――
「お姉ちゃん――」
カスミは目をウルウルさせながらオウカに抱きついてきた。
「ほーら、カスミ♪」
カスミは思いっきり甘えていた。
「やっばいわね、父さんと母さんが一度に亡くなった反動で精神が不安定になってるけど――
これは日に日に酷くなってくる一方ね……最悪、この子は一生このままの姿で成長しない可能性もあるわ――」
そしてオウカはカスミを優しくなでていた。
「うふふっ、でも私としてはそれでもいいんだけどね。
ホント、我が妹ながら滅茶苦茶可愛いわ――」
とまあ、そんな感じで毎日過ごしていた。
カスミの寂しさを満たすことはなかなかできず、
オウカがどこかで不在となるとそのたびにカスミは寂しい思いをするようになり、
家に帰ってきたらわんわん泣いている彼女を使用人たちが必死にあやしている光景に遭遇するのである。
それによりカスミは幼女の姿のまま身体が成長せず、そのまま召喚獣としての儀に望むことになった。
それにより”一人前”と呼ばれるようになるが、
まだ年齢的には人間で言えば15歳ごろの時期、一人前とは言うがまだまだ未熟者である。
「おめでと、これであんたも晴れて一人前ね」
儀式が終わると、後ろで見守っているオウカの元へカスミはやってきた。
「ありがとお姉ちゃん。私がんばる」
精神が不安定になったことでしゃべり方も片言気味になっていたが、カスミはなんとか一人前になったのである。
一人前になると召喚魔法で精神だけが出張して呼び出され、獣としての業を発動されることになる。
「それにしても――あの頃のままの姿を本当に維持し続けたまま一人前になるだなんて思ってもみなかったわ、冗談で言ったつもりだったのに――」
カスミは申し訳なさそうにしていたが――
「あっ、いいのよ、カスミは悪くない。
お父さんお母さんは早く亡くなっちゃったし、私も家を留守にしてたし――」
オウカは話題を切り替えた。
「そんなことより、カスミは好きな人とかいないの?
私がカスミの頃にはいたわよ、まっ、そのあとは……いいか、その話は――」
オウカは口をつぐんだ、実はあまりい話ではないのである。オウカはさらに考えて言った。
「そうだ、あなた、”現身の珠”はどうしたの?」
それに対してカスミは暗い顔で俯いていた。
「そう……まだ錬成出来ていないのね――」
オウカは悩んでいた。
「やっぱりそうよね、精神が不安定なままだから”現身の珠”を錬成することができないのね――」
カスミが精神発達していないことにオウカは至極悩んでいた。