その日、カスミとオウカは母と共に寝床に就いた。まさに家族水入らずである。
「お母様、お加減はいかがですか?」
オウカはそう言うと母はにっこりとした眼差しで答えた。
「うふふっ、オウカってばもうすっかり一人前ね、お母さん嬉しいわ――」
えっ、何その口調――オウカとカスミは驚いていた。
いつもだったらもっと気丈に振る舞っている母の姿しか想像できなかった2人。
とはいえ、自分たちが幼いころにはこんな風に話していたこともあった気がするが。
「うん、お母さんもう長くないみたいだし、
これからはあんたたちにお母さんのお母さんらしいところを見せていこうかなと思ってさ――」
お母さんらしいところと、自分の本性をさらけ出していくと決めたのだという。
それを受け、姉妹2人もお互いに顔を見せると、母に少々甘えたような口ぶりで話すことにした、昔を思い出したのだった。
すると、母は頭のほっかむりをほどこうとしていたが――
「あら、取れないわねぇこれ……。
オウカ、カスミ、手伝ってもらえる?」
えっ、そんな、取っていいのだろうか、これまで母のほっかむりは何があっても一度も外されたことがなかった。
それこそ、2人にとっては母のほっかむりをしていない姿を見るどころか、髪を見ること自体が初めてである。
「男の子がいたら見せるのは難しいけど、2人とも女の子だし私の子だからね、特別に見せてあげる!」
母は楽しそうだった。
母のほっかむりは解かれると、そこには――
「えっ、お母様の髪! すごい! キレイ!」
そこにはまさに艶やかなほどの美しく妖しい紫音毛(しおんげ)と呼ばれる紫の光沢の強い不気味な長い長い髪の毛が現れた。
しかも不気味にうねっており、その美しくも妖しい髪の毛にオウカは絶賛し、カスミも――
「お母様、綺麗――」
見惚れていた。
「うふふっ、あなたたちも私によく似た髪の毛だからね、
気をつけなさいよ、特にオウカ、あなた露出も強いんだからさ、
一歩間違えると男の子たちが全員ついてくるわよ」
それはどこのプリズム族ですか……つまり、彼女らはそういう生き物なのである。
「それは――だって、これが私のスタイルなんだし――」
オウカは不服そうにそう言うと母は言った。
「もちろんわかっているわよ、あなたは本当に私にそっくりね――」
すると母の着物が徐々に艶やかなものへと変化していき、
そしてオウカよろしく、とても艶やかな花魁のような姿の母が現れた。
母・ヨシノは言った。
「うふふっ、あなたたちには初めて見せることになるけど、これが私の本来の”獣”としての姿よ。
まだあなたたちに見せる機会があってよかったわね。
お母さん、色で男の子たちを落とす能力には自信があったけどね、
あなたたちやお父さんと違って剣の腕のほうはからっきしなのよ」
それに対してオウカは期待しながら言った。
「それでお父様もメロメロになったのね!」
それにはカスミもワクワクしていた。
「ええ、それはもう。
でもね、最後にお父様が結婚してくれって懇願してくるものだから――それが私の人生で唯一の敗北ね。
それでオウカ、あなたを身ごもったことがわかると、お母さんは”獣”としての姿を封印することに決めたのよ、
これからはあなたたちのお母さんになろうってね――」
それで母はずっとほっかむりをしていたのか、2人は納得していた。
でも、確かに母のこれは、なんていうか引き込まれそうだった、
これはまさにとてつもない使い手であることは容易に想像がつく。それもそのはず――
「うふふっ、でも、あなたたちのお母さんになるって決めてよかったわ。
実はねお母さん、本当は”大いなる存在”になるつもりだったのよ。
そのための修行もいっぱいしたし、そうなるんだって信じて疑わなかったわ。
けど――そうなったらそうなったで私はダメな女ね、
力をつけすぎたがあまり、毎日のように遊び歩くような尻軽不良娘になっちゃったのよ。
そしたら今度は修行もそっちのけ……元々”大いなる存在”になりえるような器じゃなかったのよ。
力に固執しすぎた悪い見本そのものね――」
それはまた何ともコメントしがたい。
しかし、母親が”大いなる存在”の素質持ちだったのか、それには2人も驚いていた。
「でも、お父様がどうしても私と一緒に幸せな家庭を築き上げたいんだって――
今までそこまで言われることもなかったし、それこそ一緒に”大いなる存在”となるためにしのぎを削り合った仲でもあるし――
そう言うこともあって今まで尻軽不良娘だった私とさよならするためにもお父様と一緒になったのよ」
素敵! 娘2人は目をキラキラさせながら話を聞いていた。
「うふふっ、だからオウカにもカスミにも尻軽不良娘になるななんて言えないし、
遊び歩くななんて言わないけど――でも、オウカは見た目に反して結構しっかりしているから全然心配していないし、
カスミも私なんかよりも随分しっかりしているから心配いらないわね。
いえ、むしろお母さんが一番しっかりしないとダメよね!」
と、まさしく尻軽不良娘の母は楽しそうにそう言うと、しっかりしている娘2人も一緒に笑い合いながら話をしていた。
だが、そんな母も3日後には病気で息を引き取った。
その際、彼女の姿は髪や肌の露出をさらけ出した本来の”獣”としての姿のままであったが、
もはや生気がないことから色で男の子たちを落とす能力は既に失われていた。
だが、彼女のその美しい姿を尊重すると決めた娘2人はそんな母の美貌を保つためにも早めに火葬、土に還すことに決めた。