エンドレス・ロード ~セラフ・リスタート~

あの日、すべてが消えた日 第4部 女剣士の憂鬱 第7章 憂い

第104節 更なる悲運

 ”鬼夜叉のバサラ”と呼ばれたカスミとオウカの父親、通称”大親方様”が亡くなってからというものの、 やはり”鬼夜叉”の名を冠する”獣(じゅう)”の喪失は幻獣の世界でも痛いもので、 ルスト・ティターンのみならず、ルスト界全体で彼の死を悼んでいた。
 だが、そうなると次代の”鬼夜叉”を担う者の存在をどうするか考えなければならない。 幻獣は召喚獣であるため、召喚者に対し安定的な能力の獣を提供しなければならない。
 だが、それについてはかなり難しい相談であった、何故かというと――
「あれほどの能力を備えた使い手はそうはおらんじゃろ――」
 ルスト・ティターンの某所にて、次代のバサラを担う者について会議が開かれていた。 長老と呼ばれるものがそう言うと、そのおつきである狛犬が言った。
「大親方様は特別だった。 それこそ”大いなる存在”の次期候補としても有力だったが――」
「しかし、大親方様にはどういうわけか”大いなる存在”としての素質がなかった――」
 と、長老がそう言うと誰しもが驚いた。
「どういうことだ!?」
「そんな! 大親方様に限ってそんなこと!」
「大親方様は”大いなる存在”となることを辞退したのではなかったのか!?」
 長老は答えた。
「”大いなる存在”としての素質がなかったことを口止めしたのはこの儂じゃ。 そもそも”大いなる存在”候補としての啓示を受けるために”死出の祠”へと赴いておる。 だが、あれにはその資格はないとされ、その報告も受けておる。 あれほどの者がその素質なしということではこの世界に与えるショックは大きいと思うてな、 当時の長老会の総意で”そもそも祠になど行っておらず、家庭を持って幸せを迎えたい”と考えたことにせよとの命が出たのだ」
 それに対して1人の召喚獣が訊いた。
「そんな! それで大親方様は納得されたのですか?」
 すると別の召喚獣が、あからさまに古株のようなその存在が言った。
「俺から話そう。 そもそもあいつにはそれで落胆するという言葉はなかった。 むしろ清々しくさえ思っていた……そう、すべてを受け入れていたのだよ。」
 だが、それに対して反論が。
「自分が素質ありと啓示を受けられたからって適当なことを!」
 それに対して長老がたしなめるように言った。
「いや、それは本当じゃ。 というのも、今思えば受け入れるどころか、祠へ赴く前から”大いなる存在”となることに抵抗があったように思えるのじゃ。 故に儂らへの報告も実にあっさりとしたものじゃった。 無論、皆にも素質なしを言うつもりだったようじゃが、結果的に口止めをしたのじゃ――」
 そして先ほどの古株も言った。
「まあ、そういうことだ。 あいつにはそもそも”大いなる存在”となることにそこまでこだわりはなかったように思える。 無論、この俺も同じだ――素質はあれど、肝心の”現身の珠”の核を失ってしまった、 これでは”大いなる存在”となれどその命、すぐに尽き果ててしまうことだろう――」
 それに対して長老は苦言を呈した。
「まったく、最近は”大いなる存在”に対する志が低い者ばかりでかなわん。 逝ってしまった者のことを言うようだが素質なしと言われてもう少し落胆してほしいものだ。 お前もだぞ、せっかく得られた”現身の珠”、あれはまさしく我らが命に値するもの、 もう少し丁寧に扱うことは出来ぬものか――」
 古株が答えた。
「人間界にだいぶ慣れてしまったものでな、限りある命も悪くないと考えたまでだ。 あいつもそうだった、故に”そもそも祠になど行っておらず、家庭を持って幸せを迎えたい”とする提案を受けたのだ」
 そんなことが――ほかの幻獣たちは呆然としていた。すると狛犬が言った。
「ところで――その際に素質ありと啓示を受けたものは確か3人だったハズだけどほかの2名は?」
 長老は答えた。
「その2名のうち、片方はすでに亡くなっておる。 随分前の話でな、啓示を受けたばかりの頃じゃったが――」
 長老はさらに立て続けに言った。
「もう片方のほうじゃが――もはや”大いなる存在”となるための最後の試練に堪えうる力は残っておらんじゃろ――」

 カスミとオウカの父親が亡くなってから1か月ほどが過ぎていた。 しかし、この一家の事態はだんだん悪い方向へと向かっていった――
「奥様、しっかりなさってくださいまし!」
 家の使用人がヨシノの異変に気が付いたのが始まりだった。
「あらっ、ごめんなさい、ちょっと立ち眩みが――」
 だが、その顔は真っ青だった。
「奥様、今、お医者様に連絡いたしました。 さあ、まずは横になって! 身体を落ち着かせてくださいまし!」
 そのあと、カスミとオウカ、妹のために山での修行に付き合っていた姉の2人は慌ててやってきた使用人の話で慌てて家に戻ると、 そこには横たわった母の姿があり、医者が彼女を見ていた。
 ただ、彼女がこのような状態なのは昨日今日の話ではない、長らく不調の状態が続いていたのである。 そのことについてはカスミとオウカには心配かけまいと伏せてあったが、その日になって初めて母の病状を知ることになった。