召喚獣、つまり幻獣は幻界に住んでいるのだが、
実際の幻界は5つの精神構造の異なる世界で分割されていて、
端的に言えばその5つの世界の中にそれぞれ異なるタイプの幻獣が存在しているのである。
その5つの世界は獣系の幻獣の住まう”カロス”、霊体系や不死系の住まう”ボアズ”と”バロス”、機獣系や魔法生物系の住まう”ゼノス”、
そして、カスミのような鬼人系、つまりはシオラやリリアリス、はてはスレアやティレックスなどとはさほど見た目の差異があまりない幻獣は”ルスト”に存在する傾向にあるという。
一応念のためだが、あくまで多く住んでいるというだけであり精神構造には揺らぎもあるため、
”ルスト”でも少数派ながら獣系や機獣系などが住んでいることもあるそうだ。
さらにその精神構造の揺らぎは1つの世界の精神構造の中でもさらにいくつか分かれており、
カスミは”ティターン”、つまりは”ルスト・ティターン”と呼ばれる世界に実家があった。
特に”ルスト・ティターン”に住まう幻獣はカスミのように、なおのことシオラなどとは見た目の違いがほとんどわからないレベルの幻獣が多く、
スレアやアリエーラが従えており、スレアにとっては身内でアリエーラにとっては友人ぐらい同じような感覚で接しているエステリトスもそのうちの1人である。
”ルスト・ティターン”にある”トヨウラ”と呼ばれる地域の”黄昏の淵”というところにカスミの生家があった。
山から涼やかな清流の小川と、その水がまさに”黄昏の淵”と呼ばれる底なしの大瀑布へと流れて行く光景、
そして、桜のような花が咲き乱れているこの地域は美しい地域としても有名だった。
ある日のこと、まさに七五三の振り袖姿のようなカスミは幼いながらに家の広い庭で剣稽古に励んでいた。
今でも幼いようだが、当時は精神的にもまだまだ幼かった。
そして、その様子をカスミの母親であるヨシノがニコニコとしながら彼女を眺めていた。
彼女の姿も和装だが白の清楚な柄の着物で、さらに頭はほっかむりのような被り物で髪を覆い隠していた。
「うふふっ、カスミったら精が出るわねぇ――」
するとカスミは母のほうへと向き直って言った。
「お母様、お父様とお姉様はいらっしゃいますか?」
母は心配そうに答えた。
「いいえ、帰ってきたという話を聞いてないわね――」
この時、カスミの父親も姉も遠征によって不在の状態が続いていた。
本来ならこの日の3日前には帰ってくる予定だったがそれが急に延期となり、2人は酷く心配していた。
すると――
「たっだいまー!」
誰かがそう言いながら元気よく庭へと足を踏み入れながらそう言った。
そいつはまさに艶やかに着物を着こなしているというより着崩している女だった。
綺麗な御御足と大きな胸をはちきれんばかりにアピールしており、その見た目はまさに花魁だか不良娘だか……。
しかし、その顔はなんだかリリアリスにも似ているようだった。
すると――
「お姉様!」
「オウカ!」
と、カスミとヨシノは慌てて彼女に駆け寄ると、ヨシノは彼女を大事そうに抱え、カスミも彼女に思いっきり甘えてきた。
「ごめん、遅くなっちゃった――」
その女・オウカは照れた様子でそう言うと、カスミもヨシノもとにかく泣きながら喜んでいた。
「無事でよかったわ――」
「お姉様……会いたかった――」
オウカは照れた様子のまま言った。
「ごめんごめん、急に追加指名が来たもんだからさ。
お父様が今後の修行のために行って来いこいって言うもんだからそのまま行くことになってね。
当然、その間も精神だけがあちこちに出張、そのせいで滅茶苦茶疲れちゃってさ、帰りが遅くなっちゃったワケよ――」
精神が出張というのは、そう、ほかの場所でも彼女が召喚されているということである。
精神だけがあちこちに出張して一時的に戦っているということである。
すると――
「お父様は?」
当然ながら母はそう訊いた。
「お父様は――ごめん、全然わかんないんだ。
お父様は私がお役御免になって次の仕事に行く時までは見送ってくれたけどそれっきりなんだ――」
そしてオウカは心配そうに見つめているカスミの頭をなでながら言った。
「大丈夫よ、あのお父様だもの、心配することじゃないわよ、カスミ!」
オウカはあからさまな不良娘のような見た目だが家族思いのいい女性である。
そして、1週間後ぐらいには庭に多くの幻獣が現れた。
幻獣たちはが大きな箱のようなものを担ぎ上げていた。
それが何なのかは2日前に母娘3人には伝わっていた。
幻獣の中で先頭にいた狛犬のような幻獣が話をした。
「この度は……ご愁傷さまです――」
その場にヨシノだけが出てきており、その場を切り盛りしていた。
「本当にありがとうございます。それではこちらへとどうぞ――」
家の中には大きな箱が持ち込まれてると、それは部屋の中へと置かれることとなった。
「御覧の通りですが、既にある程度のことはさせていただいております。
大親方様には大変お世話になっております故、いつでもお申し付けください――」
するとその狛犬は、その箱の小窓を開いた――。
「ほら、大親方様! なんとか帰って来れましたぞ!」
その小窓からはその大親方様の顔が、安らかな顔をして眠りについている姿が。
そう、この箱は棺であり、中に入っているのはこの家の大黒柱であるこの家の主……カスミの父親の遺体である――。