それなりに前――
「道が滅茶苦茶なせいで一時はどうなるかとは思ったな――」
ヒュウガはマダム・ダルジャンのデッキに乗り込むや否や、息をつきながらそう言っていた。
「何とか船に着いて何よりです。しかし――今度は戻る時が大変ですね」
ディスティアはそう言うとヒュウガは大陸から少し離れた場所へと船を動かしながら言った。
「戻りはロサピアーナに直接乗り込めばいいだろう、今度こそな。
車もその辺から適当にかっぱらえば、後はスプリッチアまで一直線だ」
「本当にスプリッチアでいいのでしょうか?」
ディスティアはそう訊くと、ヒュウガは適当なところで船を止めてから言った。
「姉さまが開発したご自慢の魔法の力でノイズを走らせるシステムで解析した結果、
スラクダージャからスプリッチアまで地下道が伸びているのはまず間違いない、
構造としては大きなトンネル一本で伸びていることもあってか解析しやすい地形のようだからほぼ確定だろう。
そのうえで向かう場所として正しいかどうかだが――」
ヒュウガはマダム・ダルジャンに自分の端末を接続していた。
「それについては何とも言えないがこれを見ての通り、
スプリッチアから謎の信号がしばらく発信していたというログが残っている。
ログから見れるホスト情報からすると、どうやらウィーニアの端末からの発信みたいだな。
だから少なくとも、そこに行ってみる必要があることだけは間違いなさそうだ」
ディスティアは考えながら言った。
「でも、素人の指摘でしかないのは承知で訊きますけど、
そのログというものに書いてある日時ってずいぶん前ではないですか?」
ヒュウガは頷いた。
「鋭いな、これがイケメン補正というやつか。
まさにその通り、ウィーニアの端末から発信した信号を受信しているログの日時はずいぶん前、
だからスプリッチアから既に移動しているという考え方もあるにはあるが――」
ん、待てよ――ディスティアは思い出した。
「そもそもウィーニアさんをはじめとするティルアの人たちはロサピアーナに捕まっているハズ、
だから自分から場所を移動するというのは考えにくいし――」
ヒュウガは頷いた。
「イケメン補正ってのはすごいもんだな、つまりはそう言うこと。
信号を発信した時間で言えば、実は俺らがクレイジアに上陸する前からずっとこの信号が発信されていた。
でも、申し訳ないが場所が場所なだけに助ける手段がない。
で、そうこうしているうちに、恐らく端末のバッテリが切れて信号の送信が途絶えた。
俺らが見ているこの最後の受信日がそのタイミングだ」
ディスティアは頷き、イケメン補正を発揮した。
「ということはつまり、こうなりますか?
少なくともウィーニアさんは自分が捕えられることを見越して信号を発信し、
その状態の端末を隠し持ったままスプリッチアに収容された。
だから、後は端末のバッテリーが切れた後に何処かに移送でもされない限りはずっとスプリッチアに収容されている、と……?」
ヒュウガは感心していた、これがイケメン補正……改めて思い知らされた――って言うのはあくまでネタだが。
すると、マダム・ダルジャンのモニタにリリアリスの顔が映し出された。
「そこで、ずっと私が裏方として策を練っていたというワケよ。」
訊いていたのか!? ヒュウガはリリアリスのいる場所の背景に気が付いた。
「あれ? なんだ、外にいるのか? もう大丈夫なのか?」
すると、近くから声が聞こえてきた。
「大丈夫よ、だからこうして駆けつけてきたってワケ。」
なんと、リリアリスはデュロンド軍の船に乗せられ、目の前に現れた。
その様子にヒュウガとディスティアは呆気に取られていた。
「あら♪ 素敵なイケメン様がお出迎えだなんて嬉しいわねぇ♪ もうちょっと綺麗な格好をしてくるんだったわ♪」
ディスティアは冷や汗をかいていた。
だがしかし、リリアリスの動きはまだなんだかおぼつかないような感じだった。
「おいおい、無茶すんなよ、ガタガタじゃないか――」
ヒュウガはそう言いながらディスティアと一緒に心配していた。
「んなこと言われたってねぇ、知っての通り、私ってあんまりじっとしていられないタチでしょ?」
じゃなくて、だからおとなしくしてろとあれほど――ヒュウガとディスティアは呆れていた。
「まあ、ともかく、しばらくはリハビリを兼ねて動き回る程度が精一杯。
そのついでにフローラにもきてもらっちゃった。」
フロレンティーナまで!? すると、フロレンティーナが船室から出てきた。
「あら♪ ヒー様とディア様じゃない♪ 2人のイケメン様が私のことを心配していただいて、とっても嬉しいわ♪
どうせならもうちょっと綺麗な格好をしてくるんだったわ♪」
ちょっと怖かった2人、フロレンティーナが一緒だなんて少し意表を突かれた感じだった。
でも、この人も何とか無事だということで本当に良かったと思った2人だった。
だけど、わざわざ2人して同じこと言わんでも。
「フローラ、ムリしちゃダメよ。
あなたようやく立ち上がれるようになったばっかりなんだし、今は休んでいなさい。」
むしろお前が休めよと小一時間。
ともかく、その2人がマダム・ダルジャンに乗り込むと、デュロンドの船はその場から離れていった。
フロレンティーナはそのままリビングへと連れられて横になると、リリアリスに毛布をかけられていた。
そして、そのままリビングにて――
「エンプレス・フェルミシア・キャロリーヌの解析がある程度できたよ。
ロサピアーナの研究用のデータサーバを結構ひっくり返してみたんだけど、
実際、あんまりデータが見当たらなくって結構苦労したわ。
多分クローズドな環境でデータのやり取りしているんでしょうね、当然と言えば当然な気がするけど。」
何かわかったのだろうか、ヒュウガが訊くとフロレンティーナが答えた。
「どうやら相手を下僕とする能力はプリズム族由来のものと考えて間違いなさそうね。
それに、下僕となった相手を完全に意のままに操ることで自らの魔力へと変換することもでき、
一定の代物にもできるような能力を持っているようね――」
一定の代物にもって? ディスティアは言うとリリアリスが言った。
「あまりにも大がかりなもの、精密なものとなると難しいけれども、
例えばナイフや剣――案外衣服なんかにもできるかもしれないわね。」
衣服?
「平たく言えば、変身術を相手に使うことを超絶応用して衣服に変えるというそれよ。」
と、リリアリスは説明すると、フロレンティーナは嬉しそうに言った。
「例えばイケメン戦士ヒー様とディア様が私の下僕になったら――
うふふっ、毎日ヒー様とディア様を私の服に変えたいわぁ♪
そしたら毎日ヒー様とディア様のことを感じ放題♥
もちろんそういうことなら2人には大サービス♥
私の身体でいくらでも好きなことさせてア・ゲ・ル♥」
……どうやらキャロリーヌ様と同じ発想のお方がここにもいたようだ、2人は冷や汗が止まらなかった。
もっとも、彼女としては例によってリップサービス的なものなんだろうが、それにしては少々刺激が強すぎる内容だから困る。
「つまりはそれね。
で、それがエンプレス・フェルミシア・キャロリーヌという生物兵器の正体かもしれないわね。
生きている生物を身にまとって何らかの魔法を使えばその魔法の威力にも身にまとっている生物の威力が計上される――ということだと思う。
まあ、それがどの程度なのかは身にまとっている生物にも依存するから何とも言えないけど、そもそも結構言われていることよね、それって。
だけどそれをするにあたり、相当な魔力の使い手でなければ実現は難しいんじゃないかしら? 例えば”ネームレス”レベルの――」
”ネームレス”だって!? まさか――
「実際にアリにもシミュレーションしてもらったわ、下僕は精霊様の像に見立ててね。
相手を自分の魔力にするには相手が相当に術者に対して忠実であればあるほど完全性が保たれると、
まあ、ある意味式神みたいなものが適任って感じね。
忠実具合で比較すると、アリと相性が抜群に良い水の精霊様と、相性がそれなりに良い火の精霊様、割とはっきりと出たわね。
アリも言ってたけど、まさに例の禁断召喚魔法がそれに該当することで体調がすぐれないなりにも結構あっさりとやってくれたわ、
流石は伝説の美女というだけのことはあるわね、言っても魔力のほうはみんなで手伝ったんだけど。
まあ、禁断召喚魔法にしてもキャロリーヌにしても、要は式神みたいなものであればそれが可能になるというわけで、相手を式神にする能力と思えばいいのよ。
そして、それには結構な魔力を消費することからまず間違いなく”ネームレス”レベルの使い手でないと実現は不可能であることもわかったのよ。」
つまりはキャロリーヌというのは――
「”ネームレス”であるということですか!?」
ディスティアはそう言った、その可能性が高そうだ。