あの後、あの男は兵士たちに連れられてお城を後にしていた。
「いたのね。」
リリアリスはクラフォードに訊いた。
「ああ。確か、この西棟って工事するんだよな?」
クラフォードは下界の工事現場を眺めながら言った。
「ええそう。
知っての通り、既にいろいろと始まっているんだけどその様子はセキュリティの都合で公開したくないからね。」
「だな、ここからだと丸見えだもんな。
よく見ないとわからないし、ド素人の俺が見てもなんのこっちゃって現場だけど、
見る人が見れば……見られちゃマズイのがわかるのかもな」
リリアリスは首をすくめた。
「さあてね。セキュリティ的には強固な建屋を目的にしているから、
念のため程度のことをしているに過ぎないのよね。」
念のためか――クラフォードは頷いた。
「だったら上からもシートをかぶせればいいのにな」
「やりたいんだけど、夏場の季節は熱中症予防の観点で労基で禁止されている行為なのよ。
私が決めたことじゃあないんだけど、ま、こればっかりはしょうがないわね。」
法律の壁があったか……クラフォードは悩んでいた。
「あと数日もすればお城の3階層以上の一般開放も中止することになるけど、
再開した後は西棟ができた後になるから、今の光景ももうじき見納めってことになるわね。」
「でも、俺はいいんだよな?」
「あんたは一応ゲスト扱いだからね。でも、くれぐれもチェキは禁止だかんね。」
それならよかった、クラフォードはそう思った。
いや、むしろ無知でよかったというべきか――建築については正直わからん。
ところで何の用かリリアリスはクラフォードに切り出した。
「ラシルに頼まれてな……というよりも、俺も気になったからな。
あんた、なんか妙に忙しくしてただろ?
訊くところによると、モニタをじっと眺めていたかと思えば難しい話をしだしたり、
そうかと思えば城下の眺めをじっと見ていたり、
飛び降りてはあっちこっちいってみたりと……何か問題ごとでもあったのか?」
すると、リリアリスはクラフォードに何かの書類を出して見せた。
「これよ。」
なんだろうか、何やら難しいことが書かれているようだが――
「ん? 法人設立届出書? え、法人ってまさか――」
リリアリスは頷いた。
「そうよ、早い話クラウディアスで会社を起こすのよ。」
とは言うが、なんかこの人なら別にそのぐらいのことをやってもおかしくはなさそうだとクラフォードは思った。
「じゃあ、あちこち行っていたのは?」
「事業所をどこにしようか選定するために動いていたのよ。
ネットで検索してどんなところがあるか……とか、あとは立地条件の視察とかね。
ちなみに今話をしていた人は不動産屋さんで、土地を購入するための契約をしたところだったのよ。」
そ、そうだったのか――つまりやり取りをしていた書類はそのための契約書と権利書だったのか。
「あとはこの届出書をしかるべき場所に提出するだけね。」
事業をスタートするための準備は大体整っているらしい。
「てか、会社起こすほどまで金持っていたんだな――」
「そうね、いろいろやって金はたまる一方だけどたまり過ぎても使い道がないからね、
だからってひたすら投資に回し続けても面白くないし。
だったら自分で立てた会社の事業資金にしちゃえって思ってね。」
なるほど、こうして会社というのは生まれるのだろう。
だが、その発想はどう考えても斜め上の人である。
さらに数か月後、リリアリスが購入した土地にはなんだか大自然豊かな装いの中に建物があった。
「なんだここは? ここってなんか工事してたんじゃなかったっけ?
その割には妙な装いになっているな……」
すると、そこにトラックがやってきた。
「あら! 誰かと思えばいつもの暇人君じゃん!」
運転していたのはリリアリスだった、
暇人君――そう思われても仕方がないクラフォードは特にそこには触れることなく訊くことにした。
「もしかして、例の件の事業所か?」
「ええそうよ、新社屋ってところね。」
これまで別の場所で間借りしていたところからここに移転してきたということらしい。
リリアリスは新社屋に積み荷を運んでいると、せっかくなのでクラフォードも手伝いつつ話をすることにした。
「そういえば、何の会社なんだ?」
「ここは所謂雑貨とファッションの二本柱……つまりショップというところね。」
ここはってことは……他にもあるのか。
「すぐそこの一等地にホテルとレストランを作るのよ、完成予定は再来年ね。」
「一等地にホテルったってな――安いのを希望したいんだが」
「そこはピンキリね。
てか、あんたは別にいつも通り大使館で寝泊まりすれば何だっていいじゃないのよ。」
確かにそれはそうなんだが。
「それに今後のクラウディアスはもっと忙しくなるからさ、
それに向けて準備を着々と進めとかないといけないのよね。」
「なんだ? 観光客でも呼び寄せるつもりか? 今でも十分呼び寄せている気がするが」
「そうね、予想としては今の最大11.2倍程度の集客数を見込んでいるからね。」
な、なんだって!? どうしてそんなことに!?
と、この当時考えていたクラフォードだったが、
何気にこの当時は天命25年目の出来事……そう、天命30年記念式典に向けたセレモニーによる集客効果を見込んだ準備だったのである。
無論、作ろうとしているのはサービスの行き届いた高級リゾートホテルという設定のため、
まーたリリアリスの懐が潤ってくるんだろうなぁと思う今日この頃だった。
言っても、余越の金は持たないほど金に執着のない人なので、そのたびにクラウディアスが活発化するのだが。