翌日、朝食の席で――
「リファリウスが去ったと思ったらあんたが来るとはな」
クラフォードがそう言うと、とある御仁が答えた。
「ええ、そうよ。それに新たな”ネームレス”にも興味があったから私らが来たのよ。
でも3人いるハズだけどあと1人は?」
彼女はリリアリスである、夕べのうちにリファリウスと交代していたらしい。
交代ということで、リファリウスは今はガレアかクラウディアスだろうか、恐らくガレアだと思われるが。
なお、”私ら”というからには複数人が来ているという意味であるが――
とにかく、3人の内、シャアードとハイドラが席にいたがイツキが見当たらないので彼女はそう訊いた。
「あいつはやることがあるって言って、多分水源にいるんじゃないかな」
リリアリスは何故かニヤっとしていた。
「あら、そうなの。それならそれでいいかな。
噂によるとカワイイ男の子って聞いてたから一目拝みたかったんだけど、それなら仕方がないわね。」
クラフォードは頭を抱えていた。
「とにかく、麗しのヴァルキリー様の能力を確かめたいから、あとで付き合ってもらってもいい?」
と、リリアリスはハイドラに話を振ると、ハイドラは訊いた。
「私としては”麗しの”というのならあなたのほうが優っていると思うが。
まあいいだろう、私の力を引き出してくれるというのなら頼むわね」
するとリリアリスは食べ終わると即座に立ち上がった。
「んじゃ、早速だけど場所を変えよっか。」
と言いながら急にその場から大ジャンプ……どこかへ消えてしまった。
それに対してハイドラも彼女について行った。
「ったく、朝っぱらから元気いっぱいなことで……」
一方でシャアードが訊いた。
「なんでもいいんだけど俺は? ”ネームレス”の謎とやらを突き止めるためには必要なことなんだろ?」
「あまり向きじゃないんだがこの際だ、俺がやってやろう」
と、ガルヴィスが答えた。
「なんだ、思いのほか面倒見のいいやつだな」
クラフォードが茶化すように訊くとガルヴィスは言った。
「まったくだ、本来ならこういうことはしないつもりなんだがこの際だ、とことん付き合ってやる。
それにほかに誰もやれるヤツがいないしな」
現にシャディアスとカイト、シエーナは既に去ってしまっている。
シャディアスはルシルメアだろうが、ほかの2人は何処に行ったのやら。
そして残りのヒュウガは――
「ヒュウガもわざわざ悪いな」
クラフォードはそう言うとヒュウガは答えた。
「んなこといいから、食ったらさっさと始めようぜ」
彼はバルナルトに通信設備を配置するために手伝いをするのだそうだ。
イツキは霧が深い湖のほとりで、湖を背に座禅を組んで瞑想していた。
その湖にはとある女性が泳いでおり、彼女は水の中から這い上がってくると、
長くて流れるような美しいアッシュベージュの髪を軽くふき取り、そこにあったガウンを羽織っていた。
「あら、こんなところに素敵な剣士様がいるじゃない♪」
その女性、目がどことなく妖しい印象の瞳、ラミア族の女性を思わせる――というか、フロレンティーナである。
「あなたがクラウディアスの特別執行官という方ですか?」
イツキはその姿勢のまま振り向くことなく目を見開いて訊ねると、フロレンティーナはにっこりとして答えた。
「ええ、そう。言っても私はナンバー4ってところ、一番上にはリリアリスっていう最強の女がいるけど、彼女と一緒に来たのよね」
最強の女についてはともかく、イツキは納得した。
「にしても本当に素敵よねあなた、私が後ろで裸になって泳いでいたのにまったく気にする素振りすら見せないんだからさ――」
イツキは悩んだような素振りをして答えた。
「別に、そう言うわけでは――ただ、集中していたのでそういうことは考えていなかっただけです。
気配だけは感じていましたが、まさか本当にラミア族の女性がいるなんて思いもしませんし、
話しかけられたのも初めてだったのでちょっと驚いています。
それに、裸ってことはむしろ見ないほうがいいのでは?」
「でも、そう訊かれたら気になるんじゃなくって?」
イツキはさらに困惑していた。
「そっ、それは……まあ、気にならないと言ったら嘘になりますね、僕も男ですから――」
フロレンティーナはにっこりとしていた。
「ふふっ、正直ね。でも、性格も落ち着いているし、結構ちゃんとしてそう――」
イツキは照れながら言った。
「そんなことないですよ、ただぼーっとしているだけです。
今だって話しかけられたから反応しただけですし、そうじゃなかったらしばらくこのままだったかもしれません」
「じゃあ、これから着替えたいんだけど、後ろで着替えているから覗かないでいてくださる?」
フロレンティーナはとんでもないことを言うが、それに対してイツキは何の気なしに答えた。
「いいですよ。それに、そろそろ朝霧も晴れるころです、となると、ここには誰が見てないとも限りませんから”ミスト・スクリーン”の魔法を使いますよね?」
あっ、あら、バレてたの……フロレンティーナは呆気に取られていた、案外ちゃっかりとしているのね――
「なんなら手伝いましょうか? 重掛けしたほうがより確実ですからね」
そっ、そんなことまで――なんだか頼もしい男児だった。
話題を切り替えて。
フロレンティーナはいつもながら、シルエットは万人受けしそうな感じの美しく素敵なお姉さんだが、
上半身の方の露出や二の腕に太腿など、ポイントポイントで露出をキメているセクシーな装いだった。
「先ほども言いましたが、僕、実はラミア族の女性なんて初めてなんです。
言っても”ネームレス”ですから前の記憶までは保証しませんが、
それでも、フローラさんってなかなか素敵な人ですよね!」
フロレンティーナは嬉しそうだった。
「あ、あら、ありがと♪ でも、こう見えても私、大昔は男だったのよ?」
だが、イツキは何の気なしに言った。
「へえ、そうなんですね。確か妖魔族の女性ってそういう人が結構いるって聞いたことがあるような気がしますが、本当だったんですね!」
言われたフロレンティーナは狼狽えていた、どこで聞いたんだよ。
まあ、わずかに記憶している知識か何かだろう、”ネームレス”の中にもそういう人はいくらでもいる。
「ま、まあ、そうね。
それは妖魔族の中でもプリズム族っていう精霊族の一部がやることで、
ラミア族である私はあまりしないほう、つまり、私は特別なのよね」
イツキは笑顔だった。
「そうなんですね! そっか、フローラさんは特別な人なんだ――」
こいつのこの態度にこのセリフ、そしてこの顔――フロレンティーナはドキっとしていた。
自分からちょっかい出していたつもりなのに、これじゃあ立場が逆転――
ま、まあ、これについてはここまでにしておきましょ、フロレンティーナはそう思いながら話を切り替えた。
にしてもこいつ、本当に肝が据わっているわね、ここまででほとんど動じていない。
あのティレックスと比べればわかりやすい、あいつに比べればほぼ無反応もいいところである。
「とりあえず、私のことはひとまず置いておくわね。
それよりも、私があなたの”ネームレス”たる力の引き出し役をすることになったから、よろしく頼むわね!」
「はい! よろしくお願いいたします、フローラ先生!」
フローラ先生! なんていい響きなのかしら!
こんなカワイイ童顔男児にそんな風に言われるなんて、お姉さんなんでもしてあげちゃう……
フロレンティーナはもはやたまらなかった、大丈夫かこの人……。
リリアリスとハイドラは一息つき、崖のところに座ってくつろいでいた。
「こんな格好で戦いをこなすとはなかなかのものね。
なるほど、服のほうを工夫するか戦い方を工夫しろと、そう言うことになるわけね」
ハイドラはそう言うとリリアリスは言った。
「私は風魔法でコントロールしているし、
服全体をワイヤーとかで抑えているしスカートも前スリットが入っているから両方やってるわね。
なんだかんだで昔からこのシルエットで定着しているし、
私としては風魔法でのコントロールなんてごく普通のことだからねぇ。」
服装は相変わらずのゆったりとしたワンピース姿のリリアリス、
ロングスカートは妨げにならないのかなど気になるところはあるが、
本人はこれでうまく戦っているとはこれまで通りである。
「服の仕掛けか――もはやそれ自身が防具よね」
リリアリスは自分のワンピースをまくった。
「確かにそうね、裏地にも金属のメッシュが張り巡らされているし、
ワイヤーで簡単にめくりあがらないようにしてあるわね。
これについては一切合切覚えていなくって、流石に自分でもちょっとびっくりしたわ。
我ながらによくやるもんだと思ったわね。」
さらに言うと、下着代わりにミスリル銀製の布をまとっていることが挙げられる。
これによって彼女自身の防御力は高めに保有されているようだ。
ハイドラの指摘は当然武器にも。
「それにしてもすごい武器よね、パっと見た感じアクセサリかと思ったけど、構想は何?」
「構想は刀剣・槍・後は棍ね。
ベースはもちろん槍、前の記憶はないハズなのに我ながらよく覚えているわ、
余程こだわりが強いのねきっと。」
それに対してハイドラは言った。
「なんていうか、覚えている内容に統一性がないのよね。
知識的なものを覚えているのかと言えばそうでもない。
ヴァルキリーの技と言われても、確かに、なんだかそうだった気がするけれども、
リリアがこうして相手をしてくれないと全然思い出せなかったし、
実際、まだまだ自分には出来たことがあるような気がするとか、まったくはっきりしないのよね」
それを言われると自分にも心当たりがあったリリアリスは話をした、すると――
「”フォース・マスター”ですって!? すごいわね、ということは当然、”フォース・テラ・ブレイク”が使えるってこと!?」
リリアリスは首を横に振った。
「いいえ、全然ダメ。そもそもやり方すらわからない。思い出せないというよりはわからないって感じね。
と言っても、”フォース・マスター”の下地となる極意だけはきちんとしているからあくまで”フォース・マスター”の卵ってところね。」
それほどまでに伝説とも呼ばれる”フォース・マスター”への道のりというのは厳しいものなのだろう、ハイドラはそう思った。