ガルヴィスはゼーランド大陸のグロスウェル地方と呼ばれるところへとやってきていた。
彼はディスタードのガレア軍の船を利用してそこまでやってきていたのである。
「こんなところまでディスタード軍の息がかかっているんだな」
ガルヴィスは周囲を見渡しながらそう言った。
周囲はおそらくディスタード軍の兵隊らしきものたちがおり、
作業や話などをしていた。
それに対し、女性の兵隊が答えた。
「ディスタードと言っても、着手しているのは基本的には私たちの軍だけですね。
それに、これについては軍とは関係のないガレアの事業の一つでして、
かつてウォンター帝国と呼ばれる大帝国の植民地だったところの立て直しを行うというのが目的なんですよ」
ウォンター帝国……ヴァルジア大陸でそんな話を聞いたことを思い出したガルヴィスだった。
ヴァルジア大陸や、ここグロスウェル地方を植民地にしたウォンター帝国は、
クラウディアスら連合軍との戦いに敗北、それが引き金となって発生した内部抗争の末に情勢が不安定化、
それを機にヴァルジアなどの植民地は独立運動を起こすと、植民地から脱却に成功したのである。
ところが、グロスウェルはヴァルジアとは異なっていた。
「グロスウェルを立て直しということは復興ということなんだろうが、ウォンターから独立して何があったんだ?」
ガルヴィスはそう訊くと、別の兵士がやってきて答えた、そいつはガレア軍でも実力者であるマドファルだった。
「グロスウェルはウォンターから独立するほどの力が残っていなかったんだ。
ウォンター軍が解体することに伴ってゼーランドから撤退することになったんだけれども、
グロスウェルには自国を立て直すほどの力が残されていなくてね、
だから、いくつかの国にも見るような内部抗争はここでは起こらず、無法の地となっているのが実情なんだよ」
グロスウェル”地方”ってことは他の地方があるわけだが、隣接する他所の地方もあまり余裕がないという。
それはこのグロスウェルがウォンターの植民地、つまりはウォンターはゼーランドを手中に収めるため、
ここを足掛かりとしたから……ということではない。
「ゼーランド大陸は3つの地方に分かれているんだが、それぞれ孤立しているような感じになっている」
その孤立によってどうなっているのか、実際に見てみた方が早いらしい。
それにしても、ガルヴィスとしてはガレア軍に頼ってくるというのは、本当は嫌だったのである。
というのも、ガレア軍と言えばアール将軍こと、リファリウスの軍である。
つまりはリファリウスに頼るということ――ガルヴィスとしてはそれだけは勘弁ならないことであるハズである。
ところが、ガルヴィスとしてはどうしても外の国へと赴き、自分はどこからやってきたのか、
探し出す目的をあきらめることはできなかった。
そのため、外の国へ行くための手段を探すわけだが、どのルートを模索しても何かしらの障害があり、進むことが困難だった。
北はかろうじてトライト大陸に行けたが、それ以外は戦によって戒厳令が敷かれており、自由に出入りできる国はなかった。
それこそ、傭兵として立ち入りできる国はいくつかあったが、そんな面倒ごとに巻き込まれるつもりはなかった。
西も似たような感じで、この世界はいったいどうなっているのだろうか、これほどの戦乱の世の中だったのだろうか、謎は尽きない。
南はあの旧ウォンター帝国のある方角で、
今でもかの帝国の処理でごたごたした情勢が続いているらしく面倒ごとが多そうなので却下である。
ということで、東のほうはどうなのかと考えるわけだが、
ほかの方角に比べると情勢は地方ごとにまちまち、現状で戦の気配のあるような地方も少なく、
行ってみるまで分からないようなところも多いらしい。
ヴァルジアで賢者様から助言をもらったのとは反対にフェニックシアから離れて行くのが癪だが、
とりあえず、やれることはやってみようと考えたのである。
とはいえ、その東の地へ赴く足がないのが事実、それが行ってみるまで分からないことにもつながっているようだ。
ということで東に行ってみてどうかと、単純というか浅はかというか、とにかく考えたのだが、
やはり手軽な渡航手段がないのは事実なので、何とかして渡航手段を模索した結果、
結局、ガレア軍に頼るしかないことが分かったのである。
そう、背に腹は代えられない――リファリウスを頼るという上で何人かはそういう表現を使うのである。
とはいえ、直接彼に懇願したのではなく、ヒュウガの線である。
彼はリファリウスには内緒にしておくと言っていたので、恐らく大丈夫だろう……そう思いたいのだが。
3日後――
「グロスウェルの情勢はとりあえず立て直しつつあるようだね。
今じゃあウォンター帝国にめちゃくちゃにされたような感じには見えないということらしい。
一度行ってみようかな?」
アール将軍こと、リファリウスはヒュウガのいる研究所へとやってきてそんな話をしていた。
「なんだ、どうかしたのか? うまくいっているんだったらいいじゃないか?」
ヒュウガはそう言い返すと、リファリウスも言い返した。
「うまくいっているんならね。どうも、グロスウェル側でトラブルが起きたみたいなんだ。
今、マドファル君たちが原因を究明しているらしいから、とりあえず経過を待つしかなさそうなんだけど――」
それに対してヒュウガは訊いた。
「まさか、俺にあんな遠いところまで行けって言うんじゃないだろうな?」
すると、リファリウスが言った。
「なるほど、その手があったか!」
ふざけるな、ヒュウガはすぐにそう言い返した。
「あっははは、まあまあ、それは手段の一つということにしておいて。
それよりもグロスウェルへの定期物資運搬船についてなんだけど、
最後に出港した時の打ち合わせにヒー君が立ち会っていたことを聞いてね、
珍しいなと思ってどうしてなのかを聞きに来たところだったんだよ。」
げっ……ヒュウガは悩むことになった、こいつ相手に隠し通せるだろうか?
「いや、別に深い意味はないな。
これまで建築材とか生活必需品として最低限度の物資ぐらいしか運んでいなかったからな、
そろそろ自給自足できるレベルになっているんじゃないかとか、
そうなると、必要物資のレベルも上げて行かないとダメだろ?」
確かに、贅沢品と言わないまでも、生活水準が上がれば必要な物資も変わってくる、
となれば――それは確かに、そろそろ気にし始めてしかるべきものではある。
「そういうこと気にしとかないとあとで面倒するだろ? 何がどのぐらいいるのか、とか。
だから今のうちに考えておかないといけないかなと思ってな」
と、ヒュウガは付け加えた。
「確かに、その通りだね。
まあ、言っても、すぐに何がいるとは答えは出せないだろうけど。」
リファリウスが言うとヒュウガは言った。
「ああ、だから、そういうのを考えておくように的なことを話題に出してみただけだ」
そう言いつつ、ヒュウガはデスクに座り直し、端末に向かっていた。すると――
「ところで今、何やってるの?」
リファリウスは訊いてきた。面倒な――まだ危機は去っていないようである。
「今? 別に――何もやってないぞ」
リファリウスはそれに対して適当に相槌を打った。すると――
「そういえば”ネームレス”について気になることがあってね、どうしたもんだか――」
と、何気にヒュウガが隠している件に接近してきた。ヒュウガは内心焦っていた。
「……どうしたもんかって、何かあったのか?」
それに対し、リファリウスは何やら手を顎に当て、考えたようなしぐさをしていた、
ヤバイ、これは――嫌な予感がする……ヒュウガはそう思うと、案の定だった、
リファリウスはニヤッと笑いながら訊いた。
「だからキミにガル君はどこにいるのか聞きに来たってワケだ。」
嘘だろ!? ヒュウガはさらに焦っていた、ここであいつとの約束を破るわけには――だが、それも無理な相談だった。
「キミの態度がどことなくおかしいから、何かしらの隠し事があるのは確実だろうと思っただけだよ。
実はカマかけてみただけなんだけど、まさか的中させてしまうとは、我ながらに怖い。
ちなみにキミが何食わぬ顔でそう訊き返してくるということは私の経験上96.526%の確率で何かを隠していることはだいたいわかっているから、
もはや隠し通すのは不可能だと考えていい。
それに、あのガル君を最近見かけたって先ほどちょうどシエーナさんから情報をもらったばかりで、
だからガル君に関わる何かを隠しているんじゃないかと思ったんだ。
でも、ガル君的には私の管轄であるガレア軍にお世話になったとなったら借りを作ったような感じになってしまう、
それで私に隠しておきたいということは彼の行動原理的になんとなくわからなくもないけれども、
持ちつ持たれつなんだから気にしなくたっていいのにさ。
で、グロスウェル便の打ち合わせに立ち会っているということは――少なくとも、ガル君はゼーランドにいるということだね。」
こいつには勝てん! ヒュウガは降参した。
「まあ、ガル君がそこまで気にしているのなら、私は訊かなかったことにしよう。
と言っても、あのガル君のことだ、そのうち私が知らないワケないことに気が付くだろうさ。」
確かに――ヒュウガはそう思いつつ、デスクの上で頭を抱えながら項垂れていた。