次の日の朝――
「よく寝てたな、我ながらに戦火の町の中でよく寝られるとは――」
ガルヴィスは自分が携えていた二振りの剣に目をやりながら夢の内容をなんとなく思い出していた。
「……何もできなかったのはやつではない、本当は俺だったんだ、それはわかっているつもりだが――」
と、自分で何を言っているのかよくわからなかったガルヴィスは首を横に何度か振り、我に返っていた。
するとウェザールが目の前に現れ、ガルヴィスに話しかけてきた。
「おっと、起きていたのか。アニキが呼んでたぜ、行ってやってくんないか?」
それに対してガルヴィスはただ「いいだろう」と一言放った。
ガルヴィスは昨日の夕食の時と同じく、同じ場所で朝食まで食べさせてもらっていた。
だがしかし、昨日と違って他の傭兵たちはその部屋からは完全に出払っていた。
その部屋にいるのはガルヴィスのほかには同じくその場で朝食をとっているヴィーサルだけである。
朝食はシチューだった。
「朝飯まで用意してもらえるとはな」
ガルヴィスがそう言うとヴィーサルが言った。
「これがまさしく我らがワイドナス様だからこその成せる業ってところだ」
提供しているのはヴィーサルたちの雇い主だったようだ。
「俺なんかが食べて大丈夫なのか? 傭兵に出した食べ物だろ?」
「いいや、こんな戦時下で物資もなかなか入ってこない状況だから、
ワイドナスはライザット民全員に配給している、まさに頭の上がらないことをしておられるんだな。
もちろんこの町にふらっとやってきたお前であろうとそれは例外ではない、大したお方だよ」
ガルヴィスは絶句していた、まるで聖人君子のようだ、そう言うと――
「そもそもワイドナスは賢者様だからな、人望の厚さと聖人君子ぶりについては伊達じゃないってわけだ。
でも、備蓄も確実になくなっていることについては必至、そろそろ時間の問題ってところだな。
言っても明日明後日っていう状況じゃないけれども、マハディオスからは確実に劣勢を敷かれている。
あまり言いたくはないが、食料の前に先にライザットが負けるかもしれないな――」
それは何とも言い難かった。ガルヴィスは気になった点を訊いた。
「食料備蓄といえば――デステラ港は開いていたよな?
マハディオスが優勢でそこを滅ぼしているのなら連中がそこを押さえていてもよさそうなものだが――」
ヴィーサルは答えた。
「ああ、それは俺も最初に思ったことだ。
だが、あえてあの港を開いている連中の狙いがわかってしまった、
うちが劣勢になれば劣勢になるほど――先週は辞退者が2人出てきてしまった、
先々週も3人辞められている……そう、あえて逃げ口を用意しているようだ。
しかもうちの陣営は雇い主が賢者様、働いた分だけの金額は出すっていう手厚い待遇なもんだから命があるうちにこの大陸から出て行く、
その抜け口として用意されているのがデステラってわけだ。
ついでを言うと、どこもかしこも戦時下でこの大陸に食料物資支援をする余裕はどの国にもないだろう、
自給自足を迫られている状況だな」
そういう使い方があるのか、ガルヴィスは感心していた。
「命あるうちに――まさに賢者様なら奨励しそうな考え方だな。
敵はそういう相手の性格を逆手にとって静観しているのか」
ガルヴィスはそう言いながら朝食を口に含んでいた。ヴィーサルは頷いた。
「そういうことだ、そういう性質故にこの町の蓄えがさらに減っている、
兵糧攻めに似たような攻撃を受けていると言ってもいい。
だが辞退者もそろそろ少なくなってきた、以前は1週間で10数人単位での辞退者が普通だったからな。
むしろ戦死者のほうが上回りつつある状況、それでも逃げずに戦おうという志のあるやつが多いのが幸いしてライザット軍はなんとか戦況を維持している、
この俺もそう、最後までこの戦いを見届けるつもりだ、たとえ俺が最後の生き残りになったとしてもな」
それに対してガルヴィスが言った。
「最後の生き残りつってもな、それこそ賢者様なら奨励しない状況かもしれないぞ。
もしかしたら明日明後日のレベルで降伏をするっていう判断が下されるかもしれないしな」
するとヴィーサルは悩みながら言った。
「それが一番つらいところだ。
俺たちは傭兵だから雇い主の命に従うべきところなんだが、
実のところ、これまで5度も賢者様の降伏宣言がなされていてな。
しかし、それはライザットの住民たちの反対によって翻されている、
その騒動に俺ら傭兵たちも付き合わせれているってわけだ。
そのせいで3度目からはほとんどボランティアに近い行動になっているのが実際のところだ、
雇い主がなんと言おうと結局やるしかないんだろうなってことでな。
言っても衣食住には事困らないしそれなりにきちんと賃金も出る、
ほかに過酷な場所があるところを考えればまだずいぶんとマシなもんだよここは――今のところはな」
そしてヴィーサルは意を決して話を始めた。
「ところで、物は相談なんだが――」
ヴィーサルはそう言うとガルヴィスが言った。
「俺にマハディオスを斃す手伝いをしてほしいんだろ?」
図星だった、ヴィーサルは意表を突かれていた。
「じ、実はそうなんだよ。
聞いての通りライザット軍はまさに劣勢の状態、
しかも向こうに”修羅のレイノス”がついているとくればなおさらで、恐らくヤツに敵うやつはいないことだろう――」
あんたなら勝てるんじゃないのか、ガルヴィスはそう訊くとヴィーサルは首を振った。
「いいや、残念ながら以前の戦場で対峙した時に俺の剣はやつに届かなかった。
トドメこそ刺されなかったものの、恥ずかしながら命からがら逃げ出してきたっていうオチだ。
そういうこともあってあんたにお願いしたいんだが――もちろん、今すぐに結論を出せとは言わん。
それに、いくらあんたでもヤツに勝てるかどうかの保証はないし、だから無理にとも言わない。
ただ、やるからにはそれ相応の報酬は出したい、だからじっくりと考えてもらえると――」
しかしガルヴィスは話を遮って答えた。
「報酬は特別要らん、俺が思ったやつをくれればそれで十分だ」
えっ、そんな――急いで結論を出していいのか? それに報酬は要らないって――ヴィーサルは驚いていた。
「そんな話になるとは思っていたからな。
第一今の俺は虫の居所が悪い、どこの馬の骨とも知れないやつに間違えられて命を狙われるのも腹立たしいんでな、
しかも”フェニックシアの孤児”というやつは特別な存在らしい、
だったら話は簡単、問題のそいつと対峙してその厄介な野郎を代わりにやってやろうと思ったまでだ。
それに、雑魚を斃した程度で報酬とかそこまで落ちぶれちゃいない。
とはいえ、あんたらがそこまで苦戦している相手ということならその分の対価は頂くつもりだが、それはそん時に俺が決める。
それまでは――食べ物と寝るところさえ提供してもらえれば俺は満足だ」
そう言うとガルヴィスは話を打ち切り、さっさと外のほうへ出て行ってしまった。
それを慌ててヴィーサルは呼び止めていた。
「ま、待て! どこに行くんだ!?」
ガルヴィスは答えた。
「飯も終わったから気分転換にちょいと外の様子を見に行くだけだ。
契約した以上はまだ指示もなくこの町から離れるつもりもないから安心しろ」
そう言うとガルヴィスはさっさと去ってしまった。
「まったく、愛想のないやつだな。でも、いいやつなのは間違いなさそうだ――」
ヴィーサルは腕を組みニヤッとしながらそう呟いていた。