ガルヴィスは我に返った。
「くっ、あの野郎!」
するとガルヴィスは今まで蹴り続けていた大男に対し、さらに強めに蹴りを入れ続けていた、
先ほど彼が見た光景から察するに、それは八つ当たりである。
「痛でっ! 痛でぇっ! もうやめてくれぇー!」
大男は悲鳴を上げ始めていた。それに対して先ほどの偉そうな男は立ち上がって叫んだ。
「もういい! 十分だ! お前が強いのはもうわかった! だからもう、これで終わりにしよう!」
ガルヴィスは再び我に返ると、その男の目の前までやってきた。
「いや、その――本当にすまなかった。というか、あんたは本当にあのマハディオスの連中じゃないんだな?」
ガルヴィスはその場にあった椅子に腰かけ、机の上に左の肘を付くと「そうだ」としか答えなかった。
それに対して男は――
「なっ、なるほど。
で、これは一応念のために改めて聞くだけなんだが――どこから来て、どこへ行くつもりだって?」
それに対してガルヴィスは得意げに答えた。
「ディグラットからここに来ただけだ。
当てもないっちゃ当てもないんだが、とりあえず北にでも行こうかなと思っていただけだ」
それを聞いた男はため息をついて答えた。
「やれやれ参ったよ、それでも話を曲げないということはどうやら本当のことしか言っていないらしいな――」
するとガルヴィスは腕を組み、偉そうな態度で座わり直していた。
男は話をし始めた、男の隣にはウェザールも同席していた。
「俺はここの傭兵団の取りまとめ役をしている者でヴィーサルという」
つまりはリーダーか、ガルヴィスはそう言うとウェザールは訊いた。
「っておいおい、反応はそれだけか? こいつはヴィーサルだぞ?」
だが、ガルヴィスは何食わぬ顔で、
「ん? その名前がどうかしたか?」
としか答えなかった、それには周囲は驚いた。そんな中、ヴィーサルはお手上げの状態で言った。
「やっぱりあんたは只者じゃないな。
グラスケスでさえもいとも簡単にぶっ倒してしまったんだからな、
俺の名前を聞いたところで驚くわけないか」
グラスケス? 誰だそれ? ガルヴィスは再び何食わぬ顔で訊くとウェザールは言った。
「あんたがさっきまで蹴りを入れていた、そこで伸びている大男だよ、またの名を”暴飲のグラスケス”。
で、こっちは”月刀のヴィーサル”――どうだ? ピンと来たか?」
しかし、ガルヴィスは「何が?」としか答えなかった、イマイチどういうことなのか理解していない。
いや、待てよ、もしかして――ガルヴィスは考え直した、
さっきの”修羅のレイノス”の話といい、”暴飲のグラスケス”に”月刀のヴィーサル”と――
「ああ――なるほど、そういうことか。
要するにお宅らはこの世で名を馳せた連中だってことか。
そいつは気が付いてやれなくて悪かったな。
もっとも、俺はそういうのにはまったく興味がないしそもそも知らないんでな、だから気を落とさないでくれ」
まさかそんな――ウェザールは頭を抱えながら言った。
「おいおいウソだろ? 知らないってどこのモグリだよ――」
そんな彼に対してヴィーサルが言った。
「いやいや、どうやら俺の活躍ぶりは全然足りていないことの表れのようだ。
言っても、名前が知れ渡るってことはその分面倒も増えるってこと、
だから別にわざわざ自慢したいほどのことではないんだが――」
ヴィーサルはそのまま話を続けた。
「でも、ガルヴィスなんて名前も初めて聞く名だな。どこの出身なんだ?」
ガルヴィスは悩んだが一応答えた、すると――
「なんだって!? まさかあのフェニックシアだって!?」
消滅してしまった大陸、フェニックシア――そこの出身ということについては誰しもが驚いていた。
「これについては無理に信じろとは言わないがな」
過去の話についてはどうでもよかったガルヴィスだった。
「でも、フェニックシア出身ってなかなかレアだよな?
他には百戦錬磨のフォディアス――って、あれはスクエアだったっけ。
つってもよお、ガルヴィスなんて戦士いたか?
あんなに強いんだぞ、何か名前を持っていてもおかしくないハズだろ?」
ガルヴィスの右側のほうからそんな話が聞こえてきた。それに対してヴィーサルは言った。
「いやいや、異名だけで名乗っている可能性もあるぞ。
なあ、もしよければでいいんだが、どう呼ばれてきたか教えてもらえないか?」
余程自分の素性が知りたいんだろう、それもそうか――ガルヴィスはそう思った。
だがしかし――どう呼ばれてきたって言われても、自分にはそんな通り名なんていうものは存在しない。
だからどう答えたものか――素直に異名なんてものはないって言えばいいだろうか?
そう思ったが、ガルヴィスはいいことを思いついた。
「どう呼ばれていたって言われてもな――俺にはあんたみたいな通り名なんてないからな。
でも、しいて言うなれば――”フェニックシアの孤児”と呼ばれていたな」
なんと! それには流石に誰しもが驚いた。
”フェニックシアの孤児”とは突如としてフェニックシアに現れた子供たち、
子供なんだがいずれの子も妙に子供っぽくない、大人びていた。
発見当時こそ子供のような感じだったがいつのまにか青年ぐらいの年齢まで育っており、
大人顔負けの知識を披露する者もいれば大人顔負けどころか、
一部の通り名持ちでさえ歯が立たないほどの戦闘能力をも持ち合わせている者も――
「それに”フェニックシアの孤児”と言えば身元が一切分かっていないという話だったな。
どの子供に聞いても今までどうしていたのかわからないと答えていたそうだ。ということはつまり……?」
ウェザールはそう言うとガルヴィスは頷いた。
「察しがいいな、そのとおりだ。
悪いが以前の記憶がないのは今も変わらないもんでな、それで昔の記憶を探して旅をしているってワケだ。
それで俺の目的を察してもらえればありがたいんだが――とはいっても無理に信じろとは言わないけどな」
あの腕っぷしにそういう事情を持っているということなら誰しもが納得せざるを得なかった、思いのほかことは深刻なのかもしれない。