作戦決行前、カスミが一芝居売っている間のこと――
「お姉様、どうかなさいましたか?」
ルルーナはリリアリスにそう訊いた、リリアリスは手首を下唇にあて、首をかしげて佇んでいたのである。
「ん? うん、なんていうか、なーんかまだ引っかかることがあるのよね、不思議というか――」
何が不思議なんだろうか、ルルーナは訊いた。
「バリケードもなくストレートにイングスティアのバルカネロに入れました。
まあ、国境なんかあってないような地域からの侵入ですので、その点についてはそれでいいかもしれません。
ですが、戒厳令を敷いている割には町やその中枢が集中しているバルカネロへの侵入は割と容易でした、
アガレウス一個隊が占拠しているというのならもう少しギスギスしているような気がしててもおかしくはないですが――」
そう言われてリリアリスは気が付いた。
「何よ、そんなに可愛くて賢い顔して。
カレシに二股以上かけていて計算高く誤魔化しているぐらい鋭いこと言うじゃないのよ。
でも確かに、言われてみればそのとおりね――」
ん、なんだろ、自分が言ったこと以上に何かあるのだろうか、ルルーナは訊いた。
二股以上かけていて計算高く誤魔化す……なるほど、その手が――というのは冗談として、
「この件、そもそも論として最初から腑に落ちないのよね。ヴェラルドが言ってたこと思い出してみて?」
ルルーナは頷いた。
「アガレウスが槍一つでイングスティアを押し込んでいる点ですよね?
実はそれ、私も気になっていました――その槍がたとえ”ブリーズチャート”だったとしてもです。
どうしたらそんなことが実現可能なんでしょうか?
あの”ネーレイダル”の力を考えてみたのですが、それを使って大国の軍隊を陥れられるのかと言われると――」
それに対してリリアリスはニヤっとしていた。
「なるほど、この謎はあなたに任せたほうがよさそうね。
計画上の都合、私は議事堂内をしっかり散策する可能性がないから、この続きはあなたに考えてもらえると助かるわね。」
それに対してルルーナは言った。
「わかりました! あっ――で、念のためですが、その結果たとえ何だろうと計画通りに事を運ぶでいいんですよね?」
「ええ、それは多分それでいいでしょ。もし、それでやめといたほうがいいってことなら教えてくれればいいから。」
「OKです! チャットに入れておきますね!」
「ええ、それから、カレシできたらすぐに教えなさいよ。」
「はーい♪ まずはおねーさまに蹴りを入れてもらいまーす♪」
いや、それ怖いから。
そして、クラフォードと一緒に散策中のルルーナ。
「監視部屋か、守衛が1人とはこれまた滑稽だな」
監視部屋の中にいた者は既にクラフォードらに片付けられていた。
「人手が足りていないのだから仕方がありません。
話では中枢部の人間はほんの一握り、この人がどうかはわかりませんが、
それよりも傭兵はいないのでしょうか?」
クラフォードは考えた。
「雇われはいなさそうだな、俺の感覚では。
いたら多分面倒だ、そもそも”迷子の子をめでるお兄ちゃん”のハズはないし……子守をする契約だったら別だが。
それに連中は報酬次第で子守以外だったらどんな仕事でもするきらいがあるが、アガレウス軍にそこまでの予算があるとは到底思えないってことだ。
”ブリーズチャート”が出てくるまで世界の片隅でくすぶっていたわけだし、敵の戦力はまず間違いなく”ブリーズチャート”ありきとみて間違いないだろう」
するとルルーナは考えていた。
「なるほど、敵は人も資源もリソースが限られていて”ブリーズチャート”を手にしたとたんに暴挙に及んだ、行き当たりばったりの犯行である可能性が濃厚と。
そして人はともかく資源を狙って大昔で言うところのプライマリー・ステートの1つであるイングスティアに侵攻して世界強国の1つに数えられるように頑張ってみた、と――ふむふむ。
ということはつまり、これはアガレウスというどこから出てきたのか分からない小規模の外部犯ではなく、内部の犯行ですね」
ん? どういうことだ? クラフォードは訊いた。
「考えてもみてください、そもそも入り口からおかしいんですよ。
いいですか? イングスティアはプライマリー・ステートの1つです、プライマリー・ステートの中でも序列はあれど、
それでもクラウディアスやディスタードと比肩するような国ということです。
つまり、そんな国を相手取って侵攻するなど、正気の沙汰とは思えません」
でも、”ブリーズチャート”があるから侵攻してきた、クラフォードはそう言うとルルーナは訊いた。
「ではクラフォードさん、あなたにはたった今、巨大な国……ロサピアーナとしましょうか、
そこへ少数のティルア勢だけを率いて進軍せよとバルティオスからの通達がありました。
その際に渡された物資はリリア姉様があつらえた名刀の数々です。
さらにアリエーラさんの魔力も注入された魔具の数々も配備済みです。
さあ準備は万端、それではロサピアーナへと進軍しましょう……すんなりとうまくいくと思います?」
クラフォードはお手上げだった。
「たとえどんな環境だろうとまず敵の抵抗勢力に圧されるな。
それこそ相手はホームでこちらはアウェイ、地の利で言えば相手のほうに分があるし、
何より――どれほど使う装備が優れていたとしても使う側がそれを熟知していなければただの宝の持ち腐れでしかない。
だから確かに――いくら”ブリーズチャート”があるからと言っても”かのプライマリー・ステート”がわずかな間にこんな形で押し込まれているというのはなんだか妙な光景だな。
それこそ、逆にプライマリー・ステートであるハズのロサピアーナでもクラルンベルへ侵攻してはいるものの、戦いは長引いて今でも続いている、
どんなに力があったって限度があるという典型だろう」
ルルーナは頷いた。
「傭兵はいないとも言いましたね。
アガレウスは財政が厳しいからとお話しいただきましたが、
アガレウスがイングスティアであるということになると、兵力は足りているから雇う必要がないということになりますよね!」
クラフォードは訊いた。
「でも、内部の犯行だったとて、それでなんでアガレウスと宣言するんだ?
それに――槍一つでイングスティアを押し込んでいるってのはヴェラルドが言っていたことだ、あいつ、嘘を言っていたってのか?」
ルルーナは首を振った。
「それは私にもわかりません。
ただ、確かなことを言えば、ここの兵隊たちが巡回している人数がそもそも少ないというのも、
イングスティアの情勢がある程度安定していたからということにはなるんだと思います。
そんな平和ボケの中で行われたクーデター――いえ、革命といったほうが適切ですか、”アガレウス”を名乗ってイングスティアを一時的に混乱に陥れた。
そのきっかけはまさにイングスティアは内部的に弱体化が進んでいたから、これはヴェラルドさんも言ってましたよね?
だからこそ反抗勢力がそれを好機ととらえて政権をひっくり返したというのが真相でしょう。
ですから、キラルディアさんにおいてはただ見たままの事実を伝えただけで、言っていること自体は間違っていないということなんじゃないですか?」
クラフォードはもはや完全にお手上げだった。
「参ったな、いつから俺はリリアリスと一緒に話をしていたんだ?」
そう言われてルルーナはにっこりとしていた。この女、マジで冴えている……
「うふっ♪ こんなに可愛くて賢い女、カノジョにしてみたくありません?」
いや、間に合ってますので。というか、それこそリリアリスだとしたら怖いので遠慮したいです……クラフォードはそう思っていた。
「ということでプランBで行きます。
プランBなので魔女リリアリス様に続いて魔女ルルーナ様が作戦に参加しまーす♪」
は!? なんで!? クラフォードは訊いた。
「文明の利器で伝えるのもいいですが、わかりやすい方法をとるということでプランBで発信するということになりましたー♪」
「で、プランBを取った暁には……どうなるんだ?」
「魔女ルルーナ様が作戦に参加するだけでーす♪ それ以外は何ら変更はございませーん♪」
何もないんかい! クラフォードはそう突っ込まざるを得なかった。
「しいて言えばその後の展開ぐらいですね、作戦上はそのままなのでちゃんとやってくださいね♪」
はい……クラフォードは呆れ気味にそう答えた。
「その後の展開か、それは考えていたことだからそれもそうか。
まあ、この人が加わったということでシエーナさんもカイトもなんらかのリアクションはするだろうな。
問題はガルヴィスだが――まあ、あいつはその頃にはいなくなっているからどうでもいいか……」
「あっ、魔女ルルーナ様に見惚れるのは自由ですが浮気はダメですよ?」
大丈夫です、間に合ってますから。というか、それこそリリアリスだとしたら怖いので遠慮したいです……クラフォードは改めてそう思っていた。