建物の3階、とある場所へとやってきたカスミとリリアリス、ベランダに通じる窓のようだ。
するとカスミは目の前にある窓に向かって抜刀、そのまま納刀した。
目の前の窓の鍵が壊れ、窓がオープンした。
「魔法施錠――魔法ごと破壊したってワケね。」
リリアリスはそう言うとカスミは頷いた。
「でも次は多分お姉ちゃんの出番。私のはあくまで魔法のカギ、お姉ちゃんのは最後のカギ」
リリアリスはずっこけた。
「おおっと、そう来たか。ま、まあ……そういうきらいはあるけれども……現に似たようなこと散々言われているし……」
ということでベランダに出ると、今度は意味深な印象の壁にぶち当たった。
よく見ると扉のようであるが、まさに壁のようにカモフラージュされていた。
だが、カスミはお兄ちゃんたちと戯れている時に遠目からこの場所に目星をつけていたということか。
そこへリリアリスは最後のカギこと、”兵器”で解錠を試みるとそこには通路があり、その先には――
「emilyの場合はエレベータだけれども、これはただの階段ね。
地下に問題のブツが眠っているとは言うけどこう来たか――」
そう言いながら納刀すると、カスミと共に階段を下って行った。
なお、ここで説明することになるが、emilyというのはエンブリアで今話題の無制限シンクラ機能を備えた端末、
シンクライアントのデスクトップのことである。クラウディアスにてリリアリスやリファリウスが考えたもので、
元々デジタル化の遅れていたクラウディアス民は端末利用にこちらを採用している者も多いが、
エンブリアのどこからでもアクセスできるという利便性が功を奏し、企業からの利用希望が殺到していることでも有名だ。
それこそフロレンティーナさんによるクラウディアス連合国民意識調査について説明したことがあったが、
それの投票権はemily端末ごとに割り当てられるIDごとに付与されるようになっている。
emilyのデータサーバは複数の拠点に設置されており、特にクラウディアスではお城の地下にそれが格納されている。
当然、個人情報の扱いには一段と注意して取り扱わなければならないものであるため、
emilyのサーバの場所については具体的に公開されていることはなく、
さらに言うとクラウディアスのセキュリティレベルの高い場所からしか入れないという事情もある。
そのセキュリティレベルの高い場所だが、4階とか上の階層からエレベータによる侵入であるため、
つまりはその事情を引き合いにカスミはemilyのケースと表現したのである。
なお、emilyの名前の由来はもちろんクラウディアス257代女王陛下の名前であることは言うまでもない。
そして、ティレックスとカイトはアガレウス軍の重要人物を見つけて確保していた。
「不意打ちとは少し反則だったかな」
ティレックスはそう言うとカイトは楽しそうに言った。
「でも、以前に比べるとずいぶんと技のキレが増したようだね。
ひとえにリファリウス氏の賜物だろうね」
ティレックスは答えた。
「まあ、そうなんだよな。特にあのアーシェリスなんかも実はそうなんだが――」
それに対してカイトは言った。
「ああ、彼だろ?
でも、その割には彼ってリファリウス氏が嫌いなんだよね。
もはや相容れられないっていう感じだ、いろいろとヤバイよね」
ティレックスは頭を抱えていた。
「まあ、その気持ちはわからんでもないけれどもな。
というか、リファリウスのあの性格、もともとああなのか?」
カイトは呆れ気味に答えた。
「どうだろうか、確かに少なくともフェニックシアにいた頃からああいう性格ではあったけどね。
それこそリセリネアさんやうちの姉様とか、いつも女性陣と一緒にいることのほうが多かった。
いや、というよりも女性陣のほうから氏のほうにくっついていってるという感じだ」
ティレックスは頭をかいていた。
「うーん、今となんにも変わらないってことか。
確かに女性受けしそうなビジュアルではあるし、最初の頃なんかは女性人気があるやつなんだなとか、
なんだあの女たらしとか、そんな風に思っていたけれども最近は全然そんな風に思わなくなってきたな。
そもそもそう言う話を持ち出すと女性陣が酷く反論するし……特にユーシィに怒られる」
カイトは笑い気味に言った。
「ははっ、キミもしっかりと尻に敷かれてるね。
まあ、特にユーシィさんについてはリリアリス女史の血を引いているみたいなところもあるから、
彼女の気の強さはまさに女史譲りなんだろうねきっと」
ティレックスは再び頭を抱えていた。
「俺としてはそれがちょっと心残りなんだが……
確かにユーシィって元々お転婆だけど、あれが後々リリアさんになるって言われると……」
リリアリスにコテンパンにぶっ飛ばされたあの日のトラウマが蘇ったティレックスだった。
「将来リリアリス女史だったらむしろいいじゃないか、
だって彼女、美人だし巨乳だしセクシーだし、言うことないじゃんか♪」
他人事だと思って――意地悪く言うカイトに対してティレックスは密かに腹を立てていた。
「リリアさんをそういう対象として見たことはないんだが……というより、むしろ見れない……」
リリアリスは男に恐れられる存在としては鉄板だった、頼れるお姉さんは伊達ではない。
話を戻して、ティレックスとカイトは再び話をしていた。
「”ブリーズチャート”はこいつが持っているわけではないんだな」
ティレックスはそう言った。
2人が確保したのはアガレウスの司令官というやつだった。カイトは頷いた。
「リリアリス女史の読み通りだね、建物内で行使するとなると建物ごと巻き込まれる可能性もある、か。
言ってしまえば”ブリーズチャート”はまさに爆発物そのもの、
暴発する可能性も考えて要人からは極力離して使用するんじゃないかってところか」
ティレックスは頷いた。
「司令官が戦いの実力者ってわけではないのか。実力者だったら持っていた可能性もあるんだが」
「もちろんね、言ってしまえば少数精鋭部隊のトップを務める者、
だからリーダー主導でことを成し遂げてしかるべきだけど、
キラルディアの諜報員の話だと、アガレウスは当時からメンバーがほとんど代わっていないらしいという話だから、
実力こそあれど過去の話、今やすっかり錆びてしまっているわけだ」
ティレックスは司令官を見ながら言った。司令官はもはや老人と言っても過言ではないような見た目だった。
「ウォンターの残党でウォンターにいた頃からそれなりに歳食っている連中だったってことなら年齢的にはだいたい想像がつく範囲だな、
そもそもウォンター自体が俺が生まれるよりもずいぶん前の話だし。
それが俺みたいな若造の体力が相手だとちょっとつらかったか。
でも……理想を追い求めることは悪いとは言わないけど、これがアガレウスが掲げた理想の姿なんだろうか。
まだ最期というわけじゃないけれども、これがアガレウスの結末だとしたら……彼らは何がしたかったのだろうかって思いたくなるな」
カイトは頷いた。
「キミって極々稀にいいこと言うよね! 確かにその通りだね!」
極々稀で悪かったな、ティレックスはにらめつけながらそう言った。
「まあまあそれはともかく、だとすると”ブリーズチャート”は何処にあるかって話になるよね。
リリアリス女史は在り処を把握しているのだろうか?」
ティレックスはそれについてカイトに訊いた。
「えっ、所在不明? どこにあるかわからないのか? それって大丈夫か!?」
それに対してカイトは考えると――
「いや、実はキミらとは別に計画だけでなくってやりたいことの概要も聞かされたんだ。
そこからどうやって”ブリーズチャート”を奪取するんだろうかって考えたんだけど全然わからなくてね。
でも、奪取する対象物は”ブリーズチャート”であることを考えると――
女史はそれを探すんじゃない、相手に直接持ってこさせるという手法をとるようだ。
これぞまさに彼女という策士のみのなせる業、策士というより孔明と呼ぶに相応しい展開だろうね!」
孔明ってなんだ――ティレックスはそう思ったが、少なくとも嫌な予感しかしないことだけは明白だった。