彼女の名はカスミ、見た目は幼子で、”ネームレス”よろしく異世界の住人であり、
まさに”ネームレス”に通づる要素満載だが厳密には彼女は”ネームレス”ではない。
彼女がエンブリアに現れたのは天命の刻となる1年も前のこと、
クラウディアスの主としてエミーリアが即位した年である。
最近は王位に就くうえで久しく幻獣召喚の儀が行われていなかったクラウディアスだが、
まだ幼いエミーリアが即位するにあたって周囲にその威厳を示すため、
彼女はクラウディアス王国では古来から行われていた幻獣召喚の儀に望んだのである。
幻獣召喚――そう、カスミは幻界と呼ばれる世界に住まう幻獣であり、エミーリアの召喚の儀によって呼び出されたのである。
そして彼女は幻獣の中でも護衛獣と呼ばれる存在である。
護衛獣はエンブリアに呼び出されると、簡単に言えばエンブリアに定住するという形をとっているらしく、
つまりは天命1年前の刻からずっとこちらにいるのである。
だが、エミーリアにとってカスミは使役するものではなくほぼ友達のような存在、カスミもそんな感じで付き合っている。
そういうこともあってか、このように独自に行動していることが多く、特にお姉様方――リリアリスなどにはいつもベッタリ甘えていた。
甘えているというのは何を隠そうこの娘、どこからどう見ても幼い女の子にしか見えないという幼児体形なのである。
呼び出されてかれこれ20年以上は経っているはずだが、その間もずっと幼児体形を維持している。
幻獣はだいたい姿形を変えないものが多く、カスミもそのうちの一部になるのだが、
アリエーラさんいわく、カスミのような幼子の状態を維持する存在は幻獣の性質的にそういう存在でない限りはかなり珍しい、とのこと。
しかし、リリアリスによると彼女の精神的に何やら問題を抱えている可能性が高いという見立てだそうだ。
しかし! そんなことはどうでもいい! この世は可愛いこそが正義! うわぁい! カスミちゃんカワユーイ!
だが、そう思って不用意に甘えようものなら痛い目を見ること請け合いである。
何故か? そう、彼女はあくまで幻獣なのだから。
幻獣、召喚獣と言えば偉大なる伝説の”獣(じゅう)”、いわゆるドラゴンとかそういったものを想像する人もいることだろう。
そう、彼女とてそれは例外ではない。
じゃあ、彼女はなんの獣なのか? ふふっ、いいところに気が付いた。
そう、彼女は何を隠そうこの人間の幼子の姿が幻獣としての姿なのである。
要は鬼人系という部類の幻獣なのだ! じゃあうわぁい! カスミちゃんカワユーイ! ……いや、だから最後まで話を聞けって。
このポテンシャルで幻獣をやっているというのはやはり裏があるもので、
彼女の技は何を隠そう”鬼夜叉”と呼ばれるまさに羅刹のごとき能力で敵をバサバサと切り裂くソード・マスター様なのである。
そう、うわようじょつよいである。
そのため下手に手を出して命を奪われないよう気を付けるべきなのである。だが――
「ったくもー! しょうがない子ねぇ♪ ほーら、よしよしよし♪」
リリアリスはカスミを抱えつつ、まるで我が子を愛でるかの如く優しくなでていた。
「嬉しい――お姉ちゃん大好き――」
カスミはとても嬉しそうだった。そう、精神的な都合なのかほぼ見た目通りのリアクションもしてくれるのである――やっぱりうわぁい! カスミちゃんカワユーイ!
「カスミってさ、歳いくつだろ……」
ティレックスはそう言うとクラフォードは悩んでいた。
「わからん。でも、アリエーラさんに訊いた話だと100は軽く超えているらしいぞ――」
はっ!? アリエーラさん!!? アリエーラさんがカスミちゃんをヨシヨシしている光景が! その中に入りたい! ……いや、やっぱりダメですか。
とまあそんなやり取りはさておき、リリアリスはカスミから話を聞いていた。
「フィリスお姉ちゃん、主要部ってとこ行く言ってた。
私伝令、リリアお姉ちゃんに会う、待ってた。
キラルディア、意外なもの見つかった」
カスミはそう言いながら何かの石をリリアリスに渡した。すると――
「これは! えっ、キラルディアにあったって!?」
リリアリスはそう訊くとカスミは小刻みにコクコクと頷いた。可愛い。
「何があったって?」
クラフォードが訊ねるとシエーナが言った。
「おっと、これはまさかの物体ですね、まさかこんなところで――」
まさかの物体? 伝説の鉱物?
「ミスリルか何かか?」
ガルヴィスはそう訊くとルルーナは言った。
「いえ、これは……マナ・ストーンですね、しかも含まれている魔力が……」
マナ・ストーン、つまりはエンチャント用、魔法道具を作るために一般的に出回っている素材である。
しかし、これに含まれている魔力のほうが問題だった。
「これ、いつからあるのかしら? まさか1,000年前? なんだか妙な風向きになってきたわね――」
どういうことだ? ティレックスは訊いた。
「言ってしまえば途方もない魔力が含まれているわね。
それに……種族によってだいたいどんな性質の魔力が含まれるのかは変わってくるとは知っていると思うけれども――」
ティレックスたちは頷いた、それは学校の授業で訊いたことがある。
種族が違うのだから個々に備わっている精神力が違うのだから魔力の性質だって違ってくる。
当然、個人でも違ってくることは言うまでもないが種族が違えばその違いもさらに顕著になる、
エンブリアに住まうものなら当然レベルで知っていることである。
「だけどこれは――とある精霊族の魔力が封じられているわね。
特に不思議なのがどうしてこんな石ころにこんな魔力を封じているのか、
しかも特殊な加工で半永久的に能力を失わないように処理されていて、これはなかなかの高等技術よ。
そんなものがどうしてこんなところに――とても気になるわね――」
とある精霊族の魔力……同じ精霊族でもやはり人間同様に種族の種類によって違うのか、ティレックスはそう思った。
「とある精霊族の魔力ってどんな精霊族なんだ? 偉大なる存在とか、そういう類のか?」
しかし、リリアリスは言った。
「こいつ見てそう言える?」
それはカイトのことだった。いや、言えません、何人かはそう即答し――ってか、えっ、カイトの種族?
「ああ、どういうわけか、私の種族の魔力らしい。
正確には私の種族のご先祖様の魔力だ、どうも精霊族の中でも特別な種類らしく、
これがどうして存在しているのかについてはだいぶ遡らないとわからなそうだ。
そしてここにある理由は……エンブリア創世において関連があるかは何とも言えないけど、当時に持ち出されたものみたいだね」
なんと、そんなものが。そして、これについてはここで話が終わらない。
「ふむ、大体見えてきたね、イングスティアのパワーソースが。
イングスティアがこの大陸を牛耳っている背景もパワーストーンに関連したことらしいね」
ドリストンはパワーストーンによる支配が行われている地域だったというわけだというのか。