再び船の上。
だが、リリアリスたちはマダム・ダルジャンには乗っておらず、小型のボートの上だった。
リリアリスは水路を進む洞窟を見つけてそのままマダム・ダルジャンで進もうとしていたのだが、
洞窟に入るにしては船が大きすぎるため少し遠目に待機、載せてある小型のボートで接岸を試みていたのである。
「こんなところに穴場が――」
クラフォードが周囲を見ながら感心していた。
リリアリスが例によって魔法で明かりを展開して洞窟の中を照らしていたのである。
リリアリスが言った。
「流石はセクシーで色っぽい超優秀な美人秘書様ね、セクシーで色っぽい超優秀な美人秘書様というだけのことはあるわ、こんなルートがあるなんて。」
セクシーで色っぽい超優秀な美人秘書様……つまり、フロレンティーナさんが思いついたイイコトとはこのことか。
彼女が言うに、以前のディスタード本土軍時代の時にユーラル大陸からドリストン大陸への侵攻ルートを考える際、
この”タムオスの入り江洞窟”を利用して侵攻することを想定した訓練が何度か行われていたのだという。
つまりは彼女は当時のことを覚えていたということか!
流石はフロレンティーナさん、リリアリスの言う通りセクシーで色っぽい超優秀な美人秘書なだけのことはある!
それにしても、クラウディアスとは敵対していたディスタード本土軍がこの大陸を攻めるために使う予定だったこのルートを、
そのクラウディアスが使うことになろうとはなんたる皮肉――
「フローラさんによると、このまま船で進むと上陸できる場所があってその先に外に通じる通路があるみたいです。
外に出るとラトム平野に出て、崩れた門があるみたいですね」
ルルーナがそう言うとティレックスが言った。
「確かに陸地が迫ってきたな。そろそろ上陸するか?」
するとリリアリスはボートをゆっくりと岸につけていた。
「はい、上陸。さあ、さっさと降りた降りた。」
そう言われ、メンバーは全員陸へと降り立った。
「で、外に出る道はどこだ?」
クラフォードがそう言うとリリアリスは答えた。
「右手のほうから風を感じるからそっちかしら?」
すると――
「確かにわずかだが光が漏れ出ているな、こっちに通路がある、さっさと行くぞ」
ガルヴィスは通路を見つけてそう言うと全員は頷いた。
そして、わずかな長さの通路を歩くとそこは平原の真ん中だった。
「具体的な情勢まではともかく、確かにフローラが言っていた通りね。
場所としてはおそらくエルガラシアとイングスティア、そしてラントリア方々との国境付近、
ヴェラルドの言う通りこのあたりは明確な国境など設定していない区域だから”そのあたり”に出てきたって感じね。」
リリアリスはそう言った。一行はあたりを見回していると、ルルーナは何かを見つけた。
「これが”タムオスの門”ですか、崩れた門と言っていましたが、ほぼ形がなくなっていますね。
この周囲のがれきは門のものなのでしょうか、それとも……門ということは何か建物があったということだと思いますが――」
ティレックスは考えながら言った。
「ただの古い時代のバリケードの門って可能性もあるな。
それはともかく、イングスティアはあっちに見える要塞のような町がある方向でいいのか?」
遠目にバリケードを張った町があるようだった。
それに対してリリアリスは――
「ええ、でも町には寄らないで首都バルカネロに直行するわよ。
奥ゆかしくて麗しい至高の伝説の美女様がデュロンドを通じてエルガラシアと交渉してくれたから、足は何とかなるわよ。」
はい、そうです! アリエーラ様は奥ゆかしくて麗しい至高の伝説の美女様です! これ世の中の常識!
それはともかく、リリアリスはそう言いながら左のほうを指さすと、エルガラシアから何やら乗り物が走ってくる――
そして、乗り物が目の前で止まると3人の男が降りてきて、その3人に対してリリアリスが言った。
「王制国家クラウディアスの特別執行官リリアリス=シルグランディアよ。
”奥ゆかしくて麗しい至高の伝説の美女アリエーラ様”と”セクシーで色っぽい超優秀な美女フロレンティーナ様”の要請を通してくれてありがとう。」
あのな、こんな時に言うことか――クラフォードとティレックスとガルヴィスがそう思いながら頭を抱えていると、
相手の男のうち、一番偉そうな者も頭を抱えていた。
「まさか、こんな妙な内容の合言葉を間違えることなく臆せず語るとは。
どうやら本当にイングスティアに攻め入ったアガレウス軍に挑むつもりらしい――」
って、合言葉かよ! クラフォードとティレックスとガルヴィスは驚きつつ、呆れていた。
そして男は改まり、続けて話をした。
「失礼いたしました。クラウディアス様! 車はここに置いていきますので、ぜひお使いください!」
態度が一変した。確かにあの合言葉では思考停止待ったなしである。
一行はそのまま車……軍用車に乗り込むと、ルルーナの運転で走っていた。
「連中、意外と早かったんじゃないか?」
クラフォードはそう訊くとリリアリスが言った。
「旧タムオス門付近にこの時間でくるって指定したからね、
その辺の調整は”セクシーで色っぽい超優秀な美女フロレンティーナ様”のなせる業よね。」
クラフォードはしかめっ面で答えた。
「あの人、やたらとあんたのことを推していて、やたらとあんたをリスペクトしている気がするんだがそのせいか?」
リリアリスは得意げに答えた。
「ってことはつまり、この私こそが”セクシーで色っぽい超優秀な美女”の元祖ってワケね。
ま、んなこと最初っからわかっていることなんだけどねー♪」
クラフォードは頭を抱えていた。
確かにセクシーで色っぽいはともかく、超優秀で風貌の良さについてはクラウディアス特別執行官の顔としても機能しており、
それこそ数多の女子からも羨望の眼差しを受けているし男受けしてもおかしくはない気はするのだが、
それを自分で言わなければ……多くの者、特に男性陣がそう思っている事である、まさに残念な美女である。
「話を戻すと、要請で”ここに行くから乗り物ちょうだい”って頼めば持ってきてくれるんでしょ、
アガレウスを何とかしたいのは向こうだって同じなわけだし、何よりクラウディアス連合国に加入したいわけでもあるし。
そして、ちゃんと乗り物を持ってきてくれるほど内部連携がうまく回っているところを見るに、
エルガラシアの体制はしっかりしていると考えることもできるわね。」
ティレックスは頷いた。
「アガレウスをどうするかについては連中も困っていたような感じってのはあの人たちを見ても結構深刻な状況だってのは何となくわかった」
「まあ、ドリストン最大の国ってのが潰されているからな。
そうなるとエルガラシアだけでなく、この大陸の国はどこも同じことを気にしていることになるわけだ」
と、ガルヴィスが言うとリリアリスが訊いた。
「ん、そういえばあんた、この大陸に来たことがなかったっけ?」
ガルヴィスは答えた。
「あるけど、立ち寄ったのは北西にあるキラなんたらって小さな国だけだ。
戦の臭いがしたもんだから――そん時にリファリウスのやつに間接的に嫌なこと頼まれてな、
ムシャクシャしてたから関わるのはすぐにやめてルシルメアでハンターの仕事に手を出すことにしたんだ。
まあ、残念ながらそのせいでバルナルドで”ネームレス”に襲われることになったわけだが……」
北西のキラなんたらというのはヴェラルドの所属するキラルディアしかない。
キラルディアは名ばかりの帝国国家でキラルディア大総統と呼ばれる存在の名のもとに国を動かしているのだが、
実際には民間から政治や公共運用のスペシャリストなどを雇って国を動かしているという非常に変わった国なのである。
なお、キラルディア大総統は今や偶像の存在、しかしキラルディア帝国国家による英華と繁栄こそがと信じて疑わない国民が多いことから、
あくまでキラルディア帝国としての運営でやっていくという方針を謳っているにすぎないのである、国を保つ側も大変だ――