エスハイネ家の長男として生まれたとある少年、その当時はまだディスタード帝国も活気を付けたばかりだった。
ところが、エスハイネ家の家長たる父親の訃報と同時に、暗雲が立ち込める――
そして、エスハイネ家の長男であることを理由に、物心もつかない頃の彼は無理やり軍に入隊させられることになる。
それと同時に、人員家畜主義的な流れが始まり、彼はその被害者のうちの一人となっていた。
そう、彼はムチによって育てられたのである。
そして、ムチに叩かれることによるトラウマをそのままずっと引きずっており、その象徴こそが”トラウマのムチ”の存在である。
その鞭はデザインこそシンプルな鞭だが、先端部の槌からムチの8割ぐらいまでが彼の血で染まっており、
血によって黒く滲んでいた。
それにより、少年は男として生きていくことはなくなり、女性として生きていくことを義務付けられたのである。
男として生きていくことを禁じられたが、当人はそれ自身をあまり苦と思ってはおらず、
普通の女の子同然の意識・考え方で暮らそうとしていたのである。
だがしかし、それはあくまで男が女性として生きていくというだけのものであり、
本物の女性として生きていくことを禁じられている彼女は本当の女性になったわけではないのである。
そう、まさに本物の女――いや、本物でさえ羨む存在となるべく、着実にその道を歩みつつあった。
だが、それの最終形は国の方針として許されない行為、フラウディアは否応なしにそのままの状態でいることを余儀なくされた。
アールとラミキュリアの2人は話をしていた。
「うーん、どうしようかな――」
アールがそう言いながら何やら悩んでいるとラミキュリアはそれを察し、そして、何が言いたいのかもすぐさま察して言った。
「アール将軍様もお気づきですね?」
「ラミキュリアさんも気づいたのか、多くは言わないけど――言葉を選ぶとしたら、
ラミキュリアさんとほぼ一緒――と言えばいいのかな?
その点、流石はプリズム族の眼力というべきだね――」
すると、ラミキュリアはアールに近づきながら優しく、そして楽しそうに言った。
「どうすべきか迷ってらっしゃるのですね?
そんなにお気になさらずに、いつも通りの態度で彼女のために寄り添ってあげてくださいな♪」
それでいいのだろうか――アールはそう思いながら言った。
「それが正解?」
「はい、大正解です♪ だからこそ、今の私がここにいるんです♪」
そう言われたアールはにっこりとしながら答えた。
「そっか、言われてみればその通りだね。でも、だとすると、彼女――」
さらに、アールは話を続けた。
「さっき、本土軍で女性ということで念のために調べてみたんだけれども、とんでもない事実を見つけてしまったんだ」
なんですか? ラミキュリアはそう訊いた。それは、彼女が”夢魔妖女フラウディア”であることだった。
帝国本土軍に在籍している男であり、本土軍カーストでもトップクラスの存在に君臨している人物。
そしてそんな人物が今、ここにいる――狙いも何となくわかる気がする、ラミキュリアのパターンと似ていることである。
しかし、ラミキュリアのパターンの通り、自分にはとある事情でそれが通じない、さて、どうしたものか――
いや、通じないのはそれはそれで正解だし、むしろそうあるべきなのだが、アールは考えていた。
「ははぁ、確かに、それならばそういうことになりますか。
船員名簿にも載っていませんから、そんな可能性がありますね――」
「となると、相手の出方次第ってことに――」
アールも考えながら言った。
「つまりは向こうに合わせるってことにするんですか?
そういうことなら私に考えがあります――」
すると、ラミキュリアはアールとヒソヒソ話をし始めた。
「なるほど、結構大胆なことを考えるんだね、ラミキュリアさんは♪」
アールが楽しそうにそう言うと、ラミキュリアは楽しそうに言った。
「だって、あの娘の胸、ご覧になりました? あんな華奢な体格のわりにすごい大きさです!
それにどことなく、彼女からは妖かしの気配も感じますし、もし本土から来たとなると、
彼女の目的は――何となく見えてくるではありませんか?」
アールは考えつつ、そして、呆れたような態度で話した。
「ふう、ヤレヤレ。
私もつくづく罪作りな人間だな、弄んでいるのはどっちなんだかって感じだね、
まあ、お互い様なんだけどさ。」
「ええ、そうですよ。
でも、それはアール将軍様のような素敵な方だからこそ許されることですわ♪
さあ、そういうわけですから、私、アール将軍様の第2夫人ラミキュリアめを弄んでくださいませ♥」
「第2?」
「第1はシェルシェルさんでしょう?
そして間もなく、今度はそのフラウディアさんが第3夫人となり、
彼女もまたアール将軍様にお仕えすることになるのですわ――」
「ヤレヤレ、私もつくづく罪作りな人間だな、下手したら牢獄行きだ――」
「うふふっ♪ 私という名の牢獄でたぁっぷりと楽しんでくださいな♥」
最後は2人でなんだか楽しそうだった――
フルーミアことフラウディアは、アールを色によって自らの支配下に置くという使命を与えられ、それを遂行していた。
自らの身体に対してコンプレックスこそあったものの、
自らの存在理由やこれまでの変遷からアールの心を奪うことについては揺るぎない自信があった。
しかしながら、彼女のその思惑とは裏腹にアールにはまったくと言っていいほど通じておらず、任務の遂行が困難となっていた。
というのも、いつものようにアール将軍と一緒に寝て彼を取り込んだはずのフラウディア、
朝起きると結果は誘惑前と全くと言っていいほど変わらず、
いつものようにアールは不在でラミキュリアが部屋に入って来てカーテンを開けてくる光景だけがそこにあるのみである。
当然、アールに対しての手ごたえはなく、
それどころか、自分自身がアールに呑まれているような感覚に陥っているという本末転倒な状態により、
フラウディアは危機感を覚えていたのである。
そんなある日のこと、やはり同じように事の顛末を迎えていたフルーミアことフラウディア、
その日はいつものようにカーテンを開けに来たラミキュリアがいよいよ話を始めたのである。
「ですから、言ったでしょう? 彼は特殊なんです、たとえ妖魔の技を以てしても、彼には全く効かないんです」
妖魔の技!? ラミキュリアに見破られていることに対してフラウディアは驚いていた。
いや、ここでバレるわけにはいかない、フラウディアはあくまで平静を装ったが、ラミキュリアの前には無駄だった。
「誘惑魔法が使えることは知っています、現に、使用していますよね。
ですが、この程度の力では彼にはかないません。
彼を取り込むにはもっと、大いなる力が必要だと思いますね――」
大いなる力!? フラウディアは耳を疑った。
「そんな、彼は一体、何者!? そして、あなたは一体何者なんですか!?」
それに対し、ラミキュリアは言った。
「私が言う役回りになってしまいますが――あなたは恐らく、男性の方ですね――」
フラウディアは流石にぎょっとしていた。
何故? どうしてそんなことが!? なんとか平静を保とうとしたが、
ラミキュリアの目はしっかりとフラウディアの目を見据えていた。
そして、ラミキュリアは話を続けるが、その話はフラウディアが思うよりももっととんでもない話だった、
そう、何を隠そう、ラミキュリア自身が元男であり、
しかも、元々アール将軍を騙すための旧マウナより差し向けられた刺客だったのである、
つまり、フラウディアはラミキュリアの二の舞でしかないのである。
そして、今は女性として帝国で活動している、そのことにフラウディアは非常に驚いていた。
同じ帝国内なのに、彼女とはどうしてこうも差があるのだろうか、フラウディアとしては全く納得のいかない話だった。
もちろん、はじめから女に生まれていればこんな悩みをせずにいられたのかもしれない、
そう思うと、自分の今の姿を呪ったこともあった。
だけれども、ラミキュリアはどうだろうか、それを跳ね除けるほど生き生きとしているではないか。
そんなラミキュリアに対し、フラウディアが興味を持ち始めたのは言うまでもない。