エンドレス・ロード ~ティル・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド~

遥かなる旅路・天使の舞 第3部 存在していた物語 第4章 苦悩する者

第56節 誘惑魔法の使い手

 数日後、フラウディアはネストレールに呼び出された。
「フラウディアよ、あれから薬を飲み続けているのか?」
 フラウディアが最初に飲んだ薬は持続性はそこまで高くないが、 継続的に飲むことになる薬を飲むことで、最初に飲んだ薬の効果を維持させていくのだという。
 本当はこんなに大きな胸、フラウディア自身は控えめを希望していたのだが、 薬の効果を考える以上、残念ながら希望通りにはいかなそうだ。 自分は生物兵器、誘惑魔法まで修得し、男を虜にするような力を持つことを義務づけられた存在、 これは必要枠なのだろう、諦めるしかなさそうだ。
「それで、肝心の誘惑魔法のほうはどうだ?」
 それは――どうだろうか、確かに、それらしいものは使えそうな気がする。 現に、自らを取り巻く何かを最近感じる、”誘惑のオーラ”というものを感じるようになった。 そのせいなのか、ローブで身を包んだ姿でも男の視線をやたらと感じるようになった、効果は出ているようだ。 だが、その程度ではネストレールを満足させるには至らなかった。
「そんなことは聞いてはおらん。実際に男に使用して試したのかと聞いておる」
 えっ、それは――フラウディアは絶句した。
「お前に与えられた任務はそれを実際に男に使用し、そいつを手足のように使役することだ。 それができるか否か、ろくに確かめもせずに本番を迎えるつもりだったのか?」
 ネストレールはそう言いながら”トラウマのムチ”に手を伸ばしていた、そっ、それだけは――
 それに対し、フラウディアは慌てて答えた。
「いっ、いえ、そういうわけではございません! 何卒、何卒お許しを!」
 すると、ネストレールは何やら考えていた。
「まあいい、若さ故ということか、経験がなければこんなもんか、たとえ成績最優秀者といえどもな」
 ちなみに、ネストレールはそれを皮肉のように言うが、 フラウディアとしては成績最優秀者にそこまでこだわってはいなかった。
「いいだろう、シチュエーションを考えるのは男の仕事だ、その方がお前も喜ぶだろう?」
 なっ、何を――フラウディアの顔は引きつっていた。 すると、ネストレールは端末をいじりながら話をした。
「どれ、お前好みの男を私が選んでやろう。 ふむ、この若造がいいか、確かに、まあまあのイケメンというやつだな。 こいつをあの居室に呼びつける、さあ、早速試してこい――」
 そっ、そんな、いきなり試してこいなんて――フラウディアは戸惑っていた。 だが”トラウマのムチ”を避けるためには致し方がない。

 フラウディアはネストレールのご所望通り、対象の男に誘惑魔法を使用し、メロメロにしてきた。 自分のこの姿を見られるだけでも恥ずかしいのに、それを包み隠さずひけらかし、誘惑の香りに包み込んだのである。 すると男はぐっすりと眠りに落ちていったのである。これは成功だ! そう思ってフラウディアは上機嫌で戻ってきたのだが――
「で? 今のが成功だと言いたいのか?」
 は!? フラウディアは耳を疑った。当然、フラウディアのしたことはネストレールにモニタされている。
「で、ですが確かに、今のは確実に効いておりました――」
 すると、ネストレールはとうとうムチを振りかざし、フラウディアの目前まで迫ってきた!
「いやあ! やめてくださいませ!」
 フラウディアは背を向けてうずくまってしまった、 背を向けるのは条件反射、同じところに同じ痛みを与える、 与え続けられる、フラウディアの心にもそう刻み込まれており、 ネストレールもそれをよく理解していた。
 だが、実際の彼のムチの威力はそこまででもない。 確かに、これまでムチで打たれ続けてきた分だけ背中の皮も薄くなっており、トラウマとなる出来事を想起させることも容易だ。 ただ、それはあくまで精神的な効果によって威力が倍増しているだけであり、 実際にはネストレール自身がそこそこに高齢であるため、実際のダメージはそこまで出ていない。 が、やはり、それだけのトラウマを植え付けているというのは、彼らが如何に非道であるかということに尽きるだろう。

 フラウディアは背中を抑え、ネストレールは彼女に別の対象者を用意している部屋へと無理矢理手を引っ張って連れて行った。
「貴様に世の中の真理というものを教えてやる! さあ、来るんだ! 貴様を本物の魔女に仕立て上げてやる!」
「やめてください! お放しください! ネストレール様っ!」
 そして、ネストレールはその部屋の扉を開けると、フラウディアをその部屋へと放り込んだ。
「いやあ!」
 そして、そこへすかさず例の研究所員がやってきた。ネストレールは合図した。
「来たか、やれ!」
「はっ! 直ちに!」
 すると、研究所員はフラウディアに急いで注射を打った。
「あっ……ううっ……」
 フラウディアはひどくつらそうな表情で喘いでいた。 打たれたのは”ヘル・ブースター”という薬である。
「よし、ターゲットが来る、閉めろ」
 ネストレールの言う通り、研究所員は部屋の戸を閉め、 ネストレールと共にその場を去ると、彼の執務室へと戻っていった。
「これまでのブースター濃度の1.8倍の特殊混合型で、エリューネルのように人格崩壊する例もございますが、 無論、その問題点もクリアーにしておりますのでご安心ください」
 エリューネル……そう、フラウディアに安心して薬が使えるのはエリューネルという犠牲がいるおかげらしい――
 そして、ネストレールはフラウディアのいる部屋の様子をモニタしていた。
「結構。ククッ、さあ、本物の成績最優秀者の姿、魔性の女の姿を見せてもらおうか、フラウディアよ!」
 なんだか嫌な予感がする――