ある日のこと、リリアリスがテラスで端末ごしに誰かと話をしているようだった。
何をしているのかな、オリエンネストは気になったので近くに来ると――
「おや、うちの農業担当が来たわよ。
どうしたの、ほら、こっち来なさいよ。」
と、リリアリスはオリエンネストを促すと、彼は少々遠慮がちに近づいた。
「いや、その、ただ、何をやっているのかなと思って――」
「ちょっとした打合せよ。
来週クラウディアスでサミットやることになっているからさ、
今ちょうどナミスと話をしていたのよ。」
ナミスってまさか――! オリエンネストは驚いていた。
「紹介するわね、彼が新しいうちの農業大臣よ。
専攻は農学や薬学など。そのあたりの知識ではまさにエキスパートと呼ぶにふさわしい理系男児よ。
ねっ、オリ君♪」
オリエンネストは滅茶苦茶照れていた。すると――
「まあ! あなたがあのオリエンネスト様ですか!
お噂は訊いております、そうですか、フェルナスを打ち破った英雄様というのはあなたのことだったんですね!」
えええええー!? オリエンネストはものすごい驚いていた。
モニタ越しのナミスはものすごく嬉しそうにそう話題を切り出していたのである、
というか、ルーティスのお偉方と話をしていたのか……ダブルでの驚きである。
「こちら、オリエンネスト様のレポートの原本を預かっておりますが、
専門家によると内容は大変貴重なものだということで、私のほうで厳重に管理させていただいております。
一応このレポートの扱いについては個人資産ということで複製も禁止にしておりますが、
どのようにいたしましょうか?」
そんな、自分の書いたものがそんな大事になっているだなんて――オリエンネストは謙遜していたが、
フロレンティーナがそこへやってきて話をした。
「あら、探していたのに既にいたのね」
リリアリスは悪びれた様子で言った。
「ごめんごめん、オリ君、自分からこっちに来てたみたい。」
「でしょうね、当然だと思うわ。なんたって彼は――」
と、最後にフロレンティーナは意味深な笑みを浮かべて話を切った。
なんだか知らないけど言いたいことはなんとなくわかったリリアリスは特に気にすることもなく話をつづけようとした。
「えっ、何!? 僕がなんだって!?」
オリエンネストは顔を真っ赤にして焦っていた。
フロレンティーナはニヤニヤしていてリリアリスは腕を組んで目をつむっていた。
そして、フロレンティーナは話をつづけた。
「いえね、ただそのレポートの件で扱いをどうしましょうかって話になったのよ。
公開するにしても、自分の知らないところで話が大きくなっているとか、そういうのは嫌でしょ?」
ああ、そういうことか、オリエンネストは冷や汗をかいて反応していた。
「みんな貴重がっていて内容を見たいって人、どんどん現れると思うよ?
だからマジメに内容を管理するようにしたほうがいいんじゃないの?」
と、リリアリスに促されると、オリエンネストは照れていた。
「そっ、そんな絶賛してもらえるほどの内容だったのかな、
それならそれでみんなに読んでもらえればうれしいけれども――
そうだね、みんなが閲覧しやすいように管理したほうがいいかもしれないね――」
それに対してナミスはにっこりとしながら言った。
「それなら原本は例によってフェラントのヴァドス様あてに送付しておきますのでご確認をお願いします!」
でっ、でも、どう管理したらいいのだろうか、どうやったらみんなに閲覧してもらえるのだろうか、
オリエンネストは悩んでいた。
リリアリスは今度、クラウディアスのシステムルームで何やら作業をしていた。
「これでよしっと。わざわざ来てくれたのね。」
わざわざ来たのはあのオリエンネストだった。
「すみません、わざわざ来てしまいました」
リリアリスは悪びれた様子で答えた。
「いいのいいの、全然いいのよ。ほら、農業サイトが開設されたよ。
この”XCサイト”のここから入れるのよ。」
モニタにはクラウディアスXCサイトがでかでかと表示されており、
そこから”XC農業サイト”というページへと遷移したのである。
その中に、自分が書いたレポートの内容が掲載されているページがあった。
「必要ならここに情報を足していけばみんなにいろいろと情報共有もできていいでしょう?
もちろん、権限を付与してクラウディアス内でしか見れないようにすることもできるし、全世界に発信することだってできるし。
どうかしら?」
自分の考えていたことをこうも簡単に実現させるなんてすごいとオリエンネストは思った。
それにしても――
「そうだ、そういえばXCってなんですか?
クラウディアスの公式サイトってXCサイトって言われているようだけど、
どういう意味なのか気になったので――」
ああ、そういえば……リリアリスは思った。
「前々からXCサイトで通っていたんだけど、たまーに何故XCって聞かれるのよね。」
リリアリスは画面のとある箇所を指をさしていた、ロケーションバーである。そこには……
「”central.craudias.go.xc”? XCってこれのこと?」
「Yes. XCサイトって言う人のほとんどはクラウディアス外の人、
主にクラウディアスのネット回線接続に尽力してくれたルーティスのエンジニアたちね。
回線接続の際にクラウディアスが取得したTLD(トップレベルドメイン)がXCで、
つまり、クラウディアス内のサイトであることを意味しているってわけね。
で、それが転じて今じゃあクラウディアスの公式サイトがXCサイトとか、クラウディアスXCとか呼ばれるようになったってワケ。」
そうだったのか、オリエンネストの謎は解けたようだ。
オリエンネストは疑問を持った経緯について説明をしていた。
「なるほど、ルーティスのデータベースにあるアリのプロフを見たのね。
じゃあついでに言うけど、アリのFCサイトはこのサイトの裏にあるのよ。」
リリアリスはそう言いながらロケーションバーに文字を足していくと――
「はい、この通り。まだリンクを設置する場所決めてないから裏サイトみたいな扱いなんだけど、
知っている人は結構いるわね、アクセス数が異様に多いし、投稿数も多いからね。
goドメイン……政府ドメインにアリのFCサイトがあるなんて我ながら大胆なことをするわね。
まるでアリの美しさが政府公認の美貌みたい。」
リリアリスは嬉しそうにそう言うとオリエンネストも嬉しそうに「確かに!」と言った。
「大胆というか、なんか自由にしすぎている気が……」
ヒュウガはその様を見て呆れていた。
オリエンネストはXCサイトに堂々と掲げられている内容をじっと見つめていた。
「”天命の刻30”?」
リリアリスは楽しそうに言った。
「”フェニックシアの孤児”発見から30年目だからね。
それについてはきちんと説明しているわよ。」
今エンブリアがこのようになったこと、クラウディアスの開国とディスタード帝国の解体、
そして、クラウディアス連合軍によってもたらされようとしている世界平和、
いずれも”ネームレス”の活躍なくしてあり得なかったもの……
そう、まさに”ネームレス”と呼ばれる存在が”天命”としてエンブリアへと遣わされ、
この世界に均衡をもたらしたと言えるだろう。
「そしてその”ネームレス”というのがこの世に確認された出来事、
”フェニックシアの孤児”発見時の一連の出来事を”天命の刻”0年として、今がそれから30年目、
つまり僕は、リリアさんたちに遅れて30年後に発見されたってわけですね」
実際には微妙にずれているのかもしれないが、おそらくそんなところである。
「まあ、”天命”って言ってもただの結果論、とはいえ、エンブリアの多くの人たちにとってはそういう感じに見える。
そういうところから着想を得て、だったら”天命の刻”って時代にしたらって考えたのが事の始まりよ。」
”天命の刻”という時代の命名についてはクラウディアス連合内で考えられたものだった。
リリアリスが何の気なしにそう言っただけのことが即決定したのだという、これがこの女の恐ろしいところである。
「流石リリアさん! みんなを唸らせられる名前を考えられるだなんてすごいです!」
と、オリエンネストは超絶賛。だが――
「いやあ、そんなことは――結構ボツにされるものも多いし……」
言うてネタ成分が多く含まれる名前も結構あるのであっさりボツになるものも多いとか。
しかし、自ら何かを発信していかないことには始まらない。
彼女自ら率先して行動していくのもそういったことに起因するのかもしれない。
「とにかく、”天命の刻30”に向けての準備は忙しいからね。
とりあえず、”天命の刻30特設サイト”は来週からスタート、動作確認もなんとか終わったことだし、
予定通りアップするわね。」