エンドレス・ロード ~ティル・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド~

悠かなる旅路・精霊の舞 第4部 遠き日々 第7章 幻想

第97節 例の美女

 研究施設へと侵入した2人、廊下の突き当りに所長室があった。 部屋をノックし、内部の人に促されるままに二人は入室した。
「やあ、どうぞどうぞ、少しごたついていますけど――」
 なんだか大変そうだった。
「ナキル氏はそんなに悪いのですか?」
 クラネシアは先代の研究所長だった召喚名手であるその人について話を切り出した。
「ご存じのようにそこまでお歳を召した方ではないんですがね、 やはり昔の大戦で大活躍した大英雄ということもあり、力を使いすぎて無理がたたったということらしいです。 元々病気持ちであるということもあり、表に出てくるのは少々厳しいようです――」
 病気持ちか、それはまた――。所長はさらに話を続けた。
「最後の戦いはこのルーティスにて学び場を守るべく力を振るったそうです。 まったく、本当にあの方には頭が上がりませんよ」
 その話についてクラネシアは訊いた。
「確かに偉大な人物ですね。 だけど――不思議なことにナキル氏は当時の戦いは自分の手柄ではなく、 一緒に戦っていたもう一人の使い手の活躍がほとんどだと言っていました、 あれほどの方ですからただの冗談かなと思うのですが、実際どんな方と一緒に戦ったのでしょう?」
 それに対して所長は少し驚き気味に言った。
「あれ? 聞いておりません?  学園でも有名な話ですが――その様子ではどうやら存じていらっしゃらないようですね。 召喚名手と共に戦ったもう一人の使い手は例の”美女”ですよ」
 まさか、”美女”ってあの”美女”!? 2人は驚いた。
「ただ、あの召喚名手と一緒ということもあって本当に彼女の活躍がほとんどなのかは正直疑わしいところですがね。 なんといっても相手はあの”美女”、私もナキル氏のジョークだと考えておりましたが――」
 所長はさらに話を続けた。
「しかし、それがどうも冗談ではないようなのです。 というのも、実はその後にもう一度ルーティスが脅かされています。 その際にはナキル氏はもちろんのこと、ルーティスの正規軍自体が前の戦いですでに崩壊しており、 セ・ランド連合軍に協力を要請しているのです」
 そして協力を要請した結果、やってきたのがまさかの”美女”の一団だった。
「”美女”は少し前にセ・ランドのスクエア、今は消滅してしまったその都市ですが、 そこのハンターズ・ギルドに所属しており、セ・ランドからハンターへの協力要請を受けて彼女が参戦することとなりました。 しかし――彼女はどうも只者ではないようで、他のハンターたちが舌を巻くほどの強力な力を行使し、ルーティスを守り切ったという話があります。 それについては当時のギルドでも長らく話題になっていた話だそうですが、残念ながらスクエアは現在――」
 オリエンネストもクラネシアも、都市が消滅するということについては意味が分からなかった。 しかし、それがどうことなのかについては所長はもちろん、誰に聞いてもわからないらしく、 とにかく当時の状況と、今の状況を見て悲観するしかないということらしい、困ったことである。
 話を戻そう。クラネシアは自分が知っている話とはつじつまが合わないためか、所長に訊いた。
「しかし、訊いた話によると、その”美女”というのはクラウディアスに渡ったと聞います。 スクエアのハンターとしていたのなら、運命をスクエアと共にしたというわけではないのでしょうか?」
 所長は答えた。
「あっ、いえいえ、そういうわけではありません。 今の話には続きがありまして、”美女”はルーティスを守り、 その後、ルーティスを保護したのは実際にはディスタードのガレア軍でした」
 ガレア軍? 2人はよくわからなかったのでさらに訊いた。
「何も存じておられないようですので少し説明を付け加えますと、 クラウディアス連合軍についてはご存じ、ルーティスも加盟しているところですので説明不要と思いますが、 元々はディスタード帝国を倒すために再建された組織となります――」
 クラウディアス連合軍はクラウディアス王国を中心とした周辺諸国が力を合わせ、ディスタード帝国を包囲するためにできたのがきっかけだった。 だが、それは建前であり、実際には事情が少々複雑で、ディスタード帝国の中でも本土軍と呼ばれる組織を倒すための連合軍だった。 というのも、連合軍には同じくディスタード帝国のガレア軍とヘルメイズ軍と呼ばれるものがおり、 彼らはディスタード帝国の前身であるディスタード王国の思想の流れに与するものであり、帝国当時の思想とは真っ向から対立している構造にあったという。 実際にはディスタード帝国派の組織として本土軍のほかにはマウナ軍というのがいたようだが、 最近になってマウナ軍はガレア軍と南方のアルディアス軍の共同作戦によって崩壊したことが公表されたという。
 ちなみに”再建”と言っている通り、大昔にルーティスを含んだ5か国による連合軍はウォンター帝国というものを倒すために結成したんだそうな。 そのためか、今の連合軍は厳密には新生クラウディアス連合軍というのが正式らしい。
「ガレア軍はかの帝国に与するものでありながら連合軍の一部として動き、クラウディアスはもちろん、他の国とも非常に友好的です。 それこそ、一度国交が途絶えてしまったルーティスとクラウディアスの関係を取り持ったのも彼らがいたからこそです」
 同じディスタードという国の中でもずいぶん違うんだなと2人は思った。
「で、話を戻しますと、ガレアの将軍はどういうわけかその”美女”とお知り合いのようでして、なんとも羨ましい話です―― まあそれはともかく、”美女”はそのような知り合いである伝手を辿り、当時は鎖国状態にあったクラウディアスへと赴き、 今ではクラウディアスの王室相談役……”特別執行官”という職務に任き、とてもご活躍していらっしゃいますよ。 あの美貌と共に結構有名な方ですので、データベースで”美女”などと検索すればあっさりとヒットすると思います。 それこそ、そのディスタード帝国軍との戦いでも随分とご活躍なされたそうですが―― ただ、その活躍というのは戦術的な手腕を発揮したということよりも、どうやら自ら剣を携えての獅子奮迅の活躍のほうが主だったそうですが。 故に、ナキル氏のその証言もあながちジョークとは言えないのかもしれません――」
 ということはつまり、クラウディアスにいけばその”美女”に会えるかもしれないということか。 それにしてもクラウディアスの王室相談役というか”特別執行官”……元々ルーティスで学んでいたっていう”美女”の発案でこの建物が再建されたという話だそうだ、 案外話はつながっているものだな。 ともかく、”美女”はずいぶんとお偉い方へと出世したようだ。 そして、彼女の足跡はなかなか大変なものだったことも窺える、ルーティスでの戦争、クラウディアスの開国にスクエアでのハンター生活、 つい最近まであったというクラウディアス連合軍とディスタード帝国本土軍との戦争……。
 その時、所長は何かを思い出した。
「そうそう、大事なことを忘れていました。 そう言えば先日その”美女”の肖像画が届いたばかりだったことをすっかり忘れていました――」
 そう言いながら所長は部屋の中を探し始めるとその時になってオリエンネストは気が付いた、 ソファの周りは綺麗げになっているがそれ以外はだいぶ散らかっており、いろいろなものが散乱していた。
「おかしいな、部屋に置いておくって言っていたと思ったんだけどどこに置いたんだろう――」
 署長は困惑していた、肖像画のパネルらしきものはいくつか床の上に立てかけてあるみたいだがその中にないのだろうか、 オリエンネストはそう思うとクラネシアが訊いた。
「肖像画ってどのぐらいの大きさです?」
「すみません、どのぐらいの大きさなのかは全く把握していないのです、 肖像画ということですのでそこいらにある風景画のパネルとは違って大きさもたかが知れているハズですが―― 今日は休みですから搬入した方とも連絡が付きませんし、困りましたね――」
 しかしオリエンネストはおもむろにその風景画のパネルと言われた絵を1枚そっと眺めて確認していた、 すると――
「あの、この絵、人物画のようです!」
 パネルの間からそっと覗くと人物のようなシルエットが見えたので、 オリエンネストはそう促すと所長は慌てて確認した。
「これは! 間違いない、その肖像画です!」
 所長はそう言うとそのパネルの包装を完全に剥ぎ取ってそれを改めて確認した。 この人はまさか! オリエンネストも描かれている人物を見て驚いていた。
「ほほう、これがその噂の”美女”ですか、確かにこれは間違いなく”美女”ですね――」
 と、クラネシアは明らかにその人物に見惚れながらそう言った。 人物だけでなく草木や花、そして建物など細部までしっかりと細かく描いてあった、 風景を含めて描かれた肖像画だった、あくまで風景画なんだろう。
 それにしてもこれを描いた人は相当の芸術センスがある人に違いない、プロの画家かなんかだろうか、3人はそう思っていた。 中でも一番目を引くのはやはり描かれている”美女”そのもの、本当に絵の通りの人であれば間違いなく綺麗な人だろう、 クラネシアはそう思った。
 だがオリエンネストはこの”美女”に見覚えがあり、そのことに気を取られていた。
「先週クラウディアスからうちに届いたばかりでまだ何もしていなかったのですよ。 そろそろこの神々しい絵をどこかに飾らないとな――」
 確かに神々しいといえば神々しい絵である、書かれている人は女神様か何かか、そう思わせるものだった。 そこへオリエンネストは出し抜けに訊いた。何故そう聞いたのかは自分でも不思議だった。
「この方、もしかしてアリエーラさんですか?」
「ええ、そうですよ。彼女は有名な人ですからね。私ももう少し若ければ――彼女と――」
 所長はなんだかがっかりしているようだった。そこへクラネシアは話に割って入った。
「へえ、アリエーラさんというのか。 なるほど、確かに噂通りの”美女”というのは伊達ではないようですね」
 そう言われて所長は正気に戻った。 それにしてもやっぱりこの人は――オリエンネストは美しい彼女のご尊顔をじっと見つめながら何やら考えていた。