エンドレス・ロード ~ティル・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド~

悠かなる旅路・精霊の舞 第3部 黄昏の入り江 第5章 もう一つの軌跡

第78節 悪しき習慣を断つ者

 そして、特別執行官は署長に対して面と向かって抗議をしていた。
「まったく、一方的に公務執行妨害だと主張するのはいただけませんね。 本人に聞いたところ、あなたは彼女の髪の毛を引っ張ったというじゃあありませんか?  なんでも、彼女は地毛であるにも関わらず、髪の色を落としてこいなどと叫び、 それを拒否したところ、そのような暴力に出たと――これは女性に対する暴力の問題であると同時に、 国際的な問題でもありますね。 そして、彼女はその暴力から免れるために思わず手が出てしまった――それで公務執行妨害とは人権侵害ですな。」
 それに対し署長は一歩も譲らず――
「これは異なことを。私が彼女に暴力をしたという証拠はございますか?  先ほども言ったように、私は彼女から一方的に暴力を振るわれたのですよ?  それこそ、人権侵害ではないですか?」
「では、何故彼女はあなたに手を出したのでしょうか?」
「そんなことは私にもわかりませんよ、そもそも彼女は最初から暴力的で、 いつ手が出てもおかしくはない状況だと思い、毎回冷や冷やしながら話をしていたものですからね――」
「なるほど、彼女は理由もなく手を出したと、あくまでそう言い切るつもりなんですね。」
「言い切るつもりだとか、そんな言い方はしないでいただきたい、口が過ぎますぞ?  私はあくまで事実を述べたにすぎません。 なのにそのような物言い――クラウディアス国に直接抗議するのは避けられませんな――」
 すると、リファリウスは態度を改めて言った。
「では、逆に訊きますかね。 ……はて、彼女があなたに暴力をしたという証拠はございますか?  彼女から聞いたところ、彼女はあなたから一方的に暴力を振るわれたみたいですよ?  で、あなたのその行為が酷いものだからつい手が出てしまい、 その結果”たまたまあなたの腹に当たっただけ”だそうですよ?  所謂正当防衛というやつですね、自身の身に危険が及んだことによる反射行動、世間一般ではそう評価される行動です。 それなのに、それを公務執行妨害とはなんて大人げないのでしょうか。 それに、繰り返しにはなりますが、女性に対する暴力という点では国際的に大きな問題となります、 ですので、この件はクラウディアスに一旦持ち帰り、改めてセラフィック・ランド連合国に抗議せねばなりませんね――」
 それに対し、署長は呆れたような態度で言い返した。
「やれやれ、クラウディアスの特別執行官という人物はどうやら問題を挿げ替えるのがお得意のようだ、 まったく話になりませんな、まさか自国の民の暴力を正当化してくるとは――」
 そこへ、どこからともなくもう一人の人物がその場所へとやってきて言った。
「もういい、たくさんだ――」
 それに対し、署長は慌てて言った。
「ややや! これは局長殿! これは由々しき問題ですぞ!  まさか、かの大国クラウディアスとあろうものが――」
 それに対し、局長改め、ソニーエ自治行政府の行政局長が言った。
「だから、もういいと言っている。事情はすべて聞いた――」
 すると、局長はリファリウスに向かって両手を出しながら言った。
「リファリウス様、この度は本当に大変申し訳ございません!  今回のことについて、なんとお詫びを申し上げればよいものか――」
 それに対し、署長はキョトンとしていた。 すると、リファリウスは局長に向かって気さくに言った。
「大丈夫、気にしなくていいよ。 今回の件についてはグラト氏からの相談事でもあるからね、 そうとなれば私も手を貸さずにはいられないよ、 昔ながらの悪しき習慣を一掃したいのは私たちもあなた方も同じですからね。」
「本当に手を貸していただけるとは恐縮でございます――」
 署長はどういうことか訊いた、すると――
「最後にもう一度だけ聞こう、本当に彼女に暴力を振るっていないのだな?」
 局長にそう訊かれた署長は、間違いなく自分はやっていないと言い張り、全面的に否定していた。 すると、局長は――
「そうか、よくわかった。そう言うことであれば貴様は本日をもって懲戒処分とする。 残念だが、お前にこれ以上ソニーエを任せておくことなどできないからな――」
 局長はがっかりとした態度でそう言い放った。すると、署長は驚きつつ、焦りながら言った。
「そんな! どうしてです! 私はただ忠実に職務を全うしているのみです!  そして今回、いわれのない暴力を一方的に受けただけにすぎません!  第一、私が暴力を振るったなどという戯言、信じるのですか!?」
 局長は呆れた態度で答えた。
「それが戯言なら私も考えるところだが、今回は彼女の言ったことのほうが正しいことは確実だ――」
 すると、リファリウスは署長の隙をつき、
「ちょっと失礼。」
 右腕をがっしりとつかんで引っ張り出した。
「痛い! 痛たたたたっ! 何をする!」
「そう、証拠はまさにここにあるんだよ、まさにこの手にね。 この色はエンブリアでもなかなかない色だから、彼女の髪を引っ張ったのは確実だろう。 たとえ彼女の髪でないとしても、つい最近に誰かの髪を引っ張っていることは間違いない、 つまり、対象は誰であろうと暴力行為を行ったことは事実だということだね。」
 なんと、署長の手にはフィリスの髪の毛が付いていた。 短い毛が汗で手に張り付いていたのを見落としていたようだ。
「ななっ!? これはいつの間に!?」
「細かいことを言うと、毛根もしっかりとしているから少なくとも不毛ではない。 つまり、意図的に引き抜かない限りはこんな髪の毛が手につくとは考えにくいんだよ。 だから申し訳ないけど、これでは流石に彼女にバカにされても仕方がない気がするけどね。 それを踏まえて自分の身辺を整理することをオススメするよ。」
 リファリウスは険しい顔をしながら署長にそう言った。 署長の腕だけではなく、自身の服にもフィリスの髪が何本か――
「まったく、女性の髪を引っ張っておきながらあそこまで言うとは見上げた警察官だ、最低極まりないやつだな。 ついでだからもう一度だけ聞かせてもらおう、本当に彼女に暴力を振るっていない、それを最終的な回答として受け取ってもいいのかな?」
 改めて、リファリウスは先ほどとは打って変わって怒りの表情で強めにそう言うと、署長はとうとう自白した。
「まあいい、今回のことはソニーエないしセラフィック・ランド連合国の汚点ということで局長も見放された、 だから別に、これ以上問題にする気もないし――彼女的にはそれでも腑に落ちないというのなら法的措置を行うことも視野に入るけど、 どうやら彼女もお前みたいな人間のクズに何をしてもらいたいとも思わないらしい――あっ、これはあくまで彼女の弁ね、言っても私もこれには同意見だ。 だからお前に要求することはただ一つ、目の前からとっとと消え失せろ、今すぐにだ。」
 リファリウスは元署長に対し、最後にそう言って話を締めると、元署長は逃げ出すかのようにその場から去っていった。 ソニーエ行政局長にとっては冷や汗ものだったが、リファリウスは気さくに話を続けていた。

 とりあえず、リファリウスとフィリスとティオの馴れ初めについてはそんな感じである。 以降はクラウディアスへと赴くことも考えたが、まずは自分の目的を探しながらティオと一緒に旅に出たのである。
 一方、ソニーエもとい、セラフィック・ランド連合国については昔からの重鎮というのがいて、 そいつらがいびっているような姿勢が長らく続いていた、かつてのクラウディアスにもその傾向があったが。 それを是正しようということは考えられてはいるが、やはり重鎮たちを排除していくことはなかなか難しい。
 なお、あの元署長についてはこれまでの行動遍歴を辿ると、確かに事件を短期間で解決してきた敏腕刑事として名をはせていたようだが、 中には記録にも残っていないような非常に強引な手法で解決したものも多く、噂ではとても言えないような方法で解決した事例もあったようだ。 こと少年事件や迷子の事例なんかは特にそうで、今回のフィリスみたいに髪の毛を引っ張ったりしたことも多分にあったようだが、 部下はパワハラを恐れて何も言えないという構図が成り立っていたようだ。
 ただ、これは氷山の一角に過ぎない。
 しかし今回、ソニーエ島の署長としていびっていた重鎮を排除したことで、 セラフィック・ランド連合国にも是正の流れが加速し始めることとなっていった。 クラウディアスにもかつて悪の枢軸卿たちが存在していたが、つまり、どこの国も同じようなものである。
 今回の打診についてはセラフィック・ランド連合国では新進気鋭のグラト氏をはじめとする一部のお偉方の悩みの一つで、 リファリウスがクラウディアスの特別執行官としてセラフィック・ランド連合国からも相談を受けていた内容でもある。 そして、ソニーエでの迷子リストのアクセスの件を確認するやグラト氏に掛け合い、あわよくば署長を処分する流れが水面下で動いていたのである。 つまり、グラト氏とは直接関係のあるソニーエ自治行政府局長とリファリウスは最初から署長を処分するつもりで動いていたのである。