帝国本土軍の船をしり目に、フロレンティーナ率いるガレア軍が帝国本土へと上陸した。
上陸地点としては手薄な場所を選んで東側から上陸したのである。
「さてと、後でクラウディアス軍が上陸してくるから、それまでは行動も最小限に抑えるようにしないとね」
フロレンティーナがそう言うとクラフォードが訊いた。
「クラウディアスは西側にあるのに、その軍は反対側の東から来るなんてなんとも面倒な作戦だな」
「クラウディアス軍は東の海に待機してもらっていますからね。
ディスタード本土軍からすると元々東側はそこまで警戒していないので、待機するのなら好都合ですね」
フラウディアがそう言った。それについて、レイリアが話を付け加えた。
「リリアさんの調べでも、最近の本土軍の動きとしては西側……つまり、
クラウディアス側へしか警戒していないようですしね。
それこそもはや攻撃は最大の防御、攻めに主眼を置いて守りをほとんど考えていない状況のようですね――」
イールアーズが言った。
「人員が避けられないんだろ、前回の戦いでやつらは大敗を喫しているし、
戦力的にももうそこまでの余力がない状況なんだろう。
それだったら降参すればまだ可愛げがあるのに、一体どういうつもりなのやら――」
それについてディスティアが答えた。
「以前誰かが言っていたような気がするのですが、
ディスタード帝国の成り立ち上、あとに退けなくなっているからやるしかないという機運なのでしょう。
そこへ誰かが待ったをかける人がいればいいのですが、どうやらそういう人もいないみたいですので――」
それは、リリアリスの話だった気がする。すると、ティレックスが訊いた。
「あのさ、それだったら帝国には皇帝がいて元老院みたいなものがいて決定を下す人がきちんといるように思うのだけれども、
その皇帝が諦めていないからこうなっている、ということなんだろうか?」
それに対してフロレンティーナが話をした。
「いい質問ね、それこそ、先日のクラウディアスの首脳会議の後の有識者会議で出された議題の一つよ」
それについて、会議に参加したフロレンティーナとクラフォードが話をした。
すると、その内容に誰しもが驚いた。
「皇帝座位不在説ですか、また面白い説を持ち出す人がいますね。
といっても、そんな説を持ち出す人なんて……彼女ぐらいしかいませんかね」
と、ディスティアは驚きつつも苦笑いしながらそう言った。
皇帝座位不在説を唱えたのはリリアリスだということである。
それについて、クラフォードが話を付け加えた。
「リファリウスによると、一応帝国内にあるガレアにいても、
皇帝の存在については微塵ほど感じないということらしい。
バフィンスからも、以前には皇帝も表立って何やら演説している姿が中継されることもあったらしいが、
最近はめっきり見なくなったって言っていたな、だから皇帝がいないって言われると、
そのほうがしっくりくるんだよな、確かに――」
だが、リファリウスが、アールが将軍として即位したときには皇帝の姿は2・3度ほど見たことがあったそうだ。
ということはつまり――
「少なくとも死んでいるというわけではないみたいね。
私らも、帝国本土内にいる間は皇帝の存在については認識していたけれども、
残念ながら、生まれてこの方一度も皇帝の存在をこの目で確認したことはなかったわ。
だから、本当にいるのかもわからなかったんだけれども――」
フロレンティーナはそう付け加えた。内部の人間でも見たことがあったのはあまりいないようだ。
それこそ、あのベイダ・ゲナですら皇帝の姿を見たことがほとんどないのだという。
皇帝は生きているのに皇帝座位としては不在――一体、皇帝は何を考えているのだろうか、新たな問題が立ちはだかっているようだ。
ディスタード帝国本土は本当に殺風景な土地だった。
上陸地点の都合もあるが、
周囲は荒廃した土地の上に貧しい暮らしを強いられている民が小屋を建てて生活をしているような光景が見えてきた。
だが、それは、彼らが本当に貧しい暮らしを強いられているわけではなかった。
「ちょっと申し訳ないが、貧民街って思っちまった。こいつら、ピレストネーロだろ?」
クラフォードはそう言った、ピレストネーロとは――フラウディアが話を続けた。
「ええ、そうです。この島は元々先住民族ピレストネーロの島です。
それを帝国軍が入植し、今の形となっているというのがこの島の実情なのです」
それを訊いたレイリアは「先住民族の島――」とつぶやきながら、何かを考えていた。
「でも、それってさ、やっぱりピレストネーロにとっては迷惑な話なんだろ?」
アーシェリスはそう訊くとフロレンティーナが答えた。
「まあ、言ってしまえばそういうことになるわね。
本当に迷惑しているのか、その程度は私たちにはなんと言ってみようもないところだけれども、
一つの文明を築き上げるという裏には何かが犠牲になっている、まさにそのことの現れね――」
アーシェリスは頷いた。
「エネアルドも元々は先住民族エネアルヒスの島で、
ルシルメアのファルクス半島での戦いで敗れた俺たちの祖先が島へと逃れて入植していったというのが起源らしい。
確かに――そう考えるとなんだかやりきれないことがあるもんだな」
それに対してレイリアが言った。
「生きることを選択した結果ではないですか?
エネアルドはエクスフォスやシェルフィス、ディスタード帝国本土にも新たなディストラード人としての生き方を模索した結果なんだと思います。
その裏には本当に犠牲があったといえるのかどうかもわかりません。
見てください、現にピレストネーロたちは、我々が貧民街と思い込んでいるようなこの環境下においても、ちゃんと生活しています。
私たちの考え方が行き過ぎているだけのようにも思えます――」
レイリアはそう言いながら、ピレストネーロ族の子供と同じ視線になるべくしゃがみつつ、その子供に笑顔で話しかけた。
「楽しい?」
「ううん、お腹すいた!」
その子供は首を振りながら元気よく答えながら走ってその場を去っていった。
その様子を見ながらフロレンティーナが言った。
「彼らには彼らの文明があるわけか。
確かに、私たちの考え方が行き過ぎていただけのようね。
つまり、私らに課せられた使命は、このかけがえのない笑顔と文明を守ることになりそうね――」
それを聞きながら、何人かは自らの行いをそれぞれ反省していた。
「そう言われてみればそうだった、エネアルヒスはエクスフォスやシェルフィスと共存していく道を選んだんだったな――」
フェリオースは頭を抱えながらそう呟いていた。
そのままさらに進むと、頑丈そうな塀に囲われた町が見えてきた、その町こそが――
「あれがディスタード帝国首都か――」
その町の塀からは無数の鉄骨が伸びており、なんとなく工業都市のような印象を思わせた。それもそのハズ、
「元々はよその国の植民地でしたね。
その国は工業が盛んだったが、大昔の戦争で敗戦し、国は解体。
植民地にしていたいくつかの領土は手つかずのままですが、
都市機能だけは生きていて、独立した工業の町としてある程度の期間までは発展を続けていきました。
しかし、ピレストネーロのいるこの島は結果的に帝国軍の居城となったというわけですね――」
と、ディスティアがそういうと、イールアーズが「ずいぶんと詳しいな」と訊いてきた。
「ええ、もちろん。
何を隠そう、私の故郷であるオウルの里もその工業都市のひとつだった町ですからね。
とはいえ、あそこにはそこそこ近い距離にルシルメアという大きな町がありますから、
地の利が不便な都市で発展することなく、植民地時代の頃からあそこを放棄していったようですね。
で、その放棄した町に目を付けたのがワイズリアですね」
地の利が不便――確かに、オウルの里はかなり人里離れた癖地にあったことを思い出したアーシェリスだった。