フロレンティーナはディブラウドが絶命したことを確認すると、リリアリスらがいることに気が付いた。
「あれ? リリア?」
「ええ、他が収束したからラヴィス島の様子を見に来たのよ。
それにドズアーノこと、ディブラウドってのがとんでもない強敵だってディア様から聞いて慌てて飛んできたのよ。」
しかし、この場はすべてフロレンティーナが収めてしまっていた、取り越し苦労だったのである。
「まさかあの”常闇のディブラウド”を斃してしまうなんて、恐るべき能力ですね――」
ディスティアは彼女をそう言った。
「そっ、そうなんだ、”常闇のディブラウド”ってそんなに強いんだ――」
ディスティアがそう言うぐらいだから相当強いのかと改めて知ることになったフロレンティーナだった。
とりあえず、ここにずっといても始まらないので脱出することに決めた。
「あれ? イールとティレックスはどこ?」
リリアリスは辺りを見渡したが、どちらの姿もなかった。
それに対してクラフォードが答えた。
「イールは上のほうで伸びているハズだが、ティレックスは……どこだ?」
上の階に伸びていたイールアーズはガレアの救護兵たちによって発見された。
同じく、ティレックスは下の階から突き上げられて上の階で倒れている状態だった、敵の強さがわかるようだ。
「お前、上に上がってたのか」
「何のことだよ、痛いからやめろ、痛てててて――」
クラフォードはティレックスの傷に触れようとしながらそう言った。
「いいからよこしてみろ――」
クラフォードはティレックスに回復魔法を用いて彼の傷を治癒していた。
「なんだ、温かいな――」
その温かさはリリアリスやアリエーラの使う回復魔法による暖かさとは違う、まさに文字通りの意味での温かさだった。
それもそのハズ、
「俺が主に修得している回復魔法は炎系だからな」
炎系の魔法は身体の芯に直接作用し、生命の力を強化する効能がある。
所謂、筋肉増強の魔法に近い効果があり、回復効果自体強力なのだが、
残念ながら効果対象範囲が狭いのがネックである。
ともかく、炎系なら確かに温かいわけである。
「そういえばみんなは? 特にイールはどうなんだ?」
ティレックスはそう言うとクラフォードが言った。
「イールは結構ダメージが大きいな、ヤツのことだからほっとけば治るだろうが、
それでも今回に限っては結構堪えたはずだ。
今はガレア軍の救護班の力を借りて集中的に治療作業を行っている状況だな」
クラフォードの後ろからユーシェリアが来た。
「みんな無事だよ! ティレックスが無事でよかった!
それにしても、フローラ姉様ってすごいんだよ! 私、感動しちゃった!」
ゾレアムとブロストは撃破しているのは確認しているので確かにすごいとは言えるが――
ディブラウドについてはまったく把握していないティレックスにとってはそこまですごさはあまり伝わらなかった。
一応、クラフォードが補足すると、
「俺が全然ディブラウドに歯が立たなかったのに割とあっさりに近いレベルで倒してしまった。
何かあるな、あの女――」
ティレックスは少し驚き、ややがっかりしていた。
「そんなにすごかったのならちょっと見てみたかった気もするな――」
「じゃあ次はフローラ姉様相手に稽古だね!」
ユーシェリアは調子よくそう言うが、
またしてもやたらと強い女性相手に稽古をする羽目になるというのか……
ティレックスにとっては半ばトラウマになりかけていることである。
ディスティアとレナシエルはイールアーズに声をかけていた。
「くそっ、こんなことになるとは――」
イールアーズは悔しそうだった。
「聞いたぞ、お前、ゾレアムと対峙したそうじゃないか、それなら苦戦しても仕方がないだろう――」
しかし、イールは納得がいっていなかった。それに対してレナシエルが訊いた。
「ゾレアムって確かリオーンが一度戦ったことがある相手でしょ? オヤジがそう言っていたような……」
ディスティアは頷いた。
「確かにそう聞いたことがあったな。
だが、リオーンはヤツとの戦いの最中にとあることでやつの目の前で負けを認めて逃げ出したそうだ。
どうしてだと思う?」
そんなこと知らん、イールアーズはそう言うと、ディスティアは続けて言った。
「理由は2つあって、1つはその日がゾレアム自身の子供が生まれる日だったからだそうだ。
なかなか決着のつかない戦いをずっと続けるよりは家族に会ってやれっていうヤツの意思表示だろう。
だからといって戦いにおいて情けをかけるのは言語道断だと言われたりもしたようだが、
あのリオーンのことだから、そんなもん知ったこっちゃないと周囲を一蹴したそうだ。
そのことは今でも語り草になっていて、
ハンターや傭兵、あるいは世間一般でもバルティオスの王リオーンは人情家としても有名なんだそうだ」
人は見かけによらないとはまさにこのこと、ただのノンダクレの酔っぱらいオヤジのようにしか見えないが、
そういう行動をとるあたり、ただのノンダクレオヤジというわけでもなさそうだ。
シェトランドの民に対する認識も変わりそうな一面ゆえに彼らは単なる殺人鬼ではないというイメージを植え付けたのである。
となると、ゾレアムのシェトランド人に対する暴言”屑石”発言は当時のことがあったからこそだったと言える。
そう、リオーンが降参を宣言したのはゾレアムのためを思ってのこと、
そんな噂が広まれば、彼としてはシェトランド人と戦いづらかったのはもちろん、傭兵としても居心地が悪かったハズだ。
「ねえ、もう1つの理由は?」
レナシエルはそう言ってディスティアに訊いた。
「もう1つの理由は――本里(シェトランド人の里)でとあるシェトランド人が生まれる日だったからだ」
なんと、もう1つの理由のほうも子供が理由だった。しかも――
「そうなんだ、それでその子を祝福するためにリオーンは早く帰りたかったんだね! で、その子供って誰?」
レナシエルがそう訊くと、ディスティアは言った。
「ああ、その子供は後の世に”鬼人の剣”と呼ばれるほどの剣の使い手となるクソ生意気なガキだ」
えっ、それって――レナシエルはそう言うと、ディスティアは続けざまに言った。
「そういうわけだからイール、お前だって生まれてきた時はみんなに祝福されてきているんだぞ。
そして、それをちゃんと見届けたリオーンの気持ちをたまにでもいいから察してやるんだな。
もちろん、時々でいいからみんなに感謝しておくことだ」
これは流石にぐうの音も出ない。そう言われたイールアーズの気持ちはかなり複雑だった。