ある日のこと、リリアリスはクラウディアスの横庭にて、フラウディアに稽古をつけていた。
その様子を何人かが見守っていた。
「流石は本土軍でもエリートをやっていたほどのことだけはあるわね、なかなかの腕の持ち主よ。」
リリアリスはその時、息を切らすことなく得意げにそう言うが、それとは裏腹にフラウディアは息を切らしていた。
「そんな、私なんてお姉様の足元にも及びません!」
「あら! そんな誉め言葉を言う余裕があるのもやっぱりエリート様たる所以ね!
どっかの自衛団のヘッドやトルーパーズのヘッドと、この城の騎士の副団長の男とは大違い!」
悪かったな……その場に居合わせた該当者3名はそう思いながらリリアリスを白い目で彼女を見ていた。
「つか、俺ん時は”万人狩り”って理由だけで容赦なく殺す気でやってくるんだが、それは?」
「俺ん時も”ユーシィちゃん”云々の件から血も涙もない暴力で襲ってくるんですが、それは?」
「俺も昨日、自分の彼女云々の件から何故かマジで死を覚悟するハメになったんだが、それは?」
しかも該当者3名はそれぞれボソッとそうつぶやいていた、お察しします。
「さあさ、今日はこのぐらいにしといて――」
リリアリスは該当者3名の殺意には気にも留めることはなかった。
「はい、お姉様! ありがとうございました!」
フラウディアは丁寧に一礼すると、リリアリスは再び得意げに言った。
「あら! どういたしまして! やっぱりこういうところよね♪
代々騎士の家系っていうところが彼女に礼儀正しさを教えるのかしら?」
今度はラシル――彼は少し焦ったような感じで答えた。
「すみません、代々騎士の家系なのに――」
それに対してリリアリスは指摘した。
「まあ――あんたは騎士としての英才教育といっても親が早いうちに行方不明になっているのと、
その親が仕えた先代の王がリアスティンだし、
それにアンタ自身が騎士としてはまだまだ若すぎるぐらいだからちゃんと学んでいけばいいのよ。」
と、話はそれだけで終わるハズは――先ほどの該当者3名は期待していた。
すると案の定、リリアリスは話を続け――
「もっとも、あんたは将来クラウディアス国王となることが約束されているわけだから、
下々の者に対してはそこまで気にしなくてもいいという考えかもしれないけれども、
それならそれでお姉さん大歓迎よ♪」
リリアリスは棒読み的に一度にそう言い切った。
なお、この後のラシルについてはいつも通りなので割愛するが、
その様を見て先ほどの該当者3名は笑い転げていた、
なんだかんだやられたり言われたりしているクセにあんたたちも案外意地悪だな。
あの後、リリアリスはフロレンティーナを呼び出した。
そこは”天使の森”の中にある”幻界碑石”の前で、アリエーラもその場に一緒にいた。
「どうしたの? こんなところにわざわざ呼び出しなんてさ――」
フロレンティーナがそう訊くとリリアリスは左手を差し伸べながら言った。
「右手を出してごらんなさいよ。」
右手を――フロレンティーナは少し考えながら、わざと左手を出した。
「こーら、右手って言ってるでしょ、まったく。
でも、やっぱりそういうことね、あなた人に弱みを見せつけないタイプでしょ?」
それに対してフロレンティーナはため息をつき、仕方なく――
「あまり心配されたくなくってね、ずっと隠していたのよ」
まずは左腕に巻いていた包帯を外した。
そこには何もないが、今度は右腕に巻いていた包帯を外すと、そこには何やら黒いアザが――
「お察しの通り、難病の持ち主ってワケよ。知っているかしら?
”エクス・マナーブル・シンドローム”って難病よ。
今は腕にとどまっているけれども、全身に転移したら――終わりよ」
その病気、過剰マナ症候群とも言い、過剰なほどのマナ・エネルギーの影響を受けている症状である。
いわゆる癌にあたる症状であり、症状が酷いと彼女の右腕のように黒ずんだアザのような状態となる事もある。
そして、最悪、死に至らしめるという――
そして、リリアリスは頷いた。
「よく知っているわ、その反対の症状の難病もよく知ってる。
確かにエンブリアでは不治の病って言われているけれども――
原因はやっぱりエンチャント技術を人体に転用した結果ということかしら?」
フロレンティーナは頷いた。
「お察しの通りだけど私の場合は人体転用でなくって、ただの事故による影響よ。
でも、過剰マナ症候群の反対って? 聞いたことがないわね――」
リリアリスはそれに対して首を横に振ってから言った。
「ごめん、そっちは気にしないで。」
アリエーラが優しい眼差しで続けた。
「ともかく、まだ軽症のようですので何とかなりそうですね!」
リリアリスは得意げな顔で頷いた。
「ええ、特に難儀な手術も必要なく、魔法治癒でいけそうね。」
なんとかなるというの!? この難病を治せるという話、フロレンティーナは一度も聞いたことがなかった。
そもそもこの病気はエンブリアでは症例もほとんどなく、
フロレンティーナが遭遇したような事故でも彼女のような状態になるケースも稀で、
それゆえに治療方法もまったく確立していないのである。
そんな病気が治せるって? フロレンティーナは――この2人の言うことだから、
この際、気休めでもありがたく受け取ることにしておいた。
「2人の気持ちは嬉しいんだけれども――」
すると、リリアリスは隙をついてフロレンティーナの右腕の患部を直接左手でつかんだ。
「ちょ、ちょっと! 触ると下手したらうつるわよ!」
フロレンティーナはムキになって右腕をひっこめた。
するとリリアリス、左手のひらをフロレンティーナに差し出しながら言った。
「ええそうね、あなたの言う通りうつっちゃったわね。」
なんと! リリアリスの左手のひらが不気味なほど青白い色に染まってしまっていた!
その様子にフロレンティーナは絶句していた――
「大丈夫よ、心配しないで。
さっきも言った通り、この程度の症状だったらなんとかなるって言ったでしょ。」
するとリリアリス、左手からとてつもなく大きな剣を出した! その様を見てフロレンティーナは驚いていた。
「その病気のメカニズムは至って簡単、マナ・エネルギーが患部に過剰にたまってしまうこと。
シンプルな現象ゆえの難病ってワケね。
ちなみに後天性の場合はそれだけで済むけれども、
先天性の場合は身体自身がそもそもそういう問題を抱えてしまっているのよ。」
そう言いながらリリアリスは大剣を手放すと、その剣は地面に落ちることなく消えていった。
そしてリリアリスの手は元の状態に戻っていたことにフロレンティーナは驚いていた。
リリアリスは続けた。
「今のを見てわかる通り、私はもちろんアリも”エクス・マナーブル・シンドローム”にかかりやすい体質なのよ。
で、この場合の対処法はどうすればいいかというとメカニズムゆえに単純明快で、
とにかく患部からマナを抜くことこれ然りなのよ。
今、私がやったのはあなたから移されたマナだけで魔法剣を生成したんだけれども、
触っただけで結構なマナの量がうつってしまったから意外と大きな剣ができてしまったわね。」
そして、それを魔法エネルギーとして行使することでマナを自然に返したというのである、
つまり魔法を使えばよいということでしかないのである。
「でも、あなたの場合はかかってから結構時間が経っているみたいだし、
その分身体をむしばんでいるようだから少し大変そうね。」
とはいえ、リリアリスのその行為に対して希望を見出したのは確かである。
そのためフロレンティーナはリリアリスにいろいろと聞くことにした。
「本当にそれで治るの? 再発しないの?」
「それはなんとも――。
ちなみに言うと、私もアリもしょっちゅう再発していて、
それこそフツーに魔法を使う際は必ずその状態になっているぐらいだからね。
でも、それを最終的に自分自身が使用する魔法として力を変換しているワケだから、
私らにしてみれば、魔法を使う上での様式美みたいなものね。」
それではもはや病気が病気とは呼べない、それにはフロレンティーナも驚いていた。
「でも、私の身体をむしばんでいるということは――治すのは大変なの?」
「大変ではないけれども、ひと工夫必要ね。
既にあなたの右腕は癌におかされている状態といえるようなものだから、
今私がやったように魔法の力として抜くだけでは足りないわね。
ま、でも癌といってもある意味傷口のそれみたいなものだから――
何をすればいいかはもうわかりきっていることよね。」
そんなリリアリスの表情は得意げだった。
フロレンティーナはこの病気を利用するほどのプロが目の前に2人もいるのだから、
この際、全面的に頼ってみることに決めた。
そしてリリアリスとアリエーラはお馴染みのマナを奪う極意を使いつつ、
奪った魔力でフロレンティーナの腕を治癒する魔法へと変換、身体への負担を減らしていた。
「なるほど、そう考えてみると意外と単純な病気なのね、
でも、相手のマナを抜く作業ってあまり聞いたことがないから、治し方も特殊なのね――」