いろいろと楽しく話をしている中、日が落ちてきたため、
リリアリスらは帰ろうとしていたところだったが、再びフェラルに呼び止められた。
「泊まるところはあるのですか?」
「あっ、いえ、これから探すところですね。」
一応、船で寝るという選択肢はあるにはあるのだが個人所有の船のイメージとくればたかが知れている、
それを考えると”そんな狭い所でこんな大所帯で寝ても大丈夫なのか”と心配されてもおかしくはないため、
そんなことは言い出せずにそう答えることにしたリリアリス、それに対してフェラルは気さくに言った。
「それならせっかくですからうちに泊まってらっしゃいな。
遠慮はいりませんよ、あなた方だったら大歓迎です、是非うちでお泊りくださいな!」
そう言われると――断るわけにはいかなかった。
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね――」
と、リリアリスは言うがフラウディアのことが心残りだった。
その日はエスハイネ邸ですっかりとお世話になってしまった一行。
夕食も楽しく過ごし、お風呂と寝巻となるネグリジェまで用意してもらい、
各々寝室へと促されることになった。
その夜――フラウディアは用意された寝室へは行かず、そのままとある部屋へとやってきていた、そこは――
「……お母さん」
かつて自分の母親が使っていた部屋だった。
フラウディアはその部屋に入り、部屋の真ん中に佇んでいた。
部屋の中にはいろいろと見覚えのあるものがたくさんある、自分のお母さんが愛用していた小物や服、
そのほかいろいろ――フラウディアはそれらを手に取って懐かしんでいた。
すると、そんな時――
「あの子は生まれつき病弱な子でしたが、それでも自分の子のためならと、
子供を産んでからも子供と一緒に過ごしたいがために出産に耐え抜いたのですよ。
だけど――自分の愛する旦那が亡くなり、自分のお腹を痛めてまで産んだ子を帝国軍に取られると――
寂しさには耐えられなかったわね――」
フェラルが部屋の中に入って来てそんな話をし始めたことでフラウディアは驚いた。さらに話を続けた。
「この部屋にはあの子の思い出がそのまま詰まっている部屋なのよ、私もまた、寂しさには耐えられなかったということですね。
もっとも、あの子は身体が病弱で、着ることもなく置いてあるだけの服もあるんだけれども――」
フラウディアは焦っていた。
「ごっ、ごめんなさい、道に迷ってしまって、ついこの部屋に……。
だから、その、もう戻ります、本当にごめんなさい――」
ところが、フェラルはフラウディアに対して優しく訊いた。
「クラウディアスはどんなところ?」
えっ――フラウディアは驚いていた。
「私の孫もクラウディアスという国に行ってみたいって言ってたわね。
そして、あなたは夢にまで見た桃源郷そのものだって――」
フェラルはなんだか嬉しそうにそう言った。さらに続けた。
「不思議ね、あなたを見た時、まるであの子が、私の子が帰ってきたみたいだった。
でも本当に帰ってきたのは――」
フラウディアは完全に見透かされているようだった。ただ、フェラルはこうとしか言わなかった。
「私はこれ以上何も言わないわ。
だから――あなたがどの部屋に入ろうと気にしないし、あの子の部屋で何をしようと別に気にはしないわ。
さて、私はもう寝るわね、おやすみなさい――」
えっ、そんな――フラウディアは驚きつつも訊いた。
「あっ、あの……私、その――」
しかし、どう訊いたらいいのか言葉に詰まってしまった。それにフェラルは気さくに答えた。
「どうしたの? 自分のお母さんの部屋でしょう? 死に目には会えなかったのは残念だけどね――」
やっぱり見透かされている――フラウディアは内心ドキドキしていた、
自分の今の姿、どう説明すべきだろうか、酷く悩んでいた。だがフェラルは――
「今のあなたならこの部屋の服はどれも似合うんじゃないかしら?」
と、フラウディアが悩んでいることには全く触れるようではなかった。
そこへフラウディアは訊いた。
「ど、どうして、今の私がどうしてこんななのか、訊かないのです?」
フェラルは何食わぬ顔で答えた。
「それを訊いても私にはどうすることもできませんよ。
自分の孫が帝国軍にさらわれてからというものの、
その子がどんな目にあっているのか、もしかしたら既に死んでいるかもしれない――
考えたくはありませんが、何があっても覚悟していました」
そして、優しい眼差しで話を続けた。
「だけど、あなたは今の姿で生き生きとしているみたいだし、たくさんのお友達を連れてやってきた。
それならそれで私にとっては十分ですよ――」
それに対してフラウディアは涙をボロボロこぼしていた。
「あらあら、仕方がない子ですね、ほら、おいでなさいな」
フェラルはそう言いながらフラウディアをその身で優しく包んだ。
「おばあちゃん、おばあちゃん――」
フラウディアは涙声でそう言いながらフェラルに甘えていた。
「うふふっ、まったく、仕方がない子ね。
でもおかえりなさい、私の可愛い――フラウディア、でいいのかしら?
確かに、お前はクラウディアスとお花が大好きだったわね――」
その夜、フラウディアは自分の祖母に甘えたまま一緒のベッドで寝ることになったのである。
翌朝、リリアリスとアリエーラの2人がリビングに赴くと、
そこには楽しそうにしているフェラルとフラウディアの姿があった。
「おはよう、なんだか楽しそうね。
何があったのかはだいたい想像がつくからわざわざ聞かないけどさ。」
リリアリスはいつも通りの得意げな態度でそう言った。
「取り越し苦労……とまでは言わないですが、案外心配するほどではなかったようですね――」
アリエーラも嬉しそうに言った。彼女らに対してフェラルが言った。
「あら、おはようございます、夕べはよく眠れましたか?」
フェラルは話を続けた。
「あなた方は私の孫とよくして頂いているみたいで、本当に感謝いたしますわ――」
それに対してリリアリスとアリエーラはどういたしましてと言わんばかりの態度で返した。
「さあさ、それはそうと朝ごはんにしましょ!」
フェラルはそう言ってみんなを促した。