彼女にリビングへと促された。
広い部屋の中に高そうなカーペットがあり、その上に高そうな細長いテーブルがあり、高そうなソファが囲っていた。
リリアリスとアリエーラは2つ並んでいる1人掛けのソファにそれぞれ座り、
その対面の横長のソファにはフロレンティーナとフラウディア、そしてユーシェリアが座った。
さらにフィリスにも1人掛けのソファを用意してもらったが、フェラルは肘掛け椅子を用意して座ろうとしていた。
それには他の女性陣がすぐさま反応し、慌てて席を立った。だが、フェラルは――
「いいのですよ、せっかくのお客様ですからゆっくりとして頂かないことには」
そう言いながらフェラルは肘掛け椅子にゆっくりと座った。
他の女性陣は遠慮がちにゆっくりと座ることにした。
「そろそろお茶でもしようかと思っていた頃だったからちょうどよかったわね」
フェラルはそう言うと使用人たちが現れ、お茶菓子とそれぞれにお茶を用意していた。
そんな様子をリリアリスとアリエーラはなんだか楽しそうにしており、
フロレンティーナとユーシェリアはワクワクしていた。
一方でフィリスはただじっとお茶を見つめているだけであり、
フラウディアは悟られまいとして、ややうつむき姿勢で座っていた。
「ハーブのいい香りですね!」
アリエーラはお茶の香りを感じると、フェラルは言った。
「最近はハーブティーに凝っていましてね、
みなさんのお口に合うかどうかはわかりませんが、是非飲んでみてくださいね」
リリアリスはおもむろに口に含むと、
「あら! おいしいですね! 甘さもちょうどいいし、寒い時期にはちょうどいいかも!」
と絶賛。それに対してフェラルはどことなく寂しそうに言った。
「ええ、そうですね。このお茶は私の孫が好きな飲み物でした。
孫が風邪をひいて寝込んでしまった時、私がこのお茶を用意して飲ませたのですよ。
それ以来ですかね、孫はこのお茶を好んで飲むようになりました――」
なるほど、体調が悪いときに飲むと効果があるらしい。
そして、その孫というのは言うまでもないが――
「ところで、こちらにはどういった目的で?」
フェラルは改まって訊くと、リリアリスが答えた。
「すみません、
実のところ私たちはフェラル=エスハイネという人物がどのような人物なのかと思って気になったので立ち寄っただけです。
ただ、ここにきて、まさかご本人さんが現れるとは思ってなくて……少し動揺というか、緊張しています。
だから、その、どうしようかと思いましてね――」
リリアリスの返答はなんとも当たり障りのないような感じの内容で、
これまでの態度の説明もつきそうな感じのうまい内容だった。
というか、そんな内容がさっと思いつくとはやっぱりこの女ますますヤバイ女である。
しかし、それに対してフェラルは気さくに答えた。
「まあ、そんな!
確かに私はフェラル=エスハイネですがそんな大それた人物ではありませんよ。
見ての通り、今ではすっかりおばあちゃんになってしまいました。
だからそんな、緊張せずにお話ししましょうよ!」
と、本人は言うが、彼女は確かに歳をある程度取っているようだが老婆というほどでもなく、
まだ全然現役でもいけそうな見た目だった。
それならば、リリアリスは気兼ねなく聞くことにした、
というよりも、リリアリスは自分で言ったことと違って動揺も緊張も全くしていない。
こういったところはまさにこの女のなせる業、相当の策士ともいえる。
「それでは遠慮せずにお訊ねしますが――フェラルさんはおばあちゃんとは言いますが、
そんなにお歳を召していらっしゃらない感じですよね、精霊族か何かですか?」
フェラルは答えた。
「ええ、エンブリアでは比較的珍しい精霊族で、”オーディネル”という種族でございます。
でも――かくいうあなたも精霊族のようですね? それにそのお隣さんも――」
フェラルはリリアリスとアリエーラを指してそう訊いた。
「はい! ですが――フェラルさんはお歳を召していてもなおもお美しい方ですね!」
アリエーラはにっこりとしながらそう訊くと、フェラルは楽しそうに言い返した。
「あらまあ、そんなこと……。
私としてはむしろ、あなたのほうがとてもお美しい女性と思いますよ?
あなたのような方なら男性方も放ってはおかないことでしょう、いい人はいらっしゃるのかしら?」
そんなことを言われたアリエーラは顔を真っ赤にして否定した。
「えっ、やだ、そんなことは――!」
その様子を見ながらフェラルは微笑んでいた。
「うふふっ、綺麗なだけでなく、可愛らしい方ですね!」
そう言われたアリエーラはさらに顔を真っ赤にし、恥ずかしさのあまりうつむいてしまった。
リリアリスはさらに訊いてみたいことがあった。
「そうそう、そう言えばフェラルさんは白銀の貴公子と呼ばれていましたけれど、
やっぱり女人禁制のディスタード王国の騎士となるために男のフリをしていたのですか?」
彼女はお茶を飲んでから答えた。
「そもそも当時は女人禁制という考え方自体がなく、
騎士の道を志せるのが暗黙的に男性にしかなかっただけのことだと思います。
今でこそ女騎士という考え方は普通になっていますが、当時はそのような者は珍しい方だったと思います、
私が所属していた当時よりも前にいたメイローザ隊を除けばね。
ただ、その時のメイローザの女性騎士だって、ほとんど形だけのものに過ぎなかったそうですが――」
昔のメイローザの女性隊員はほとんど女中みたいなものだったようで、騎士としての訓練を受けた者ではなかったそうだ。
そして、フェラルは考えつつ話を続けた。
「そうですね、クラウディアス王国の女騎士にセディルという方がいらっしゃったようですが、今はどうなんでしょうね。
セディルさんの前にも女騎士はいらっしゃったみたいですが、そこはやっぱり召喚王国のなせる業と言ったところでしょうか、
クラウディアスでは比較的普通にいたようですね」
クラウディアス王国は異例の国だったということらしい、それは昔から今に至っても変わりがないことらしい。
リリアリスはさらに訊いた。
「フェラルさんは早くに騎士の座を退いていますよね?」
フェラルは答えた。
「ええ、あの時はお腹の中に子供を身ごもっていましたからね、
ですから、早いうちに騎士の座を退き、愛する人と共に平穏に暮らすことを考えたのですよ。
白銀の貴公子と呼ばれることで、ある意味私の目的も果たしたも同然ですから、
自分の中でもケジメというか一区切りつけたと考え、思い切って辞めることにしたのですよ」
騎士をしながら裏では女性として普通に恋愛をし、退役と同時に結婚したということか。
「夫は平民の男性の方でしたね、とてもいい方でハーブ園を営んでいる方でした」
今彼女らが飲んでいるハーブティーはまさにその縁によるものだったようだ。
「そうなんですね、てっきり女騎士というのが受け入れられないから辞めたのかと思って勘ぐってしまいました――」
リリアリスはそう言うとフェラルはずばり答えた。
「確かにあなたのおっしゃるように、
女騎士というのが受け入れられないと思い辞める決断をしたのは確かです。
妊娠していましたので、そうなっては隠し通すのも難しいことですし。
ただし、それは単に受け入れられないからというのとは違いまして、
将来のことを考えた際に悩むぐらいなら退こうと思ってのことですので……」
反対にフェラルは訊き返してきた。
「それにしても――私のことを聞きに来るだなんて熱心な方ですね、
だからむしろ、あなたがどのような方なのか少し興味がわいてきました、良ければお話しいただけませんか?」
うっ、どうしようか――リリアリスは迷ったが包み隠さず話をすることにした。
「わかりました、お話します。実は私たち、クラウディアスから来たのです――」
それにはやはりフェラルは関心を示した。
「まあ! クラウディアスから来たのですね!
あの国には私も行ったことがあります、とても素敵な国でしたね!
今でもあの美しい景観は保たれているのでしょうか!?」
アリエーラが答えた。
「はい! あの国はとっても美しい国です! 私はとっても大好きです!」
フェラルは嬉しそうに言った。
「そうなのですね! 是非、また訪れてみたいものですね!」
そんな中、フェラルは約一名、どうしても気になっている娘に対して話題を振った。
「クラウディアスはどんな国ですか?」
それは、ここにきてずっとうつむいたままのフラウディアだった、
フラウディアはいきなり話題を振られてドキっとしつつ、なんとか顔を上げて答えることにした。
「あっ、はい! とっても素敵な国です!
それこそ、まるで夢にまで見た桃源郷そのものだと思っています!
私はあの国にいられてすごく幸せです!」
すると、フェラルは笑っていた。他の女性陣は動揺していた。
「まったく、あなたたちは面白い方々ですね。
本来ならもう少し自分たちの国を謙遜――とまでは言わないまでもできるだけ控え目に言うものですが、
あなたたちの感想はまるでクラウディアスの外からやってきた人の感想みたいです、本当は別に故郷があるようですね!」
完全に見透かされていた、恐るべし、白銀の貴公子。
だが、リリアリスもアリエーラも狙って言っていることだったのでこの2人にとっては計算してのことだったが、
横長のソファの女性陣は明らかに焦っていた。
その一方でフィリスはただただ話を聞いているだけで、そういった事については別にどうでもいい感じだった。