これまで穏やかだった海流も激しさを増していく。
「岩礁のせいで海流が普通の波の様相とはどうしても違ってくるのよ。
特にここは岩礁が多いからね、普通の船舶はここを避けて通るのが普通だし――」
しかし、その激しさとは裏腹に船の揺れはほとんどなかった。
「海が結構ひどいのに、これも船の装置の影響?」
フロレンティーナがそう訊くとリリアリスは答えた。
「船酔いする子がいるとちょっとカワイソウだから”マダム・トラスト・コントローラ”を仕込んであるのよ。
この制御装置は誰かが乗っているだけで起動するものだから、手動での切り替えは要らないのよ。」
いつもの得意げな様子は見れずそれだけ操舵に集中しているようだが、その姿勢は頬杖を突いたような感じで余裕がありそうだった。
「ねえ、もう少しでリーフ・セーバー・システムが割り出した航路が途切れそうなんだけど」
と、フィリスはモニタを見ながら言った。
モニタではシステムが割り出した航路を緑色で示しているが、そろそろその終端が見えてきた。
確かに陸地は近くなってきたが、まだ少し陸から離れている感じだった。
すると、リリアリスはおもむろに船をその場で停めると、そこにアンカーをおろし始めた。
「セーバー・システムが割り出したのは航路だけでなく、船を停泊させるのに最適な場所も計算しているのよ。」
こんな場所で船を停める!? 5人は驚いた。いろいろと問題があるがその問題は3つである。
1つ目は船を停泊する位置が海流の激しい位置にあること。
とはいえ、リリアリスの作った船のことだからそのあたりは織り込み済みであり、流されていく心配は多分なさそうである。
そして2つ目は今言ったように陸地が離れていること、上陸地点としては遠い場所なのである。
陸地までは20~30メートルほどはあり、全然届かない。
さらに3つ目の問題として、近そうな陸地の高度が海抜10数メートルはあることで、
上陸できそうになかった、普通の船であれば。
そんな中、フィリスはふと気が付いた。
「あのさ、そういえば確かタラップを強化していたよね、もしかして――」
そう言われたリリアリスはアンカーがちゃんと海の底についたことを確認しつつ、得意げに答えた。
「ええ、そういうことね。
ものは試し、早速”タラップ・ブリッジ・システム”を起動するわね。」
リリアリスはそれを早速起動し、モニタに映っている画面に上陸地点を指示すると、
少しした後にタラップが起動し、その地点に向かってタラップが展開された。
「今の時間差はタラップを出す長さを船が計算しているのですか?」
アリエーラがそう訊くとリリアリスは得意げに答えた。
「ええ。
タラップ・ブリッジを支えるのに必要な支柱の本数も決めていたりするし、
当然、船的にはバランスを取らないといけないから、バラストだけでなく、
反対側にも――」
なんと、反対側にもタラップが少しずつ展開されていた。
それは船の重心を保つために展開しているようだ。
そして――タラップ・ブリッジは陸地へとたどり着いた。
「私は点検していくから5人は先に行ってて。直ぐに行くから大丈夫よ。」
と、リリアリスが言うと5人は頷いた。
「それにしてもよくもまあこんなもの考えるわね、
だけど確かに、接岸が難しければ橋を長くすればいいって訳か――」
それに対してアリエーラは橋を渡りながら言った。
「でも、これって単にシステムの強化だけでは実現できませんよね?
というのも、最初からこのような橋ができるほどの長さや船でなければ――」
そう言われてフロレンティーナは納得した。
「ということはつまり、最初からこういうものを作ることを想定していたってことね。
つまり、彼女にはこの船の作り始めから既に完成形まで見えているってことなのね――」
作るからには徹底して作っているリリアリス、そのあたりはまさに完璧主義のなせる業とも思えた。
「いずれにせよ、リリアはそんじょそこいらにいるような技術者というだけではないのね――」
フロレンティーナはそう続けた。
そして、ブリッジの終点が見えてくると、頭上から何かが飛んできて対岸に降り立った。
それに対してフィリスから的確な突っ込みが。
「あのさ、あんた階段とかタラップとかブリッジとか使ったことないでしょ」
そう、対岸に降り立ったのはリリアリス、得意げに言い返した。
「階段もタラップもまともに使ったことはないけれども、ブリッジぐらいなら渡ったことぐらいあるわよ。」
別に自慢にはなっていなかったが、そのやり取りに他の女性陣は笑っていた。
そして、5人はブリッジを渡り切ると、リリアリスはブリッジについているレバーをおろした。
すると、ブリッジはもちろんマダム・ダルジャンの姿は消え去った。
「こんな場所にこんな船があると目立つからね、船自身に”ミスト・スクリーン・システム”を付けたのよ。」
ここまでくればそのぐらいの機能があるのは誰もが想定できる範囲ではあった。
上陸地点は北西に広がるルシルメアの大陸部分と、南東の陸繋島とを結ぶ陸繋砂州と呼ばれる場所であった。
そのため、右を向いても左を向いても海が望める地形だが、陸地は荒れ地そのものだった。
しかもその陸繋砂州は海抜10数メートルの断崖の上の道を進むことになる。
さらに進むとそこには緑があり、森林に囲まれたヘルメイズ領の入口が見えてきた。
そのまま進むと、左右2つの分かれ道があった。
「右がヘルメイズ領の入口なのは分かっているけれども、左については私も知らないわね。」
リリアリスがそう言うとフラウディアが言った。
「左は”レイゲン洞”と呼ばれるパワースポットがある洞窟がありますね」
レイゲン洞? パワースポット? フィリスは訊くとユーシェリアが答えた。
「この辺りでは結構有名なパワースポットですよ。
それこそ、私のお父さんたちも戦勝祈願にこの地に訪れたことがあるぐらいです。
場所はディスタードのヘルメイズ領に近いとはいえ帝国軍が管理している場所でもないことから、
昔は訪れる人もそこそこにいたみたいですよ」
レイゲン洞はかつてのディスタード王国が観光客を迎え入れようとするための貴重な場所であった。
今は帝国となってそういうことは一切していないが、
レイゲン洞が今でもフリーな場所となっているのは王国時代の名残でもあるということらしい。
とはいえ、最近は帝国領から近いこともあって訪れる人はほぼいないようだが。
「へえ、そういう場所があるのね、なるほど。で、どうせなら行ってみる?」
リリアリスが言うとフロレンティーナが首を横に振った。
「そうね、できれば行ってみたいけど、
残念だけど気軽に行けるような距離にはないから今回は素直にヘルメイズに行ったほうがいいわね」
そう言われたリリアリスは考え直した。
「そうなんだ、結構遠いのね――」
すると、ユーシェリアはあることに気が付いた。
「そういえば旧ランスタッド軍がレイゲン洞を調査した時のデータがガレアにありましたよ!
確かレイゲン洞に入っても何もないとか――詳しいことは忘れましたがそういうデータがあったと思うので、
是非見てみてください!」
リリアリスは少し驚き気味だった。
「そうなんだ? ヘルメイズでなくてランスタッド軍?」
フロレンティーナが答えた。
「元々、ランスタッドがヘルメイズ領の一部だったからじゃないかしら?」
フロレンティーナは海に向かって指をさしながらそう言った。
その指の先には海の中に浮かぶ小さな島があった、ランスタッド島である。
「なるほど、ガレアの前身はヘルメイズのランスタッド島の――
つまり、ガレアの組織はディスタード王国本土の一部ということですね。
だからヘルメイズもランスタッドもディスタード内では穏健派なんですね。」
アリエーラがそう言って話題を締めた。