あれから数日後、剣の修行に明け暮れているフラウディアの元にリリアリスがやってきた。
「あら、精が出るわね、わざわざ修行しなくたって彼氏が守ってくれるハズだろうに――」
それに対してフラウディアはにっこりとしながら答えた。
「そんなの、ダメですよ。
だって、私はスレアと一緒にいたいから修行をしているんですよ♪」
恋する乙女は強かった。そう言われたリリアリスはなんだか気になった――なんだろうこの感じは――
「あれ? どうかなさいました?」
リリアリスがなんだか考え込むようなしぐさをしてうつむいていたため、フラウディアは心配になって訊いてきた。
「うん、ちょっとね。
それはそうと、ひとつだけ気になっていることがあって、フラウディアに訊きに来たのよ。」
それは前々からリリアリスが調べていたことでもあった、それは――
「もしかして、おばあ様の件です?
私から言えることはこれと言って特にありませんが――」
フラウディアのおばあ様とは、フェラル=エスハイネと呼ばれる人物のことである。
リリアリスはなんだか妙にそのフェラルのことについて気になっていたのである。
「多分、全く接点のない人物だとは思うんだけれども――」
リリアリスはそう言った、自分が”ネームレス”という存在であるため、
自分に関するヒントを得たかった、ただそれだけなのである。
「だったら、私の実家に行きます?
残念ながら家の中まで案内することができないのですが、家の近くまででよければ――」
それに対してリリアリスは訊いた。
「家の中を案内できないって、やっぱり――そういうことだよね――」
フラウディアは表情を暗くしたままだった。
そう、フラウディアは本土軍に拉致され、今の姿になってからというものの一度も実家には戻っていないのである、
こんな姿で家族に会わせる顔がない――以前のフロレンティーナと同じ気持ちだった。
「そっか、そうだよねやっぱり。いいのよ別に、無理しなくたって――」
だが、フラウディアは前向きに答えた。
「いえ! 是非、リリア姉様にはエスハイネの丘から眺める景色を見てほしいです!」
フラウディアの実家はなんだか特別な場所にあるようだ。
その日、ある女性がシャナンのもとへとやってきた。
「ふふっ、今日もまたよろしくね、パパ♪」
その女性はそう言うと、シャナンはうろたえていた。
その女性はフラウディアだった、彼女とフロレンティーナは先日の任命式にて、
クラウディアス王国騎士団の王室特務隊員となったのである。
「パパ――」
「いいじゃないですかぁ、パパ♪」
フラウディアは甘えた声でそう言った。
その様を見ていたリリアリスも楽しそうに言った。
「いいじゃないの、パパ♪
こんな可愛い娘にパパなんて呼ばれたら嬉しいでしょ♪」
そういうことじゃなくて――シャナンは苦笑いしていた。
フラウディアを見ながらシャナンは笑顔で言った。
「しかし――まさか、かつての古ディスタード王国が擁していた剣聖・フェラル=エスハイネの血縁の方と共に仕事ができるとは――
世の中何が起こるかわかりませんね――」
フェラル=エスハイネ? リリアリスは訊いた。
「あら、フラウディアの血筋の人ってそんなに有名な大人物だったの?」
シャナンは半ば興奮気味に答えた。
「フェラルの剣の腕は王国一どころかクラウディアス王国の騎士が束になっても敵わないと言われるほどのものでした!
それこそ、言ってしまえば……私なんぞは”蒼眼のシャナン”などという二つ名をいただいておりますが、
あの人はその走りと呼ばれるほどの人物、人呼んで”白銀の貴公子フェラル”と言われれば、
私ぐらいの者の中では知らぬ者はいないほどのお方でありますね!
もちろん、”貴公子”と呼ばれるほどのその風貌も勇ましいものがあり、愛剣”セイブ・ザ・クイーン”の存在共々、
まさに騎士たちのあこがれの的だったそうです!」
リリアリスは間髪を入れずに茶化すように言った。
「なるほど、つまりはシャナンパパみたいな貴公子様だったと。」
シャナンは苦笑いしながら言った。
「いやいや、そんな、とんでもないことですよ――」
シャナンは話を続けた。
「そんな彼でしたが、実は一つだけ大きな秘密がありました――」
それは何か――それについては、フラウディアが答えた。
「古ディスタード王国騎士団は女人禁制でしたが、実はフェラルは女性の方だったのです――」
リリアリスは驚いた。
「ふぁっ!? にょ、女人禁制で女騎士!? ってか、”貴公子”なのに女!?」
フラウディアは続けた。
「フェラルは私のおばあ様です。
おばあ様は華奢な方で、とにかく男性顔負けの才を以て多くを圧倒していた方だそうです。
騎士の座を退き、自分が女であることを明かしてからも彼女に師事する方が絶えなかったそうです。
私には、そんなおばあ様がいて誇りを持っています――」
フラウディアはそう言うが、リリアリスは顎に手を当てながらずっと考えたままの様子だった。
「リリアさん、どうしましたか?」
シャナンがそう言うと、リリアリスは我に返った。
「へっ? ああ、うん、なんでもない。そっか、騎士の座を退いてから明かしたのね――なるほど。
だけど、そんな大人物の末裔に剣を教えていただなんて、私ったらとんだ身の程知らずだったわね――」
リリアリスがそう言うと、フラウディアは首を横に振った。
「そんなことありません! リリアお姉様の腕は私なんかよりもずっと上です!
ですよね! そうは思いませんか、パパ!?」
シャナンパパは頷いた。
「そうですね――リリアさんの腕にはこのエンブリアで敵う者はどこにもいないような気がしますね。
はっきり言って、リリアさんの腕はいい意味で異常です、不思議といえば不思議ですが――すごい力です。
私もリリアさんに師事したいですね――」
「私もです! リリアさん、よろしくお願いします!」
リリアリスは得意げに答えた。
「仕方がないわね。言っとくけど、容赦しなくってよ。」
その夜――リリアリスは5階のテラスで夜風にあたっていた。
そこへアリエーラがやってきた。
「あら、まだここにいらしたのですね――」
アリエーラはそう言いながらリリアリスの隣へとやってきた。
「どうかされましたか?」
リリアリスは言った。
「実はね、お昼ぐらいに面白い話を聞いたのよ。」
リリアリスはその時の話をした。
「フェラル=エスハイネですか、確かに、まるでリリアさんみたいですね!」
アリエーラは楽しそうに言うとリリアリスは頷いた。
「彼女は古王国ディスタードに仕えていた時はどういう気持ちだったんだろうか。
やっぱり、私みたいな感じなのかな――」
それに対してアリエーラは答えた。
「きっとそうですよ!
もう聞き飽きたかもしれませんが、いつも自信たっぷりで、得意げで、腕っぷしも強い頼もしい人!
そういう人だからこそ、頼りにしたいし、頼られてみたいです!」
リリアリスは悩んでいた。
「どうだろう――フェラルはそうだったのかな?
それに、騎士を辞めるにしてはだいぶ若いうちから退役しているみたいだしさ――」
そう言われるとアリエーラは複雑な気持ちになった。
さらにリリアリスは立て続けに言った。
「でも、彼女が辞めても師事しに来る人がいたってことは腕もよかったし人も良かったってことなんじゃないかなって思うのよ。
フラウディアのあの人柄からしても、そのあたりは確かだと思うんだけれども――」
だけれども――リリアリスには何やら腑に落ちないところがあったようだ。
「リリアさん?」
アリエーラはリリアリスの顔色をうかがうや否や、心配していた。
「だって、あのディスタードのことだしさ、とくればやっぱりさ――」
リリアリスがそう続けると、アリエーラは胸に手を押さえながら何かを考えていた。
「フェラルさんに対する嫌がらせがあったのではないかと、そういうことですか? 確かにちょっと気になりますね――」
リリアリスは話を切り上げた。
「まあ、今考えていても仕方がないんだけどね、とりあえず、さっさと寝よっか――」
アリエーラは頷くと、リリアリスと一緒に5階の2人の寝室へと赴いた。