ディスタード帝国軍を退けてから間もない頃――
「よし、これで終わりね、システムは全部クリアー、安定稼働しているみたいね。」
例の会議室内でシステムのチェックとメンテナンスをしていたリリアリスはそう言いながら立ち上がった。
「終わったな、もともとああいう使い方する予定じゃないから時間をかけるのも仕方がないよな。
ところで、さっきスレアがあんたのこと呼んでいたみたいだぞ?」
ヒュウガはリリアリスにそう言った。
「え? スレア? どうしたんだろ――」
ネグリジェに着替えてカーディガンを羽織っていたリリアリス、まさに美人!
下手に行動せず、口を開かなければ完璧な美女といってもいいのだが、それでもやっぱり安定の残念な美女である……。
それはそうと、5階のテラスに立って左手を腰に当てたまま南の海を眺めていた。
「やれやれ、やっと静かになったわね、そうは思わない?」
リリアリスはテラスに来ていたスレアにそう言った。
「まあな――」
すると、リリアリスは態度を改め、スレアと一緒に4階のスレアの部屋へと赴いた。
その道中、話をしていた。
「私のこと呼んでるって言うから、わざわざこっちから呼び出しちゃったよ。」
「あの時はリリアさん忙しかったからな、むしろ、こっちのほうこそ悪かった」
「いいっていいって、気にしないのよ。まあいいから、さあ入った入った。」
リリアリスは何故かスレアの自室なのに彼を促した、と言ってもいつものことなのでどうでもいいが。
そして、部屋の扉を閉めるとスレアはイスに座り、リリアリスは机の上にそれぞれ腰を掛けた。
「さてと、問題がありそうね。」
リリアリスは腕を組んだが、悩みながらそう言った、問題?
いや、スレアとしてはそんなつもりで呼び出したわけではなく、
どうしても相談したい内容があったのである。
「こういうのはリリアさんにしか相談できない内容と思ってな、だから――」
リリアリスは頷いた。
「わかった、とりあえず言ってみなさい、今は何も言わずに聞いてあげるから。」
スレアは意を決して言った。
リリアリスはスレアの辛い胸の内を聞いていた。
それに対してリリアリスは目を閉じて手首を頬に当てながら何か考えているような仕草をしていた。
「やっ、やっぱり俺ってなんか変か!? 確かに、変なことを言ったのは認めるけれどもさ――」
スレアは心配しつつも真剣に訊いた。
リリアリスはそのままため息をつき、話をし始めた。
「いや、実はそんなことなんじゃないかと思って悩んでいたところなのよ。」
ばっ、バレていた!? 悩んでいた!?
しかし、スレアを見てそう思っていたのは流石リリアリス、スレアもそれには敵わなかった。
だが、リリアリスがそう考えたのは単にスレアの態度や表情だけということではなかった。
「私としてもほとんどお目にかからないケースだから、今回の場合は何が正解なのかわからなくてね――」
どういうことなのだろうか、スレアはリリアリスに訊いた。
「言おうが言うまいが同じことだからこの際はっきりと言うわね。
あんた、フラウディアの誘惑魔法を取り込んだ状態が続いている。」
えっ、それはどういうことだろうか、スレアは訊いた。
「フラウディアさんの誘惑魔法って彼女、解いたんじゃないのか?
もしかして、俺はまだ彼女の術中にはまったままだとでもいうのか?」
リリアリスはため息をつきながら言った。
「説明が難しいけれども、簡単に言えば……
フラウディアはすでにあんたへの誘惑魔法は解いているハズなんだけれども、
それでもあんたはフラウディアの術中にはまったままってこと、まさに今、あんたが言った通りの状態そのものよ、
それが起こる主な要因としては、強力な誘惑魔法で長期にわたって術中にはまったままでいると、
術者に依存して抜け出せなくなるっていうことがあり得るんだけれども、
あんたの場合はそれとは違って、受けた術は強力は強力だけれども、
短期間の事でしかないから本来ならそんなことは起こりえないのよ。」
自分はイレギュラーな状態なのか、スレアはそれをすぐさま悟った。リリアリスは続けた。
「でも、何事も例外はつきもので、受けた術が強力と言っても、長期と言っても、
それが具体的にどの程度が”強い”とか、どの程度が”長い”とか、
受ける側の力や術者との相性にもよるところだから一概には言えないのよね。」
そうなのか、スレアは納得した。さらに質問した。
「で、それによる弊害って何かあるのか?」
リリアリスはズバリ言った。
「いやいや、大アリでしょ。
今言ったでしょ、フラウディアのことが頭から離れられないってさ。
なんだか知らないけど、気が付いたらフラウディアのことばかり考えていて、
私目から見てもあんたはフラウディアのことが気になって気になって仕方がないことは一目瞭然だったわね。
だって、最近はいつも彼女に見惚れているでしょ?」
スレアは図星だった。完全にリリアリスに見透かされていた。
実際、彼女にお姫様抱っこをした理由もそういうところにあった、
あの時はとにかく彼女に触れたくて触れたくて仕方がなかったがための事だった。
リリアリスはさらに続けた。
「あと、症状としては多分……そもそも彼女の声を聴くだけでも嬉しいだろうし、
彼女の姿が視界に入るだけでも幸せになると思う。
目を瞑っただけでも彼女の姿が浮かんでくるだろうし、話しかけられようものなら――たまらないでしょ?
それこそ、これから寝ようものなら彼女は名前の通り、
夢の中にまで出てくる夢魔妖女様としてアンタのことをさらに幸せにしてくれる……って、
毎晩お祭り状態が続いているんでしょ?」
スレアは図星だった、そこまで言われたらもはや顔を真っ赤にしたままうつむくしかない。
実際、寝ているとフラウディアの声が頭の中から聞こえてきて、
彼女は自分を幸せにするためにやってきてくれていた、抗えぬ男のサガ……スレアは連日連夜お祭り状態だった。
「それはまさに全部誘惑魔法を喰らって術中にはまっている状態以外の何物でもないと言っても過言ではない状態ね。
具体的には誘惑魔法の効果って食らっている当人の意思に依存するから確かなことは言えないけれども、
それでもそこまでの状態になっているということは――十中八九そうだとしか言えないと思うわね。
だけど、彼女は既にあんたとはそのつながりを切っている……誘惑魔法を解いているハズの状態なのよ。
それがどういうことだかわかる?」
フラウディアは求めていないのにスレアは求めている状態という、早い話、相手とはチグハグな状態なのである。
なるほど、それでは相手にとっては迷惑な話にしかならないかもしれない。
「じゃあ、俺はどうしたらいい? 事と次第によっては、俺はフラウディアさんを――」
リリアリスは悩んでいた。
「そうね、どうしたらいいかしらねぇ、プリズム族に頼んでみようかしら?
まーたお母様あたりに相談するしかないわねぇ――」
そのララーナと娘のシェルシェルだが、ガレア軍がこちらに来た際にラブリズへと戻っていた。
「まあいいわ、早いうちになんとか考えておくから、それまでちょっと待ってて頂戴な。」
リリアリスは悩んでいた。
リリアリスはアリエーラと一緒の寝室に戻ってくると、なんだか違和感を感じていた。
「あら? 誰か来たの?」
アリエーラは言った。
「あっ、リリアさんおかえりなさい! お茶でも入れましょうか?」
「いや、もういい、なんだか急に疲れちゃった気がするからもう寝ましょ。それより、誰か来たの?」
「はい、先ほどフラウディアさんがいらっしゃいましたよ。」
フラウディアが!? リリアリスはアリエーラに訊いた。
「へえ、奇遇ね。彼女、どうかした?」
まさに彼女の話をスレアとしたばかり、何とも奇遇な話である。
すると、アリエーラは小さな声でリリアリスに言った、この部屋にはほかに誰もいないはずなのだが。
「そうなの!? だったらちょうどいいじゃん、だって――」
リリアリスはやはり小さな声でアリエーラに言った、改めて言うが、この部屋にはほかに誰もいないはずである。
「あらまあ! それは素敵じゃないですか!」
「でしょ! なーんだ、スレアのこと心配して損しちゃったわね。
こーなったらむしろ全力でスレアをサポートするしかないわねぇ。」
リリアリスは得意げだった、アリエーラも楽しそうだ。