ある日――
「クラウディアス有事法? 誰がそんなものを――」
アリエーラにそんな話を聞かされたリリアリス、疑問をぶつけた。
「はい、名前はレンドワール、254代のバルテス……リアスティンさんのお父上の頃からの臣下の一人ですね――」
「バルテスの頃から? ローファルとか、そういったのが暗躍していた時期ってことでしょ?
かなりの重鎮ってことになりそうね、後で調べておくわ。」
「それよりこれ、どうしましょうか――」
「どうするって、そんなのダメに決まっているでしょ、即刻廃案よ、廃案。
クラウディアスには衛兵だっているんだし、騎士団だってあるわけだし、
それこそ今やハンターにも協力してもらえるんだから、
戦いなんてものに縁のない民にまでそれを強制しちゃダメよ。」
そ、そうですね――アリエーラはそう言いながらその紙に”不認可”の判を押した。
ところがそれから数日後――結局、2人はレンドワールをクラウディアスに呼び出して話をした、何故なら――
「あんたがレンドワールね?」
「そうだが――なるほど、お前たちがクラウディアスに新しく来たという連中か」
いきなり対立しようという姿勢だった。
「悪いけど、クラウディアスにはこんなことを許して通せるほどの国力はないのよ、わかるかしら?
それなのに4回も――いくらなんでもしつこくないかしら?」
リリアリスは1枚の書類をそのままレンドワールにつき返した。
そこには”クラウディアス有事法(再考3)”と書いてあった、
つまり、最初に不認可となってからというものの、再考案として3回提出していたのである。
するとレンドワールは反論してきた。
「何を言っているのだ?
それこそ、クラウディアスの一般の民の数のほうが兵隊や騎士の数よりも勝っていることは火を見るよりも明らかだ。
つまり人手の数で言えばその方が効率的……なのに何故だ?
私は至極真っ当なことを言っているだけなのだが、不認可の判を押す前に議論の余地があってもよいのではないのか?」
リリアリスは得意げに言い返した。
「議論の余地? こんな紙切れの……トイレの紙程度の価値になるしかないような内容のどこに議論の余地があって?
しかも無駄に大きな紙に……資源の無駄遣いが許されるとでも思って? いいかしら?
確かに、あんたの言うようにクラウディアスの一般の民の数のほうが多い、それはわかるけれども、
だからといって戦いに不慣れな者だらけなら数だけあったって仕方がないわよね?
あなたはそのことをお忘れじゃないかしら?」
レンドワールはため息をついていた。
「これだからよそ者は困る。
エミーリア陛下も、どうしてこのような何も知らぬ素人のよそ者にこのような重大な役を押し付けたのだろうか、
誰への相談もなしにいきなり――私には全く理解できませんな」
それに対してリリアリスはやっぱり得意げに反論した。
「私にはあんたみたいな無能に――おっと、これは失礼。
どうしてあんたみたいなクラウディアスの民のことを知らないやつにクラウディアスの臣下が務まるのか理解に苦しんでいる状況よ。」
「ほう? これは異なことを? 私とて、クラウディアスの民の一員ですぞ?
それに私はただ、クラウディアスのことを思うが故に――
先日のアクアレアでの戦いでもクラウディアス軍はディスタードに上陸を許し、
アクアレア・ゲート直下までの侵入を許したというではありませんか?
確かに、あの時は”たまたま運が良かった”からディスタード軍を撃退することができたのかもしれませんが――
次は運で解決できるとは限りませぬぞ?」
「あら、何を言っているのかさっぱりわからないわね。
あの時は”たまたま運が悪かった”からディスタード軍が侵入したのよ、
だって、本来であれば連中はゲート直下まで来れるハズがないもの。
そう、ここは世界が認める”強国クラウディアス”だもの、どっちが稀なケースなのか――言うまでもないわよね?」
リリアリスは書類を風魔法で右手に引き寄せると、レンドワールは驚いた。
「まあいいわ、何を言ってムダなようね。こんなもの、判を押すまでもないわ――」
リリアリスはその紙を右手で持つと、右手は炎魔法に包まれ、紙は勢い良く燃え尽きた。
「いいこと? こんな、何もないよりゴミよりマシとしか言えないような低次元なことを考えている暇があったら、
もっと”クラウディアスのためになること”を考えなさいな。そしたら議論でも何でもしてあげるわよ?
わかったらさっさと帰って仕事しなさいな、税金の無駄遣いは許されないわよ。」
言われたレンドワールは捨て台詞を吐いた。
「くっ、これだから素人のよそ者は――クラウディアスの未来が思いやられるな――」
そしてレンドワールが去った後、アリエーラは――
「すみません、あの人ああいう人ですから――あの人苦手です。
話をしてもまったく聞く耳を――」
リリアリスが首を横に振った。
「いいよ、ああいうのは私に任せておきなさい。
こう、きつく言わないとわからないからね、ああいうのは――もっとも、言ったところでわかろうとしないでしょうけど。
いずれにせよ、これぐらいの態度で臨まないとナメられるよ、特に私らみたいな”素人のよそ者”はね――」
なるほど、アリエーラは納得した。さらに疑問をぶつけた。
「あの人、ローファル派かなんかでしょうか?」
リリアリスは考えながら言った。
「恐らく、最大派閥のローファル派の陰で機を待っていた勢力、言うなれば第2のローファル勢ね。
ローファルよろしくクラウディアスの王制制度の穴をついて王国を裏から牛耳ろうと画策していた連中だったみたいね。
これまでクラウディアスの表舞台を若造ばかりが担っていたところでなんで表に出てなんやかんやしなのかと思ったら、
クラウディアスでは”暗躍”ってのが流行っているみたいで、
知らず知らずのうちにローファル勢……というより、グラエスタの貴族たちが優位になるような仕組みになっているみたいなのよ。
だから表立ってなんやかんやすると不用意に目立つからあえて目立たないところから、
つまり”暗躍”することでリスクを避けつつ牛耳ることができるって言う仕組みを作ってしまっているみたいなのよね。
だから叩けば叩くほどどんどんいろんなことが出てくるけど――これは一筋縄ではいかなそうね。
ということはつまり――少なくともクラウディアスが荒れることは間違いなさそうね。」
リリアリスらが来るまでは表舞台を若造ばかりが担っていた裏で重鎮が”暗躍”していたおかげでクラウディアスが成立していたという皮肉な一面もあったということでもある。
しかし、此度のリリアリスの行動により、クラウディアスが揺れ動くことは想像に難くないだろう。
そして後日、レンドワールが自らクラウディアス城へとやってくると城の一室へと促された。
その部屋の壁はマジカル・ミラーとなっており、アリエーラたち他数名は傍観室からそれを傍観していた、
ある意味取り調べ室のような感じである。
「本日は例の”アクアレア・ゲート戦行法”について異議申し立てをしにまいりました。
本件、私が法案を通そうと試みてからというものの、
こちらでの状況がさっぱり読み込めないのですが、どうなっているのでしょうか?」
リリアリスはレンドワールの対面で脚と腕を組み、
イスの背もたれに気持ち反り返り気味に寄りかかった大きな態度で堂々と座り、その場に臨んでいた。
「特に何も。
認可されているわけでもなし、不認可でもないし、要するにそう言うことよ。
それなのに異議申し立てだなんて――普通は結果を以てからの異議申し立てじゃあないのかしら?
だからわざわざ何をしに来たのかさっぱりわからないわね。」
それもそうだった。
しかし、この件がレンドワールの手元から離れてからはや半年になる、
遅くても3か月後ぐらいには結果が出ていてもおかしくはないハズなのに、それがこうでは――