”エクスフォスの魔王”を名乗るロバールを倒し、
ガラディウシスの残党も駆け付けてきた後続のエネアルド軍によって壊滅した。
そして、ブリンダと対峙していたハズのテツと、そして、バディファ――多くの犠牲を払ったが、
彼らを弔うため、遺体をエネアルド本島へと移送した。
ちなみに、テツの娘であるユイは誘拐されておらず、無事だった。ハッタリだったようだ。
しかも、ガーティもクラウディアス師団の治療の甲斐もあって何とか一命をとりとめた。
あれから数日後――アーシェリスはガレアのアール将軍がいる応接室に呼び出されていた。
応接室は書類などの仕事道具が山積しているようだが、どういうわけかその仕事道具にあちこちに血が飛び散っていた。
将軍の執務室は封鎖されているようで、代わりにここで仕事をしているということらしい。
そして、何故か応接室の内装はビニールで覆われていた。
「エクスフォスが忌まわしき者?」
アーシェリスはロバールが言っていた”忌まわしき者”の話をしていた。
そういえば、帝国で閲覧していた資料室にも”忘れてはならない、あの忌まわしき出来事を。
しかし、忘れてしまおう、我々の存在意義を”という記載があったので、それを引き合いにして訊ねていた。
「それについては調べたこともあったけど、実はよくわかっていないんだよ。
だけど、そんな記載もあれば、ガラディウシスなんていう物騒な集団が今頃再燃するとかのっぴきならない事態が発生しているのも事実、
そもそもエクスフォスが何者かっていうところから理解しておく必要があるようだね。」
だけど、その答えが一族を滅ぼさなければいけない事実だなんていうことは認めたくはない。
それと、アーシェリスはアールに例の剣について鑑定をお願いしていた。
鑑定というよりか、整備というか、手入れというべきか――ともかくそれは、エネアルド政府からのお達しでもあり、
それがどういうわけか、アール側から直接話がしたいということで、
面識のあるアーシェリスが代表して結果を聞きに来ている状況だった。
その剣というのはもちろん”魔剣グリフォン・ハート”のことである。
ロバールに持ち去られ、使用したことである程度損傷している、その修理をアールに頼んだのである。
このような代物、きちんと整備できるのはアールぐらいのものだろう、
エネアルド政府を含めて満場一致だったため、今はアールのもとにあった。
しかし――
「残念だけど、やっぱり私にはできないようだ。だから、そのまま返すしかないね。」
なんでだよ! あれだけ武具の作成・修理スキルに長けたやつなのに、できないなんてどういうことだよ!
アーシェリスはそう言わずにはいられなかった。
「いやいやいや、これは意地悪でも何でもないんだよ、しいて言えば、剣のほうが私に意地悪をするから、とでも言うべきか――」
どういうことだ? すると、アールは傍らに置いてあった剣――鞘に収まっている”魔剣グリフォン・ハート”を取り出した。
「口で言ってもわからないからね、キミは。
それに、口で説明するよりも実際に見た方が理解も早い。応接室にビニールを敷いて正解だったよ。」
アールは息をのみ、そして、意を決したかのように、”魔剣グリフォン・ハート”を鞘から引き抜いた。
すると、”魔剣グリフォン・ハート”は突然、強力なオーラを発し、そして、そのオーラは――
「こういうことだよ、わかったかな?」
なんと、そのオーラがアール本人に襲い掛かり、アールの身体を切り裂いたのだ!
アールはすぐさま剣を放り投げたが、顔と腕に大きな切り傷を作ると、おびただしい流血が――
「幸い、私は精霊族で治療も上手なほうだから、傷はすぐに塞がるし跡もほぼ残らない。
が、剣が私を拒否しているようだ。だから、こいつは私の手には負えない。
申し訳ないけど、諦めてくれないかな?」
すると、アールはその場にうずくまった――本当に大丈夫か!?
アーシェリスは慌てて駆け寄ったが、アールは流血のせいでうずくまったわけではなかった。
床に滴り落ちた血を、敷いてあるビニールをはがしながら包むように始末し始めていた。
「本当は”グリフォン・ハート”をまた抜くのをみんなに反対されたんだ。
だから悪いけど、今のは内緒にしてくれないかな?」
将軍の部屋が封鎖されている理由、そして、仕事道具にも血が飛び散っていた理由、
それは、こいつの血が、部屋の内部に飛び散ったからのようだ。
それが表すかのように、この応接室にもビニール越しにあちこちに血が飛び散っていた。
アールは自らが”グリフォン・ハート”を再び抜いた証拠を隠滅するためか、
ビニールを早々に回収し、傍らに置いてあったバケツの中に放り込んでいた。
「な、なんか、悪かったな――」
アーシェリスはアールに謝った。
「いやいや、こういうこともある、特にいわくつきの代物となると猶更ね。
となると、この剣を平然と触れられる、つまり、修理できる人間もおのずと限られる、
エクスフォス以外は無理という可能性もあるわけだ。
そういうわけだからその剣、放り投げたままで申し訳ないけど、その形で返すことにするよ。
下手に触れるとまた大けがするし、そして、触れている間はどうやらこの傷の自然治癒力まで衰えてしまうようだからね。」
それでは仕方がない、アーシェリスは放り投げられた”グリフォン・ハート”を拾い上げ、そして、
アールから手渡された鞘に納めた。
「なあ、それにしても、その傷、本当に大丈夫か?」
しかし、アールの傷はすでに塞がっており、流血はなくなっていた。
「うん、今回は早めに剣を手放したし、
前もって準備もしていたから執務室のときよりも被害が小さく済んだから、多分大丈夫だと思うよ。」
アールは残りのビニールもすべてはがすと、すべてバケツの中に放り込んでいた。
同時にバケツの中に炎の魔法を放り込み、ビニールを消し炭に変えていた。
それにしても、剣も忌まわしき剣――エクスフォスとは一体何者なのだろうか。
アーシェリスは”グリフォン・ハート”の柄を握っていたが、特に剣が拒んでいる様子はなく、
触れていても平気だった。
アール、つまりリファリウスが無理となると、彼の言うように、リリアリスあたりも同じ理由で無理なのだろう。
頼んでみる価値はあるかもしれないけれども、リファリウスがあんな風になるのを見てしまったからには、
あまり冒険したくない、やっぱりやめておこうとアーシェリスは考えた。
エネアルド政府側にはこの事情を説明し、修理を断念するということで報告することにした。
こういうことであれば仕方がない。
まあ、”魔剣”っていうぐらいだから、これ以上は人知を超える何かがそれを妨害しているということで、
納得してもらうしかなさそうだ。
ただ――気になるのは、リファリウスはただ修理できなかったのではなく、”やっぱり”修理できないと言ったことだった。
そう言った背景として、いつものようなただの意地悪かと最初は思っていたのだけれども、
あの光景を目の当たりにすると、そういうことでもなさそうだった。
だったら何故あのようなことを言ったのだろうか、それを考えるのが少し遅かったようで、
今はもうすでにガレア軍の輸送船の上、すでにガレアを経った後だった、いずれ再会した時に訊かなくては――
そう思って少し後に訊いてみたのだが、剣からそういう殺気を感じただけというだけの話だったということで、
特にヒントになりそうなことでもない感じだ。いや、またしてもはぐらかされただけだろうか?
とはいえ、本人もあの剣で血の海を見たのだから、思い出したくもないという可能性も考えられる。
もっとも、アールがそう言うことを気にする性質なのかはわからないけれども。