エンドレス・ロード ~ティル・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド~

エクスフォス・ストーリー 第3部 決着へ 第5章 深みへ

第64節 戦争へ……

 それからさらに数日後、クライド邸にて、とある女性が訪ねてきていた、それは――
「よう! 元気しているか!?」
 誰だったかな、アーシェリスは少し考えた。 その人は、クラウディアスにいた時、ティレックスらと一緒に軽く修行していた時のことだけれども、 その際に修行相手ということでアーシェリスとティレックスをコテンパンにのしてきたうちの一人である。 本来であれば修行相手ぐらい覚えていそうなものだけれども、あまりにいろんな人からコテンパンにされすぎて、 逆に覚えていなかった――
「フェレアって娘、この家の娘か?」
 しかし、その女性の特徴的なブロンドの髪と白衣を見て思い出した。 この人は、ティレックスが”薬剤師のイリア”だと言っていただった。 歴戦の勇士ではあるが、アーシェリスは名前だけはしていても、実際にどんな人かまでは知らなかった。

 フェレアに用があるということで、2人はそのままアルザード邸へと向かった。 ところが、その玄関へと飛び出してきたのはクレンスだった。
「あれ? フェリオースは?」
 アーシェリスはクレンスに訊いた。
「フェリオース君ならラスナ先生のところだよ。どうかした?」
 フェリオースに用事があるわけではないのだけれども、家の人間が出てこなかったので気になっただけである。 一方クレンスはフェレアが心配なため、一緒についている事にしていたのである。
 それよりも、のちにリファリウスに紹介された医者であるイリアを連れてきたことを言うと、 3人でフェレアのいる部屋へとやってきた。 フェレアは体力をひどく消耗しきっていたようで、自室のベッドの上で横たわっていた。
 すると、イリアは彼女を診察し始めた。 これまでずっと捕虜として捕まっていたうえ、最後にあれほどの大技をロバールに向かって放ったんだ、 フェレア気を失うように眠っていた、無理もない。
「こいつは――多分、声帯がやられてるね、一生しゃべられないかもしれんな――」
 そうは思ったけれども、悪い予感が的中した。そんな、そんなことって――
「残念ながら今の科学では手の施しようがない、 この娘に関しては訊いた限りだと生きているだけで充分なレベルだと言えるだろう。 そうだねえ――ちょっとあの娘と相談してみるかな――」
 あの娘とは?
「ああ、こっちの話だよ。さてと、ちょいと一服してもいいかい?」
 一服とは? すると、イリアは白衣の内側に忍ばせているベルトポーチの中から、 化粧ポーチらしきものを取り出し、その中から特殊な形状をした煙草……恐らくキセルと、 それからライター、そして、なんらかの薬草が入っている袋を取り出していた。 一体何なのだろうか、3人が不思議そうに見ていると、イリアは答えた。
「こいつは持病の進行を抑制するための薬さ。 ただ、こいつがとんでもなく不味い薬でね、だからヤニと一緒に摂取するのさ」
 イリアはおもむろに煙草をくわえながら薬草をすりつぶしはじめ、  それを煙草の葉と調合した後にキセルにのせ、火をつけた。
「その薬草って、アセラス・テネートですか?」
 クレンスは訊いた。
「そう、正確にはアセラス・テネート・エルガだ。 ”エルガ”って付いているやつと付いてないでは、まず美味いか不味いかで別れている」
 アセラス・テネート・エルガ? あんまり聞き慣れない薬草だった。
「随分昔の”アルデード”地方で発生した疫病での話だ、当時は”グラナック病”と呼ばれていた難病、わかるかな?」
 アルデードというのはエダルニアの北西にあった国で、 当時のエダルニア軍が辺境の町”グラナック”で化学兵器を使ったことで”グラナック病”と呼ばれる病気が蔓延した。 症状としては身体能力が著しく低下し、そして、心身ともにボロボロになるといわれる今世紀最惡と言わしめる奇病、 アーシェリスたちはそういう歴史があったということだけは学校で教わっていた。
「アタシはそのグラナック病患者を助けるため、日夜薬を開発し続けていたんだよ」
 しかし、その病気が発生したのって、50年ぐらい前の話だったハズ、 それにしては、イリアの見た目は若い気がする、なんだか不自然だった。 精霊族か何かということも考えられるけれども、 医者というか、薬剤師というある程度の学を積む必要のありそうな職業であることを考えると、 イリアの見た目はあまりにも若すぎる気がしていた。
 それこそ、イリアと言えば、先にも言っていたように”薬剤師のイリア”という名で通っている実力者、 通り名があるということは歴戦の勇士の一人ということであるため、そのわりにはやはり非常に若い気がした。
「これはグラナック病の試作治療薬の副作用のせいさ。 薬を作ったからには人体に使って効果を確かめないと有効かどうかわからんからね。 そんで――まあ、失敗したんだけど、失敗したために、そん時はあらゆるものを吐いて意識を失っちまった。 次に気が付いた時は身体が幼児化寸前のところまで若返っちまっててびっくりしたもんだ。 つまりグラナック病とは正反対の状態、言うなれば”若返り病”にかかっちまったってわけさ。 まあ、あたしゃ老化が早く進行するぐらいなら若返りを選ぶけどね」
 確かに、女性としてはわかる――気がしなくもない。
「原因は純粋にグラナック病の進行とは正反対の効果を及ぼす薬の入れすぎってところさ。 何事も過剰じゃあいけないんだよ。 だけど、過剰に入れすぎたためにこうなっちまった、いくら若返りと言ってもいずれかは身を滅ぼすことになるだろうね。 だから、若返りの症状を抑えるべく、アセラス・テネート・エルガを摂取して、何とか生き永らえているってわけさ」
 ところが、その薬の需要がほとんどなく、需要がなければ効果的な摂取方法も確立されていないため、 イリアはクソ不味い不味い言いながら大好きなヤニと一緒に摂ってるのだそうだ。
 それはそれで大変だが、 彼女のその功績が幸いし、名医として知名度をあげ、歴戦の勇士としても名を馳せた結果、 ”薬剤師のイリア”という名で通ることになったようだ。
「それにしても、またエダルニアの話が出たんだな、あの時も酷いもんだったけど、 今度はガリアスってやつがトップに立ってなんかしでかそうとしてんだろ?  言っとくけど、正直、あの国はろくな国じゃあないよ。 リファにも言っといたけど、今のガリアスがなんかやらかすその前に芽を摘んどいたほうがいいよ」
 確かに、化学兵器とか持ち出すのは倫理的に大いに問題がある、まさに外道。 エダルニアのエダルニウス軍が動く前になんとか手を打たないことにはいけないということらしい。 いや、動きと言えば確か、既に動いているような気もしていたけど、果たして、どんなことが起きるのだろうか。 世界はあの忌まわしき出来事、つまり、再び戦争の時代に突入してしまうのだろうか。