ラミキュリアがガレアに来るよりもずいぶん前の話――
「ガルバート軍もなかなか諦めないね。」
それは、ルシルメアでアール自ら戦いの指揮をしていた時の話である。
「うざいな、とにかく遠距離ミサイルをバンバン打てばいいってもんじゃないだろ? どうなっているんだ、あいつらは――」
エイジはアールと一緒に作戦に参加していた。
「恐らく、最後の抵抗だろう、攻撃リソースを最後まで使い切ってこちらに悲鳴を上げさせる作戦といったところか、
余程このルシルメアを落としたい、落として、ディスタードに進行したいのだろう。」
「なんだよそれ、あいつら、仮にルシルメア落としたところでディスタードまで持つのか?」
「持たないだろうね。むしろ、自分たちの役目はここまでで、あとは他の国が代わりによろしくってところだろう。
よっぽどディスタードが気に入らないんだろうね。」
そう、ディスタードには敵が多い、それを承知で敵のガルバート軍は捨て身の作戦で臨んでいるのだろう。
「でも、この攻撃に受け身の体勢じゃあこちらとしても持たないのも事実だぞ、何とかならないのか?」
すると、アールから妙案が。
「うん、確かに、このままだとルシルメアが危ないのもまた事実だよね。
だから、ここはとある女性に指揮を全面的にお願いすることにしたんだ。」
とある女性? 誰だそれ? エイジは訊き返すと、アールは「まあまあ、そう慌てずに。」と言って話を打ち切った。
それから待つこと数分後、輸送車両がやってきて、その中から貴婦人風のドレス姿のお嬢様が出てきた。
「え? まさか、この人がそうなのか?」
エイジがその女性を見ながらそう言うと、
その女性はドレス姿からは想像もできないような軍人らしい勇ましい敬礼で、アールとエイジに挨拶した。
「アール将軍! エイジ補佐! 大変お待たせいたしました!
本日をもってディスタード本土よりガレア管轄へ異動を命じられました、
ジェレイナ=ランドブリームス、ただいま到着いたしました!」
その迫力に圧倒されたエイジとは裏腹に、アール将軍は答えた。
「やあ! 遠路はるばるお疲れ様! 評判通りの勇ましさはもちろんだけれども、
ランドブリームス家のご令嬢様というだけあって、やっぱりドレス姿も美しいね!」
そう言われた彼女は顔を真っ赤にして照れていた。
「にしても、何故ドレス姿?」
エイジの疑問はもっともだったが、それに対してアールが答えた。
「だって、女性らしいじゃん? それに、何といってもキレイで美人だし。
やっぱりガレアはね、これまでのディスタードの常識を打ち破る方向で行きたいんだよ。
それを意識させたいから、あえてランドブリームス家のご令嬢様にはこの格好でと頼んだんだよ。」
しかし、彼女は――
「で、ですが、私は軍人、何せ、このような格好は普段からあまり着慣れていないので――」
と、遠慮がちにそう言った。
「あ、うん、いいよいいよ、別に。
ずっと着てろと強制するつもりはない、自身が一番能力を発揮しやすい恰好でいてくれた方が私としても安心だ。
ただ――やっぱり、すごく似合うよね、様になっているというか――とにかく美人だよね。」
あまりのベタ褒め振りに、ジェタもその気になっていた。彼女は顔を真っ赤にし、照れながら答えた。
「ま、まあ、言ってもこの恰好が嫌いというわけではないので、イベントなどでしたらこの恰好をしてもいいかな――」
それに対し、アールは――
「それならちょうどいいや!
だって、今後はうちの管轄の総隊長をやってもらう予定だから、
今後、大会議などでの出席があるようならその格好で出てもらおうかな!」
そう言われた彼女、私がガレア管轄の総隊長!? そっちのほうが驚きだった。
そう、彼女は名前はジェレイナだが、彼女こそが後のガレア管轄の総隊長を務めることになるジェタその人である。
「経歴も十分だし、人となりもこの通り。
本土軍では女性兵士ということで閑職に飛ばされたり、活躍を妬まれたりセクハラだかパワハラだか受けたりと、
散々な目にあって冷遇されたまま埋もれていたけれども、私はジェタさんの実力を高く買うね。
それに、ジェタさんの実家はガレアにあるから、
うちで仕事した方がジェタさんとしても親御さんとしても目の届くところにいた方が安心ってもんだ。
だから、本土軍に参加していたころの”アンチ・エアー”と呼ばれた対空効果術の作戦を今ここで発揮してくれることを私は祈っているよ。」
ジェタの責任は重大だった。
「”アンチ・エアー”? 対空効果術?」
エイジはそれを言ったアールに訊き返した。
「彼女のデータは、対空戦車や対空ミサイルと言った対空兵器の扱いと歩兵合戦の指揮が得意で、
小隊長を務めたことがある実績があるんだ……まあ、それが原因で女のくせにみたいなこと言われたんだけど。おかしいよね。
しかも、今まさにこの場を脅かしている遠距離ミサイルからの被害も相当減らせる防衛術にもたけているときたもんだ。
見方を考えれば、間接攻撃兵器や昔にあった空軍機からの被害を最小限に抑えて戦えるという、
まさに防御向きの戦術が得意で、今回のこの状況にマッチした使い手と言っても過言ではないだろうね。」
ちなみにその”アンチ・エアー”というのは対空戦車と呼ばれる兵器の異名でもあった。
まさにジェタ向きの兵器である。
「私は――お屋敷のお嬢様として育てられ、
そして、自分の屋敷がガレア地区の高地にあることからいつも空を眺めていました。
青く広がる大空、夕暮れには真っ赤に染まり、夜は真っ黒の中に光る星々の瞬き――」
だけど、そんな空の表情を脅かす存在がいないわけでもなかった、戦争の道具と空を飛ぶ魔物だった。
幼少期から見てきたそれらの存在は、お屋敷のお嬢様の目にはよいものとして映るものではなかった。
「彼女は自分の大好きな空を脅かす存在が許せなかった、
軍人となり、幼少期に見たトラウマに近いそれを滅し、あるべき姿を取り戻すため、
自分の力で解決する方法を選んだ、それが今のジェタさんを動かしているんだよ。」
そういうと、ジェタは言った。
「ふふっ、まったく、当時の私は世間知らずの子供ですね、それだけのことで軍人になろうだなんて。
でも、当時それを考えた私の行動は間違っていないと思っています、
だって、その決断があったからこそ、こうして今、アール様に選ばれたのですから!
ですから今回の作戦、私に是非ともお任せください!」
ジェタは再び恒例となる勇ましい敬礼と共にそう言い放った。
「もちろん! 頼りにしているよ、ジェタさん!」
アールがそういうと、ジェタは元気よく「かしこまりました! それでは失礼いたします!」と言い、その場から去っていった。
「彼女に任せておけば問題ないだろう。一方で私らは別のことをしようか。」
アールがそう言うと、エイジが鋭く指摘した。
「待て待て、任せるって言っても、彼女、戦いとは別の方向に行ったようだが?」
それに対してアールは鋭く指摘した。
「当然だろう? それともキミは女性が着替えている様子を眺めていたいのか?」
そう言われたエイジは慌てて首を横に全力で振り、否定した。
「ったく、要するに”自身が一番能力を発揮しやすい恰好”に着替えてから作戦を実行するってわけなのね。
だったら最初からその恰好で来てくれてた方がよかったんじゃないのか?」
するとアールは呆れたような物言いで答えた。
「やれやれ、乙女心を知らないやつはこれだから……。
彼女、オファーを受けた時は着慣れていないとは言いながらかなりノリ気だったよ、
でなければ、わざわざあの格好に着替えてくることもないだろうさ。
女性なんだからいろんな自分の姿を魅せたいのは当然のことだよ、
彼女のようにファッションセンスに拘りがある女性ならなおさらね。」
そういうと、エイジは自棄気味にこう言い捨てた。
「はいはいはい、乙女心を知らないやつで悪かったよ!」