翌日は運命の日、まだ朝の7時ぐらいである。
昨日は”準備”のために夜もかなり遅かったので、朝が少し遅めであった。
レナシエルが合図をすると、女性陣5人は行動に移した。
そして、30分ほどで作業を終え、全員でその作業の完成具合をまじまじと見て確認していた。
「レナシエル、そろそろディア様起こしてあげてもいいんじゃあないの?」
「そうですね、ではそろそろ、魔法を解除してあげましょう――」
リュミーアに促されたレナシエル、ディスティアを包み込んでいた妖かしの気が晴れると、
ディスティアはゆっくりと目を開けていた。
「うーん、もう朝ですか――、
夕べは、えっと……そうか、エレイアのおかげで身体が軽いのか、ありがとう」
プリズム族の誘惑魔法は妖かしの能力だけでなく、癒しの力も含まれている。
ディスティアの疲れにピンポイントで刺さり、完全にぐっすりと眠っていたようだ。
「いいのよ、ディル、おはよう!」
「ああ、おはよう。みなさんもおはようございます。
そういえば、昨日から泉という場所へきていたんでしたっけ」
レナシエルの問いかけに答えるディスティア、周囲にほかの女性陣もいたことに気が付き、合わせてあいさつした。
しかしどうしたことか、周囲の女性陣はニヤニヤと笑いながら、ディスティアを見つめていた。
「うん? どうかしましたか?」
すると、リュミーアが言った。さらにプリシラ、ラミキュリア、そしてシェルシェルも、次々に口を開け始めた。
「いやー、やっぱりディア様だわ!」
「流石はディア様ですね!」
「ですね! もはや、流石としか言いようがないですね!」
「私じゃあディア様に勝てないな――でも、ディア様に負けたのなら許せる!」
ディスティアは何故そのように言われているのかまったく状況が呑み込めておらず、ただただ首を傾げていただけだった。
しかしその後、何が起こっていたのかすぐに気が付いた、それは立ち上がろうとしたとき――
「うん? あれ? なんかおかしいな――」
服装に違和感を感じていた。
「ふふっ、ディル、そこに鏡があるよ?」
え、鏡? 鏡がどうかしたのだろうか、ディスティアはその鏡を見つめていた。
すると、そこには、麗な女の人の姿が覗き込んでいた。
あれ、誰だろうこの人……少し疑問に思いつつ――しかしそれでもなんだかどこかで見たことのあるような顔がそこに映っていた。
そしてまさかと思い、驚きつつも改めて鏡を覗き込んだ。
「え、ちょっと! まさか!」
そう、ディスティアの姿が、まさに女性そのものの姿に変えられていたのだった。
「な、何なんですか!? これは一体!?」
ディスティアの疑問はもっともであるが、
「ね! なんなんでしょうね! ホント、すっごくキレイだよね! ディア様!」
と、リュミーアは言う――いや、そういうことじゃなくて! ディスティアはリュミーアにそう訴えた。
「だってさ、ディア様、除け者じゃん。」
除け者――確かに女5人いて、自分だけ一人だけ男だ。
明らかに仲間に入れないし、それ以上にこれから起きる戦いにおいて、
第4波の間だけはまさに”除け者”である、出番が全くないのだ。
「女性としてすごくいい素材持っているし、せっかくだからこの際、ね。」
リュミーアがそういうと、ディスティアは照れていた。その姿が何だかかわいい。
「おや? もしやその気になったとか?」
リュミーアが鋭く突っ込みを入れるとディスティアは答えた。
「えっ? あ、いや、私はただその――容姿に関しては役立たせたことがないのですが、
このような恰好をさせられると、今までなんだか勿体ないことをしていたのかなと感じさせられますね――」
意外にも冷静な回答だった。その後、10分ほどかけて自分のその格好を受け入れた。
先駆者が堂々と目の前にいたからだろうか、何か思うことがあるのかもしれない。
「それで、この私に何をさせようというのでしょうか?
念のために言っておきますが、私は誘惑魔法なんてものは使えませんよ?」
「大丈夫、じきに使えるようになる。」
そんなまさか。とは思うのだけれども、そういえばリュミーア――
ディスティアの場合はただの女装ではない。これは、れっきとした変身術である。
声も質はそこまで変わっていないが、女性声に変わっていた。
リュミーアの例を見てもお分かりいただけるだろう、扱いが女性になってもおかしくはないレベルである。
「変身中は能力に制限はかからないんですね?」
「かかるよ。といっても、コストはローコストだけどね。あとは、どうだろうか――」
ディスティアの問いにリュミーアがそういうと、プリシラが改めて答えた。
「ディア様もリファ様も素材に恵まれているので、変身術にかける負担はそんなに必要ないはずですよ」
普段生活しているうえではさほど意識するほどの制約はかからないようだ。
「後は実際に動いてみるしかないわね。軽く特訓してみる?」
「あっ、はい、お願いします――」
ということで、ディスティアはリュミーアの指導の下でいろいろと特訓していた。
「女性体質になったからでしょうか、腕力が若干衰えたような感じがしますね。
ただ、反面、筋肉の質量が落ちたせいでしょうか、以前より身体が軽く浮くような感じがします」
「そう? 私の場合はあんまし感じないけれども?」
ディスティアはどこかしらで制約を受けているようだ。
しかし、その反面、どこかしらで能力が引き延ばされているようで、それを感じるエピソードについては後ほど。
一方で、リュミーアの場合は別の問題になりそうだ。
ところで、リュミーアは一つだけディスティアに訊いてみたいことがあった。
「そういえばディア様、よくその恰好を受け入れたわね。」
「ええ、まあ。
リファリウスという、あなた方に言わせると私のように素材に恵まれている人が同じことをしているから、
そんなにおかしくないかなと思って。それに――」
ディスティアはレナシエルを見ながら続けて言った。
「エレイアが喜んでくれるというのなら、私は何をしたって構わないですよ」
自分の彼女のためならなんでもするとは、レナシエルもとい、エレイアが羨ましい話である。
「誘惑魔法が使えるようになるというのも面白いですね、ちょっとだけ使ってみたくなりました」
ディスティアは自分の力を確かめながら言った。すると、リュミーアから提案が。
「そうね、ディア様――ディア”ナ”様と呼んだ方が適当かしらね。」
こうして、女神ディアナ様は降臨したのだ。
白いシャツにひざ丈の短めな赤いフレアスカートを履き、長い脚に黒タイツを履きこなし、長身ですらっとしていて、
リュミーアの提案で急きょ付けた、Eカップ程度の偽乳の女神様がここに降臨したのだ。
ただし、身長が1.9m程度もあるので相対的にはそこまで大きくは見えない、せいぜいBカップと言ったところか。
「この胸は何故――」
「別にあったっていいじゃないのよ。」
女神ディアナ様は、そのままの恰好でお戯れ遊ばされていらっしゃいました。
「ノリノリというほどではないですが、あの恰好でのびのびとしてらっしゃいますね」
ラミキュリアがそういうとリュミーアが言った。
「ディスティアはかつて万人斬りディルフォードとして恐れられた存在だった、
そう考えるとのびのびとしたくなる気持ちもなんとなくわかる気がするわね。」
自分は元万人斬りというだけあって別に剣を抜くことは構わないが、それでも面倒は面倒だ。
そんな面倒を考えずに済めばどれほど幸せなことだろうか。
この姿はまさにうってつけの装いであり、よもや自分がこんな女性の姿をしているなど、誰が考えるものか。
だからこそディア様はのびのびとできる、ディアナ様でいればのびのびとしていられるのだろう。
そう考えればなるほどしっくりくるものがある。
特にこのプリシェリアと言えばもともとはアウトローのたまり場だった場所で、
今やほとんどのアウトローがプリシラの下僕と化していると言えど、
万人斬りとしてはかつて目の敵にしてきた存在が数多くいる場所、気が気ではないのもまた事実。
そんな中で新たに身に着けた誘惑魔法の能力も手伝って堂々としていられるのだ、
これは彼にとっては生きていくうえでもかなり有利に働く目くらましの術、
まさに誘惑魔法と同じく相手を惑わす術なのである。
これからディア様は、ディア様とディアナ様を臨機応変に切り替えて生きていくことにするのだろう。
しかし、それについては大きな問題点が1つ潜んでいるのもまた事実である。
それについてはリュミーア自身にも言えることである。
「人は2人以上になれないのだから、その問題と共に臨機応変に世の中へ溶け込んでいくことが必要ね。」
ところが、リファリウスの場合はすごい単純な方法で溶け込んでいるように思えた。
知らない人との衝突は激しいが、
知っている側からするとあまり違和感もなく接することができていることで裏付けられているのである。