それからまた1年後のある日のこと、ラミキュリアとルヴァイスはアールに呼ばれた。
「お呼びでしょうか?」
ラミキュリアは返事をした。
「うん、ラミキュリアさん、忙しい所ゴメンね。」
いえいえ、そんなことはと、ラミキュリアは遠慮がちにそう言った。
そもそも忙しいと言ったら将軍職であるアールのほうではなかろうか。
というか、忙しい点についてはルヴァイスのほうは全く言及されなかった、この差は一体――。
それより、どんな用なのだろう、ラミキュリアはそう思った。
「実はあれから、エダルニア軍の動きが活発になってね、そのことで、とある国から援助要請が来たんだ。」
エダルニア軍、確かにここ最近、不穏な動きを示していた、
何かとエダルニアのことが話題に上がることからも、ラミキュリアもある程度把握していた。
「もしや、エダルニアに攻め込まれていると?」
ルヴァイスは訊ねると、アールは言った。
「いや、まだそこまで発展しているわけじゃあないけれども、でも、連中はそろそろ本腰を上げてきた、と言ったところだろう。
昨今のロサピアーナのよるクラルンベル侵攻にかこつけてといったところだろうか?
それはともかく、連中に先駆けて手を打っておく必要があるだろう、といった趣旨の内容かな。」
「なるほど、つまりは連中が来る前に備えたいと、そういうことですね?」
「まあ、そういうことになるかもね。
でも、詳細は現地に赴いてからになるかな、場合によっては一戦交える可能性もあるからね。」
そういうアールに対し、ラミキュリアは言った。
「ということは、私はお留守番ですね?」
しかし、アールは首を横に振り答えた。
「いやいや、それが、援助要請をしてきた国の性質上、むしろラミキュリアさん以外がお留守番になるんだよ。」
えっ、私が行くのですか? ラミキュリアは驚きながらそう言った、この私が何の役に立つのだろうか、疑問だった。
「場所はルシルメア東部の未開発地域と言われている一帯だ。」
そんなところに国が? 聞いたことがなかった。
「まあ、国というか、一つの独立した都市だね。その国ができたのは割とつい最近だから、知らないのも無理ない。
それに、そもそも国際的に存在が認められていないから国というくくりにも当てはまらない。
だけれども、規模としては十分に国に値する場所かな。」
ラミキュリアとルヴァイスは理解した。
国としては大きな規模の町だけど、国として認められていない事情があるようだ。
しかし、それが何故、ラミキュリアが適任なのか、それがわからなかったので、アールに訊いた。
「うん、その国が実はね、”お姫様”を名乗る”女神様”が支配する国だからなんだ。」
お姫様を名乗る女神様、そして、それがラミキュリアが赴くことになる理由、つながりが見えたようだ。
そう、その女神様というのは、ほかならぬ魔女のことだ。
その魔女はプリズム族……つまり、ラミキュリアのように、妖かしの力で相手を惑わす能力を備えた使い手で、
そしてその女神様は、実際に誘惑魔法で都を支配しているという人物らしい。
しかし、身構えることなかれ、実際にその魔女の術中にはまっているのはそこいらのゴロツキか、
魔女に敵対していた人たちばかりで、害のない人には危害を加えないという。
「さあて、支度も終わったことだし、さっさと行ってちゃちゃっと終わらせちゃお♪」
執務室の隣に設けられている個室に入ったアール、
数十秒後ぐらい経った後にラミキュリアにそう言いながら出て来――あれ? アール将軍は――?
出てきた人物は該当する声の主ではなかった。それどころか、出てきた人物は可愛らしい女性だった――
「ふふふっ、どう? 様になっているかな?」
しかし、その女性こそが、アール自身だった。
そう、それはアールの変装である――もっとも、アール自身がリファリウスという人物の変装した姿であるため、
つまり、そのリファリウスの変装なのである。
それにしても流石は変装名人、リファリウスの師匠であるリリアリスによると、
変装名人は女装もキレイにということらしい。まさにその言葉通り、見事なまでの変身ぶりだった。
装いはラミキュリアに近しいほどにセクシーだが、
オフショルの袖フリルの可愛げなトップスはラミキュリアに合わせてきたようだ。
しかも、どういうわけか本物のバストが備わっており、普通の変装ではないことが伺える。
ボトムスもラミキュリアに合わせてチュールのミニスカートで整えている。
これがまた何故かキレイな御御足をしていて、若干不自然とも思える長さのとにかく長い御御足だった。
短くて可愛らしいスカートから映える2本のそれは、まさしく”女神脚”と呼ぶに相応しかった。
どこからどう見ても可愛らしい女性、顔も元々男性でも女性でもどちらでも行けそうなイケメン顔、
いや、美人顔というべきか、まさに、これこそが”男の娘”と呼ばれるのだろう。
その様相に対し、ラミキュリアはとても楽しそうにしている反面、
ルヴァイスは非常に驚いており、その人物のことを何度も見直していた。
「ラミキュリア1人に行かせるのは荷が重いから、もちろん私も行くよ。
当然、誘惑女神様の支配する国ってことで、私、”リュミーア”がアール将軍”様”の命を受けて行って参ります!」
アール……改め、リュミーアはどこかの女子がしそうな変な敬礼をしながらそう言った。
「えっと、アール……将軍? 本当に将軍!?」
ルヴァイスは疑っていた。
「この際、別にどっちだっていいじゃないのよ。
ふふっ、それともなぁに? あんたのストライクゾーンのど真ん中に私がいたりするワケ?」
リュミーアは可愛らしく首をかしげながら意地の悪い質問をしてきた。
「はえっ!? ややややや! そんな、滅相もございません!」
ルヴァイスは慌てながらそう言った。
「ま、そうよね、仮にもしそうだったとしても私ゃあんまし興味ないからどうだっていいや。
あんた、顔はイケメンだから申し分ないけれども、性格が堅物感丸出しだから、私の趣味じゃあないわね。」
なんだか知らないけれども、ルヴァイスは初対面でフラレた気がして少しショックだった。
というか、自分ってそんなに堅物?
「ま、でも、それを抜きにしても優しいイケメンナイト様って感じがするから女の子受けすると思うよ、
気を落とさないでいいからね。」
それ以前にどうしてこの人に女性からの評価を受けているのだろう、ルヴァイスの心境は複雑だった。
その様子を察したエイジはルヴァイスに話した。エイジはここでのやり取りの最中にたまたま遭遇したのである。
「あっちの性格的にタイプじゃないって言っている以上は多分発展しないとは思うけれども、
昔から自分の性別とは反対の性別で過ごした結果、
自分の本来の性別と同じ性別の相手と添い遂げてしまったケースも珍しくないらしいぞ。
そういう観点で言えば、この”女”の意見は案外捨てたもんじゃないと思ったほうがいいかもしんないな」
それに対し、リュミーアはエイジの腕にくっつきながら甘えた声で言った。
「あらまぁ、流石はヒー様♪ わかってるじゃない♪ ってコトはやっぱり私が好みのタイプなのね♪」
それに対してヒー様ことエイジは頭を抱えながら「だからそれはやめろって言ってるだろ」と小さな声で呟いていた。
エイジはアール同様に帝国でのコードネームであり、本当の名前はヒュウガという。だから”ヒー様”なのである。
その仲よさそうなリュミーアとエイジの光景を見たラミキュリアは期待していたけれども、
リュミーアは笑いながら否定した。
「ないないない、流石にヒー様はありえないわよ。いくらなんでも根暗はねぇ――」
それに対してエイジは怒りの形相をリュミーアに向けながら言った。
「だから! 根暗じゃねっての!」
この辺りはアールとエイジのいつものやり取り、ルヴァイスは若干安心した。
とにかく、この場では留守をルヴァイスとエイジに全部任せて出発する段取りをすることに。