カミラはラブリズから戻ってきた後のこと、将軍の執務室においてアール将軍様と2人で話をしていた。
「あれ? どうしたの? 手術をして”しろゆめの泉”で修行して、
それからルシルメアで男たちを誘惑しながらショッピング――って割には帰りが早いようだけど?」
男たちを誘惑しながらというのはともかく、”しろゆめの泉”というのはラブリズの里にある”聖地”と呼ばれている場所である。
プリズム族の力で満たされている彼女らの修行場で、
当然プリズム族の女性となったカミラもそこで集中力を高めつつ、
泉に流れる力を感じながら黙とうを捧げるという修行をしてから戻ってきていた。
「お買い物したいのは山々だったのですが、帰りは一人だったものですから――」
「そっか、あの町で前準備もなく一人で行くのはちょっと難易度高いよねぇ。
ある程度手慣れてないと流石に躊躇っちゃうか。
それにしてもカミラさんはやっぱりあまり変わらないね。元々美女ならそれ以上は難しいか。」
アールがそう言うとカミラは嬉しそうに答えた。
「まあ! アール将軍様ったら! 本当にお上手なんですから!」
元々美女ならそれ以上は難しいというのも術後に悶え苦しむ事に対して影響していることだった。
そう、”身の内に宿るものは外見をも変えてしまうだろう”というのがまさにそれを体現しているのである。
身の内、つまり子宮がそれに相応しい姿へと変えてしまうということなのだけれども、
アールの言う”帰りが早い”という点についてはこのことについても示していた、
”元々美女”という通り、悶え苦しむ期間も比較的短くて済んだのである。
通常なら半月から1か月近く悶え苦しむと言われている。
それに他種族の男性からあらば苦しみ方も尋常ではなく、さらに長く続いてもおかしくはないと言われていた。
だが、ラミキュリアの場合はそこまで悶え苦しむ様子もなかったと言われていたらしく、大体3週間程度で落ち着いたようである。
話を戻すことにしよう。カミラに対してアールは答えた。
「いやいや、冗談なもんか!
本物の身体を手に入れたんだ、これで心置きなくアールの1人や2人、300万人だって簡単に虜に出来るね。
さあどうする、美しすぎる女スパイさん、これでガレアの秘密のすべてをダイムに報告出来るようになってよかったじゃあないか!」
いつもの調子で話すアールに対してカミラは照れていた。
だけど、もはや自分の目的を達成してしまったカミラ、スパイをする必要もなくなってしまったためそれについて話した。
「私、ダイムのためにもらえるかどうかわからないような報酬に期待する理由もないのですよ、
だからスパイはもう辞めます」
しかし、それはそれで一つ大きな問題があった。
「それは無理な相談なんじゃあないかな。
だって、ダイムに逆らうことになる。そしたらマウナに戻れなくなる。
そしたらカミラさんは居場所が無くなってしまう――それでもいいのかな?
今ならまだダイムにこうなっていることはバレていないハズだからまだ間に合うよ?」
そういわれるとカミラも困った、しかし彼女としては――
すると、アールは閃いた。
「そうだ! だったらガレアに住めばいいだけのことか! キミさえよければだけれどもね!
当然、そうなった以上はキミの住まいは保証するし、何だったら仕事も紹介してもいい、ここで働けばいいよ。」
ここでって、帝国兵? カミラは戦闘とか、そういうことについてはまったくのシロウトだった。
いや、この世界に生まれた身である故、全くできないというわけではないと思うけれども、
それでもこれまでの経歴的にまともな戦闘訓練を受けてきたことはほとんどなく、
帝国兵なんかに比べたらまず間違いなく足を引っ張っぱるだろう――それが心配だった。
「そんなことは気にしなくても大丈夫、
ここにいる人たちはみんな優しいからちゃんと教えてもらえるよ。
もちろん、私が教えたっていい。
ラブリズでもっともっと修行すれば、それこそ、彼女らの極意も身に着けることができる、
シェルシェルさんのような使い手にもなれるだろうし、その服装も効果的に生かせる――まさにキミ専用のコスチュームってところだね。
それに、何よりカミラさんにちょうどいいうってつけの仕事があるんだよ、受付嬢なんだけどさ!」
受付嬢! やります! やりたいです! やらせてください! カミラは二つ返事で答えた。
それはカミラにとっては憧れの職業だった、エレベーターガールとかモデルとか受付嬢とか。
女性として見られ、女性としての姿立ち振舞いを多くの人に魅せることができる仕事……まさにカミラの憧れの職業だった。
「声がいいよね、ハスキーボイスから透き通った綺麗な音色の声まで出せるなんてまさに七色の声だよね!
それでいて人に見られながら喋る職業とか――どうかな?」
アールは完全にカミラの乙女心を捕らえていた。
流石はアール将軍様はわかっていらっしゃる――カミラはアール将軍様相手にうっとりとしていた。
「よし! 決定だ! この事をダイムに自慢してやろっと♪」
アールはデスクに座すと端末を操作していた。
「ええっと、綺麗なカミラさんをありがとう、本人は望んだ通りの女の子になりました。
それと同時に彼女はガレアの女性兵士として鞍替えすることにしちゃったのでそちらに戻ることはありませんが安心して結構です。
今度の本土での帝国集会で彼女の美貌をお披露目してあげるから楽しみに待っていてね。
あとは……そうだな――
こんな綺麗な彼女と毎日楽しい夜を過ごしています。キミには分からんだろうね、女の子の気持ち……これでいいかなっと♪」
いやいやいや、アール将軍様と楽しい夜を過ごしてなど……というカミラだが、
彼女としてはまんざらでもなく、むしろアール将軍様と楽しい夜を過ごしてみたかったようである。
「そうだそうだ、写真添付しちゃお♪ はい、チーズ★」
ノリノリな2人は楽しそうにしている光景を撮った。
「これでよしっと。ん、そう言えば名前ってカミラさんのまんまだったね。
これって源氏名? 本名? どうだったっけ?」
しかし、彼女は言葉に詰まった、言われてみれば自分の本当の名前なんて知らなかった。
物心ついた頃から自分の本当の名前が何なのかはまったく知らされていなかったのだ。
親は私を何て名前にしたのだろう? 当時のことをかろうじて覚えているのは周囲があわただしかったことだけ。
恐らく戦争だろう、戦争が自分の本当の名前と共に奪い去っていったのだ――そう考えるとなんだか悲しかった。
「……ごめん、知らなかったとはいえ今のは本当に失礼だった、許してほしい。」
アールはそう言うが、彼女としてはそんなつもりではなかった。
「うーん、となると……コードネームでよければいい名前を考えてみるかな……そうだなぁ――」
アールは腕を組み、深く考え込んでいた。
えっ、アール将軍様が私の名前を考えてくださる? カミラはワクワクしていた。
「誘惑的なところで考えると――ら……み……”ラミキュリア”! どうかな?
なんかこう――可愛げでゴージャス感もあって、いいじゃんって思うけど――」
彼女はその名前の響きにすぐに気に入ったようだ――名前の由来は?
「誘惑魔法といえばプリズム族の他にもラミア族もそうだなと思って。
だから、一族の中でも上位の使い手と言われるラミアクイーンをもじってラミキュリア。」
名前の由来は誘惑繋がりだった。
「でも、可愛くて素敵な名前です! 私、気に入りました! コードネームじゃなくて実名にしたいです!」
アールは焦っていた。
「そんな、実名になんて――」
「だって、すごく可愛い名前じゃないですか! コードネームで終わらせるだなんてもったいないです!
だからアール将軍様は私の名付け親になってください!」
そこまで言われたらアールは拒否できなかった。
「そっか、そこまで言うのなら仕方がない。
気に入ってもらえているようだし、これ以上は私がとやかく言うことじゃあな……ん?
とゆーことはまさか、セカンドネームとかも考えないといけないのかな?」
言われてみればその通りである。
その問いに彼女はすぐさま「お願いします!」と答えた。アールの責任は重大……なハズだった。
ところが、そんなことも露知らず、アールは直ぐに思い付いて言った。
「ラミキュリア=クアルンキャッツ、これでどうかな?」
クアルンキャッツ? ネコ? 彼女は何故その名前なのか訊いた。
「ラミアクイーンといえばクアール、クアールといえばネコの魔獣だから。
大昔の数多の戦士たちはラミアクイーンとクアールの組み合わせを前にして無慈悲に殺されたもんだ。」
ええっ、そんな――彼女はそれを聞いて驚いていた。
「しかし、今度の殺し手になるのはラミキュリアさんだ。
ラミアクイーンの誘惑の能力とクアールの即死的な能力、
2つの併せ技としてラミキュリアさんの殺しの技、つまり”悩殺”という能力――
これほどラミキュリアさんにマッチした名前もないだろう。」
殺しの技はあくまで殺人ではなく悩殺による行為、いろんな意味で上手かった。
しかし、語呂だけで考えればラミキュリアは確かにゴージャス感があってなんか可愛い感じがするし、
クアルンキャッツ、ネコという要素もなんだか可愛い感じがするし、
なんとなくセカンドネームとして締まっている……気がする。
普通に名前として成立していてもおかしくない感じでもあるため、彼女はそれを採用したのだった。
こうして、癒しの精霊ラミキュリア=クアルンキャッツは誕生したのだ。
「ありがとうございます! 私、とっても嬉しいです! もう――何て言えばいいのか、アール将軍様――」
あまりの嬉しさに、ラミキュリアはアール将軍様の胸へ飛び込んだ――
「あっ、ちょ――」
「うん……? え、アール将軍……様……!?」
何やら問題が起こってしまったようだ。それについてはまた今度。