そういえば、こんなことが以前にあった。
それは6年前、アールが将軍の座についてからまもなくの話、
アールとエイジの2人でマウナのダイム将軍に挨拶しにいったときの話だった。
そのマウナの本部から出てくる途中――
「やれやれ、私みたいなのは全然歓迎されていないようだね。」
「ダイムみたいな年寄り――いや、重鎮からすると、
俺ら若手のやつが将軍とか一管轄の長を務めるのが気に入らないんだろうよ」
「確かにあんなおじいちゃんじゃあそう思うのも無理もなさそうな印象だったね、
あのディアス氏とはどうしてこうも違うのだろうか。
でも、それも当たらずしも遠からず、実のところ自分でもあんまり将軍には向いているとは思ってないからね。」
2人が本部から出てくると、そこには人だかりの影が――
「なんだか騒がしいな」
「そだね。きっと、ディスタードの新しい将軍がどんな人なのか一目見たいっていう腹なんじゃあないかな?」
「んだよ、つまり野次馬ってわけか」
「まあまあ、そう言わずにさ。大勢いる前なんだからさ、せめていいかっこしようよ。」
「はっ、その言葉、そっくりお前に言い返してやる」
そう言いながら2人は要塞から出てきた。
すると2人の予想通り、そこにはマウナに住む一般市民の人だかりがあった。
しかしその人だかり、とある大きな特徴があった、それは――
「アール将軍がどんなやつなのかだいたい把握しているって感じだな」
「そりゃあそうだろう、何せ将軍なんだから表に出てくることが少ないディスタード皇帝よりも遥かに帝国の顔ともいえる存在だよ?
だから新しい将軍とくれば国内の民としては当然誰もがすぐに注目するし、どんな人物か気にするに決まっている。
だからなおさら下手なことはできないってワケさ。」
そういうアールだが、エイジとしてはそんなことを言っているわけではなかった。
そう、人だかりの特徴はほとんどが女性ばかり――つまりはそう言うことである。
アールは将軍就任当時から女性人気が高かったということである。
「にしても女性人気がすごいなお前。
あそこの横断幕見てみろ! ”アール将軍様”って書いてあるぞ! 良かったじゃあないか!」
エイジは冷やかしのつもりだったが、当のアールは――
「あっはっはっはっは! だね! 私のキャラ的にはちょうどいいや!」
「……相変わらず楽しんでるな、お前」
そう、楽しんでいた。エイジは呆れていた。すると、アールはとあることを思いついた。
「おい、まさか……また変なことを企んでいるんじゃないだろうな――」
「まさか! そんな変なことなんて考えないよ。
この際だからさ、サイン会でも開こうと思ってさー♪」
「それが変なこと!」
エイジはすぐにでもガレアに帰りたい様子だった。
アールの発案で急遽マウナの街のとある建物を借り、そこでサイン会は開かれた。
エイジはそれに渋々付き合わされていた。
「ファンは大事にしないとね。」
「はいはい、勝手にしろ」
「なんだよそんなつっけんどんに。そんなに気に入らなければさっさと帰ればいいじゃんか。」
「で、終わったら迎えに来いって言って俺のこと呼びつけるんだろ?」
「うん大正解。大変よくできました。」
「ふざけろ」
その後はエイジが隅っこでグチグチと言っている間にサイン会は着々と進み、
アールは並んでいた人全員分の色紙を描き切った。色紙はもちろんアール側で用意したものである。
その後も会場は盛り上がりを絶やすことなく、人だかりは引いていく気配を見せない。
「もう終わったろ? さっさと帰るぞ、やることは山積みなんだからな」
しかし、アールは首を振った。
「いや、終わりじゃないよ。まだそこに1人、書いてない娘がいるからね。」
するとアールは気さくにその娘の元へと駆け寄り、話しかけた。
その娘は建物の端っこにひっそりとしていた。
その娘は20代半ばといったところか、アールが近づくとびっくりした。
「どうしたんです?」
「えっ? あっ、いえ――別にその――」
「いいからいいから、こっちに来て一緒にお話でもしましょうよ。」
「あっ、はっ、はい――」
その娘はアールに促されるままに机のほうへとやってきた。
そしてアールに椅子を用意されると、そこに座った。
その対面にアールが座ると彼女はドキドキしていた。
「それにしても参ったなー、
キミみたいなキレイな娘が私のことを気に入ってくれるなんて光栄だよね!」
アールがそう言うとエイジは鼻で笑った。
それが聞こえたアール、エイジのほうに顔を向け、もんくを言った。
「今のははっきりと聞こえたぞ、ずいぶんと失礼なやつだな。
私のために来てくれたんだからむしろここは感謝しとくべきだろう? ねえ?」
「……ま、まあ、それは――とにかく悪かった」
エイジは諦めた様子でそう言うと、アールは「ったく」と漏らしながら女性のほうへと向き直った。
「ごめんごめん、見苦しいところを見せてしまったね。
それよりも握手をしてほしいな。」
えっ、握手をしてほしい!? 女性は驚いていた。
「うん、握手してほしいな。
そもそもキミみたいな女の子に握手をしてあげるだなんてあり得ないよね。
だから当然私からキミにお願いするべきことかなってさ――」
女性は照れながら手を出すとアールはその手を握りしめ、軽く握手をした。
お互いの手が触れたことでアールは特段気にした様子はないけれども、
女性のほうは顔を真っ赤にしていた。
それに、アールの手は驚くほど綺麗な手をしており、
相手はまさに白馬の王子様――女性は触れるだけで特別な感情を抱いていた。
「細くてキレイな腕だね。お勤めは――どこかの受付嬢か何かかな?」
アールは楽しそうに訊くと女性は答えた。
「受付嬢!? いえ、そんな……私はそんな――水商売です――」
「え、そうなんだ? てことはあれかな、No.1キャバクラ嬢ってことだね。
そんな人が私のもとにやってきてくれるだなんてすごく嬉しいよ。
だったら当然キミの店に行ってキミを指名するべきだよね。」
彼女は言葉に詰まった。
「……あっ、そっか、一見さんお断りか。
それにNo.1キャバクラ嬢――ハードルは高そうだ、当然といえば当然か。」
「えっ、いえ……そういうわけでは――」
彼女は再び言葉を詰まらせた。するとエイジがアールを急かした。
「あっ、そっかそっか、わざわざ私のサインを求めてやってきてくれたんだもんね、ごめんごめん。」
アールは得意になって色紙にサインを書いていた。
「ったく、よくもまあそんな得意げに書けるもんだな」
エイジは再びアールを皮肉った。
「そうだね、そもそもこういうのって得意げになって書くものなんだろうね。
そうじゃなけりゃこんなの書けないよね普通。」
「確かに、そう……かもしれない――」
エイジは皮肉を言ったつもりだったが通用せず、むしろその通りだなと思い直していた。
「これでよしっと。あっ、キミの名前も書いたほうがいいよね。
差し支えなければでいいけれども、お名前は?」
「あっ、ありがとうございます、アール将軍様! 私、カミラと申します!
私、アール将軍様が書いてくれたこれを大事にしますね!」
最初はアール将軍様のサインだから”アール”とでも書いてあるのかと思っていたラミキュリア。
しかし、よくよく見返してみると、超芸術的なそれは”アール”ではないように思えた。
これについて、ラミキュリアは本人に訊いてみたら、彼の正体である”リファリウス”と書いたようで、
しかも当時の会場でそうサインしたのは彼女だけだったという。
まさにそれはこの段階からカミラ――ラミキュリアを特別視していたということになりそうだが、
リファリウスはただのうっかりでやったことだと漏らした。
だが――それがこうも巡り巡って……世の中分からないものである。