そして、彼女は13歳のころに行動を起こした。
そのきっかけが2次成長期によって如実に表れ始めるコンプレックスだった。
「2次成長期は男女の差が表れ始めるから服装だけでごまかしていくのは難しそうな感じだな――」
「私はやっぱり本物にはなれないんだ――酷く傷つき、悩みました。
孤児院には一貫してなにそれとなく過ごしていましたが裏では別の顔を持っていたのです」
「裏の顔?」
彼女は理解者を得たいがために自分と同じような悩みを持つ人のところへ行くようになったのだ。
「ニューハーフバーですね――」
「理解者を得るために? うーん、どうだろう? まあ、絶対にいない――とは言い切れないか」
エイジは少なからず理解がありそうだった。
あそこはあくまでニューハーフとして働きたい人がいる世界、女になりたい彼女とは違っていた。
「私と似たような境遇の人はゼロではありませんでしたし、むしろ理解してくれる人もいました」
それからややあってカミラはニューハーフバーで働くことになった。
「え、孤児院から? 13歳で?」
確かに孤児院から通っていたようだがカミラは年齢をなんとかうまくごまかして通り抜けていた。
そもそもカミラは”孤児院としては手間がかからない非常に楽な子”であるため、
当時の戦争激化の時期においては孤児院はカミラの行動をしっかりと見れていないのである。
「皮肉なことに、そのタイミングでも時の運に恵まれたってわけか」
そして、ついにはその孤児院自体にも戦争の手が――
「ガレア軍の調査ではマウナにあった孤児院の大半が砲撃で潰れている。
その際にマウナ軍も孤児院の偽善事業からも一切を退いている、要塞の建設を急ぐべきってことでな。
マウナ軍立の学校もすべて解体、学校関連についてはディスタード本土に委譲したって話もあったからな。
マウナの周りはとにかく砲撃によって焼け野原、
今でもその面影が残っているから、マウナから来ているんなら多分見たことあるんじゃないか?」
もちろん彼女は知っていた。
焼け野原の後には今ではほとんど何もなくただの荒れ地が広がっていた。
背の低い草が少し生えてはいるけれどもそれ以外では特に人の手は行き届いていない、
マウナ要塞の外についてはノータッチという感じである。
カミラが暮らしていた孤児院がなくなったのは16歳の頃で、
それがきっかけで彼女は面倒見のいいニューハーフの方のもとに住まわせてもらうようになり、
それからはニューハーフバーで精一杯頑張って働いた。
そして、彼女はついにこう言われるようになったのだ。
「カミラといえば”こんな美女が男なわけがない”だよな、
言われて調べた結果に知ったことだったんだが、
今の話と合わせるとまさに執念が伝わるキャッチだよな」
カミラは癒し系のニューハーフとしてちやほやされて成長していった。
非正規の手段で女性ホルモンを服用したせいもあるのか外見的にはすっかりと女性らしくなっていて、
長いブロンドの髪が自慢だった。
「そうか、ラメ状のそれはブロンドの髪の名残なのか」
先にも話した通り、彼女の今の髪は美しく妖しい透き通るようなヴァイオレット・カラーの中にラメのようなものがちりばめられており、
実に神秘的な感じだった。
そのラメというのはブロンドの髪の文字通りの名残だが、彼女自身はこの髪をすごく気に入っており自慢でもあった。
”こんな美女が男なわけがない”、そうまで言われるほどにチヤホヤされる彼女、
それほどまでに男の人が自分を求めてくるなんて……とても嬉しかった。
中には普通の女の人では飽き足らず、彼女に鞍替えする男まで現れることもあったようで、とにかく人気だったようだ。
しかし、カミラ自身の性格はそんなこととは打って変わってすごく控えめだった、
あくまで男であるというコンプレックスがそのまま残っており、
イマイチあと一歩が踏み出せないという心理である。
だが、そんな控えめな癒し系の美女がウケていたため、彼女はとにかくツイていたのである。
「ちなみに、ボンテージを身にまとってSMクラブの”女王様”をやっていたこともあります」
そう言われてみると確かに、エイジは彼女が戦闘訓練中に得意そうに鞭をふるっていた光景を思い出した。
そしてカミラ27歳はアールが将軍となった4年後のこと、
いよいよ転機が訪れた――ダイムから指名されたのである。
「おいおいおい、ダイムまでアンタに手を出したくなったってのか?」
いくらなんでも相手はニューハーフ、
それがたとえ”こんな美女が男なわけがない”と言われて人気絶頂の女……ニューハーフだとしても、
それ目的でダイムが食いつくとは思えない。
つまり、ダイムがカミラを指名した目的は別にあるということだ、
それこそが冒頭の”ダイムの策”である。
「つまりはこういうことか、ガレアにあんたを送り込んでスパイ活動をしてこいってことか」
アール将軍といえば帝国でも浮名をはせるほどのプレイボーイ、それ自身は本人自ら公言しているぐらいだった。
だから相手が女とくれば目の色を変えるだろう――
言っても計算高いアールのことだからダイムとしてもスパイ効果は流石にそこまでアテにはしているわけでもないのだが、
一応、美女相手ならそれなりの効果が見込めるのではと、
常日頃から女スパイという刺客を差し向けることを考えたようである。
しかし、単にアールに女を送るというのは、それはそれでどうも気に入らない。
そもそもガレアは女ばかりが集まっているところ、
ただただアールのもとへ女が行くだけっていうのがどうしても気にくわないのである。
そこでダイムの配下から”女にしか見えない男を差し向けてはどうか”と進言されると、
底意地の悪いダイムは、あの胸糞悪いプレイボーイなアールに一泡吹かせてやろうと実行に移したのである。
「で、その女スパイとして美人ニューハーフであるカミラに白羽の矢が立ったということか」
エイジがそう言うと、ラミキュリアはため息をつきながら言った、ダイムはつくづく酷い男だと。
女性の多いガレアでの評判が最低というのも頷ける話だった。
カミラ自身も”アール将軍様のような憧れの男性”とあらば当然近づきたいに決まっている。
とはいえ、自分はニューハーフ……たとえ精神的には女かもしれないけれども身体的には男、
そんなやつが”アール将軍様という至高の存在”に近づくなんてもってのほか。
アール将軍様をこんな男が手玉に取るなんて事実があってもいいのだろうか、
彼女にはそれだけがどうしても許せなかった。
しかし背に腹は代えられず、カミラのいるバーへの協力金と彼女自身に提示された成功報酬と前金、
マウナでの苦しい生活資金の足しと、当然ながら性別適合術のための重要な投資を考えても彼女としては断れるわけにいかず、
それはまさに彼女の弱みそのもの、翌年にはその弱みを握っているダイムの策に加担せざるを得なかったのである。
「成功報酬と前金か……それはもう知っていると思うけどな。
ついでに言うと、バーへの協力金も結局はダイムに徴収される金だからな――」
つくづくやり口の汚いダイムである。
その後、カミラは女兵士として、マウナからの女スパイとしてガレアへと派遣された。
その時の状況はエイジも立ち会っており、エイジ自身も女兵士として信じて疑わなかったほどだったという。
もちろんダイムの策どおり、女兵士カミラは”憧れのアール将軍様”の心をわしづかみにしていた。
しかしエイジいわく、その裏でアール将軍様は――
「カミラが”憧れのアール将軍様”にくっついている裏で、その”アール将軍様”はすでに違和感を感じていたんだ。
マウナには女性兵士がいないことを考えてか、ダイムはあんたをディスタード本土軍から派遣してきたことにしたんだ。
それで俺を含めた他の誰もがあんたは本土からやってきたんだと思い込んでいたんだが、あいつだけは違った」
エイジはさらに話を続けた。
「カミラがここへきた初日のうちに、
あいつのその時の俺へのオーダーがどういうわけか”ディスタード本土出身のカミラ”でなくて
”マウナ出身のカミラ”って人物を調べてくれってものだった。
俺はあいつの言ったことが間違いないのか聞いたんだが、
それでも”マウナ出身で頼む”と釘を刺され、その線で調べることにしたんだ。
つまり、あいつはあんたがここに来た時点ですでに何かつかんでいたんだと思うぞ」
女兵士カミラに心を奪われていたアール将軍様というのは彼の芝居、
ダイムなんかよりも彼のほうが一枚二枚も、何枚も上手だった。
そのためか、むしろカミラのほうがアール将軍様に心を奪われていたのである。
「で、調べて出てきた結果が”こんな美女が男なわけがない”
で有名な絶世のニューハーフ美女カミラって人物がヒットしたってわけだ。
流石にその時は俺も目を疑ったけれども、マウナの一部界隈では比較的有名な話らしくってな、
顔写真もあって特徴がまるっきり一致するから俺としても少々パニックになっていたな」
玄人ならともかく、面の割れている素人をスパイとして起用するというのはダイムの誤算である。
だが、そこは考えていないというのはむしろ誤算というよりは高い期待値を求めていないということでもあった。
そのためアールが考えるに、ダイムとしてはアールから情報を奪うことよりも嫌がらせをすることがメインだったのだろうと踏んでいるようだ。
そして、カミラはガレアに来て間もなく”憧れのアール将軍様”の手の内で遊ばされていたにすぎなかったのである。