エンドレス・ロード ~プレリュード~

遥かなる旅路・天使の舞 第1部 悩殺魔女ラミキュリア 第1章 美女の秘密

第3節 こんな美女が……

「参ったな、まさか”悩殺担当の誘惑美女”が元男とは――」
 先ほどのエイジがひっくり返っている現場とは打って変わり、 エイジは落ち着きを取り戻すとラミキュリアを前にしてデスクの椅子に座り、話を続けていた。
 エイジがそう言ったことに対しては他の誰でもないラミキュリア自身が一番びっくりしていることだった。 私は他者から見て悩殺担当的で誘惑要素を持った美女、それで本当にいいのだろうか。 事実、周囲からの評判はとてもいいけれども、本人としてはしっくりとこないのが現実である。
「いや、あんたにとってはそれが一番いいんだろ?  元男というハンデがあるからこそ究極系を目指したかったんだろ?  ったく、いかにもあいつが考えそうなことだな」
 ”あいつ”とはやはりアールのことである。 ラミキュリア自身も当人からそのように提案されており、 それにラミキュリアが乗った形である、それはまさにエイジの考えている通りだった。
 元男というコンプレックスの塊が、そんなギャップを跳ね除け、周囲に有無を言わせないほどの強い人間を作り出す。 その結果、彼女はその究極系――誰の目から見ても魅力的な女性となる……これがアールの筋書である。
 当然、彼女自身も”悩殺担当の誘惑美女”だなんて言われてとても嬉しいこと自体に揺らぎはない。 しかし、本当にそれでいいのだろうか? あまりに話がうまく行き過ぎている点については不安さえ覚える。
 とはいえ、もはやこうなってしまっている以上は成り行きに任せ、様子を見るしかなさそうだが。

 そもそもラミキュリアがガレアにいるのはほかでもない”ダイムの策”であった。 ダイムといえばガレア軍とは仲が悪いマウナ軍の長である。
「……悲しいかな、同じ将軍でもアールは”将軍様”でダイムは問答無用の呼び捨てか」
 エイジがそう言うとラミキュリアは慌てて言い直そうとした。しかしエイジは笑いながら言った。
「いいっていいって、あいつ人気ないし、ガレアでの人気は特に最低だし、俺もあいつは大嫌いだ。 しかも特に本人がここにいるわけでもないしな。んで、そのダイムのヤローがどうしたって?」
 エイジは改まってラミキュリアの経緯を聞くことにした。

 ダイムの策――彼女はマウナの出身だった。 帝国という軍国主義なお国柄の性質上、酷い戦争というのはよくあるもので、彼女はその戦災孤児だった。
 彼女が5歳ぐらいのころにアルディアスやマウナ地方を狙ったリベルニア軍の艦隊砲撃によって家がなくなり、 両親はおろか親戚や知り合いも行方知れず――身内が亡くなったなんていうこともザラにあった時代、 彼女は天涯孤独となってしまった。
「私はそのころから自分の性に違和感を感じていました」
「ちょうど物心つくかどうかって感じの年頃で性別違和を感じていたのか」
 艦隊砲撃によって大きな被害を受けたマウナ軍は直ちにマウナの立て直し、 すなわち、これが”マウナ要塞”というものを建設するきっかけとなった出来事だったが、 それと同時にマウナの慈善活動ならぬ”偽善活動”としてやり玉に挙げられている孤児院も動き出した。
 孤児院は子供だけでなく戦争によって家を失った人々を保護することを目的として動くことになった。 そして孤児院側は”彼女”を見つけた。
 その際、彼女はとっさにウソをついた。
「ウソ?」
「私は発見された時には女の子のような恰好をしていて、とっさに”カミラ”と名乗ったのです」
「”カミラ”って……なるほどそういうことか、ようやく話がつながったぞ」
 エイジは妙に納得していた、それについては後ほど。

 カミラは孤児院で何それとなく普通に過ごしていた、女の子として。 身体的特徴に多少の差異はあれど、あまり違いが判らなかった時期のためか、 そのまま彼女が男であることに誰一人として気づくこともなく―― いや、本当は誰かは気づいていたのかもわからないが特にこれといったハプニングもなく、平穏無事に過ごしていた。
 特にマウナの偽善活動による孤児院という特徴柄、 経営は常に厳しい状況に立たされていたことがガレア側の調べでも判明している、 だからこそ”偽善活動”とやり玉にあげられるのである。 それなのに孤児院の需要だけは多く、マウナの戦災者の救助全般を任されていたということから人手が圧倒的に足りず、 それゆえか個々の孤児を1人ずつちゃんと面倒を見ることがほぼ不可能な状況であったことが推察される。
 カミラとしてはこれがむしろプラスに作用し、 男であることがバレるどころかそもそも男だろうと女だろうと気にされておらず、 例えばお風呂など自分でできる子は自らやっている状況のため、 男であることを知られたくないカミラとしては自ら率先してやっている、 孤児院としては手間がかからないことから非常に楽な子だったようである。
 ただ……カミラとしては自分は身体が男であることにコンプレックスがあり、 とにかくイヤでイヤで仕方がなかったので服装だけはいつもわがままを通してまで気を使っていた、 おませな女の子として定着していたようである。
「皮肉なことに天涯孤独という点が幸いして、 自分が男であるという事実を知る者がいないだけにそういうのがやりやすかったのかも知れないな」
 確かにエイジの言うように彼女が女の子でないことを言う者がいなかっただけ恵まれていたのかもしれない。