「よう!」
アルドラスは廊下を歩いていると、いきなりリアスティンに背中を叩かれ、びっくりした。
「なっ、なんですかっ! 陛下、どうかご勘弁を!」
「あっははははは、悪い悪い。ただ、お前んとこのせがれはどうかと思ってな――」
リアスティンの謎行動については一部では噂として広まっており、アルドラスにとってはこれで4回目のこととなる。
「ダメですよ。いくら王族じゃなくてもいいと言われましても、お引き受けするわけにはいきません。
我が家は、代々騎士の家系ですから――古いしきたりがどうのとか言われるかもしれませんが、
そこだけは譲るわけにはまいりません。
それがたとえ陛下からの命令だとしても、それだけは受けさせていただくことは叶いません」
リアスティンはうなだれながらどこかへ去った。その滑稽な姿を見るや否や、アルドラスは心配しながら言った。
「本当にすみません。ですが、ここはあなたの王国ですから、
やはり、あなたの血筋でなければ、ここまで変わったこの国を動かすことなぞできはしないでしょう――」
すると、それを聞いていたのか、リアスティンは振り向いて答えた。
「だよな! お前ならそう言うと思った! えっと、せがれはアルニスだったっけか?
親父の跡を継いでこの国を守ってくれって伝えておいてくれよな!」
リアスティンは去った。アルドラスは再びびっくりしていた。
「流石はリアスティン陛下、息子の名前まで知っておられるとは――」
次はウィンゲルへと赴いていたリアスティン。その相手はティーグルだ。
例の施設の一室の中で話をしていた。
「ラケシス、ジャミル、そしてシューテルまでもがいなくなったおかげでといいますか、
この研究所にもきちんとした設備が配置されるようになり、
御覧にもなったことかと存じますが、ウィンゲルの町も活気に満ち溢れるようになりました」
それに対し、確かにそうだな、と、リアスティンは言った。そして、本題に入ろうとすると――
「ああ、それからうちの子は立派な科学者になるため勉強を始めていたのですよ、なあラトラ、王様がきたぞ?」
すると、男の子がその部屋へと入ってくると、あいさつしに来た。
「こんにちわ陛下!」
それに対してリアスティンは少ししゃがみ、ラトラの頭を撫でた。
「おう、坊主! きちんと挨拶ができたな、エライぞ!」
別に次期国王を誰かの子供に押し付けたいわけではないけれども、
あからさまにそういう行動に出ている気がしていたので、リアスティンは正気に戻った。
だけれども、どういうわけか次期国王になることを拒否されている? 何故?
そうか、自分という存在が、それほど革命的だったのだろうか、
確かに、やりすぎも多い、リアスティンは自分の行いを反省していた。
しかし、反省しても、実際にやったことまでは反省する気はなかった、
自分がやったこと自体は間違っていなかったのだから。
反省するのは自分の傍若無人ぶりだけで充分だ、そう思っていた。
「そもそも国王という存在自身が重責を担う者である、陛下はそう考えたことはございませんか?」
リアスティンの考えはサディウスに見抜かれていた。
そうか、特殊な国王以前に国王になるということ自体が大ごとか、
リアスティンはサディウスの毒舌を聞いてそう考え直した。
といったことで、今度はフェラントにあるサディウスの弁護士事務所でご厄介になっていた。
一般の弁護士事務所に比べると非常に大きな佇まいで、ある意味領主の館のような感じである。
クラウディアスの兵士や騎士たちも出入りしていて、まさにクラウディアスの重鎮で関係者でもあることを思わせる。
「予め申し上げておきますけれども、ヴァドスは国王にはなりませんよ。
ヴァドスは私の跡を継いでくれることにしていますから」
「そんなこと言ってねえよ、その件についてはもういいことにしたんだ。
ただ、弁護士先生なら、いい案を考えてくれるんじゃねえかと思って相談しにきただけだ」
すると――
「はて? 掟破りが心情の我が陛下殿が、
私のような弁護士に相談事とは――もしや、大災害の兆候などではございませんでしょうな?」
と言われると、お互いに大笑いした。
「ははははは、違ぇねえ! 確かに、それもそうだったな!」
しかし、リアスティンは、サディウスの意に反し、深刻に訴えてきた。
「いや、でも、そう言わずに聞いてくれや」
リアスティンは改めて聞いた。
「うーん、確かに、あなたほどの傍若無人を絵に描いた、
破天荒で図々しくて太々しい国王の跡継ぎとなると――他から適任者を探し出すのは困難を極めるでしょう」
リアスティンは指摘した、傍若無人を絵に描いた破天荒さはともかく、
図々しくて太々しいって言い過ぎじゃないか、と。だけど、そんなことはどうでもいい。
「なあ、このクラウディアスに民主制を取り入れるってのはどうよ?」
リアスティンはそう訊きなおした。民主制、確かに、それはそれでありかもしれない、そう思っていた。
今や、王族ではなく、臣下たちが好き勝手に政治をやってきたようなもんだ、それはそれで新たな問題を生む。
なら、いっそのことスクエアみたいな統治形態にしてみたらどうだろうか、そういうことである。
「ほほう、つまりこの私に、法律の勉強をし直せということですね」
サディウスはそう言うと、リアスティンは鋭く指摘した。
「あほ言うな。お前、民主政治の知識だって持っているんだろうが。
だから、その知恵を貸してくれって言ってんだよ」
「おやおや、クラウディアス王政統治下の国民であるこの私が民主政治の知識も持っているだなんて、
それじゃあまるで、私が政治犯を企んでいるかのようではないですか」
毒の強いサディウスの言い回しに対し、リアスティンは頷きながら言った。
「お前のそういうはっきりとした物言い、好きだぜ、信頼できるってもんだ。
ともかく、ぜひとも、政治犯でもなんでもいいから考えてくれ。
但し、問題はローファルだ、やつさえなんとかできないことにはどうにもならない――」
すると、サディウスは頭を抱えながら言った。
「うーん、確かにおっしゃる通りですね――
ローファルは臣下の中でもまさに重鎮、貴族の中でも一位二位を争うような家柄、
ラケシスらが暴かれてもなお支持者も多く、あれを覆すのは至難の業と言えるでしょう。
先日のお話をお聞きになりました?
アクアレアの町の発展のために新しい施設を作ろうと立案したのですが、案が否決されたことはご存じかと思います。
ですが、あれは実はローファルの根回しによる、貴族連中からの圧力だった可能性があるようです。
貴族街のあるグラエスタ以外は基本的にどうでもいいのですね――」
否決されたことは知っていたが、リアスティンにとってはローファルが一枚かんでいたことは初耳だったので、驚いていた。
確かに、異様なまでの反対大多数だったため、それには違和感を覚えていた。
でも、一方で、ウィンゲルの町についてはジャミルの件があることからか、そういうことはしなかったのだろう、そう思った。
しかし、サディウスはこうも指摘した。
「ローファルはともかく、確かに、陛下が希望する国の形として、民主制はいいかもしれません。
ただ、クラウディアスがそのような政治形態になるまでには途方もない時間がかかると思います。
何故なら――クラウディアスは、民からの人望が厚い国ですからね。
ですので、それが崩れるとなると、国民は混乱するかもしれません、それだけは避けなければいけません」
たとえ何があっても、クラウディアスの信頼性は維持されているのだ、
そっか、そうなんだ――リアスティンは思いのほか、自分の国が豊かですごい国なんだということを知ることとなった。