エンドレス・ロード ~プレリュード~

悠かなる旅路・精霊の舞 第2部 夢の王国の光と影 第3章 忍び寄る魔の手への挑戦状

第44節 幻界碑石の真実

 リアスティンとシャナンの2人はそのまま南東部の森へと入っていった。
「えっと、これは一体、どこへ向かっているのでしょうか?」
 シャナンはリアスティンに訊いた。こんな不気味で生い茂った森、何をする気だろうか、と。
「うん? んん、ああ、ちょっとな。うろ覚えなんだが、確かこの辺に石碑があったはずだ」
 そう、リアスティンが探していたのはほかでもない、クラウディアスにあるという、あの石碑のことだ。その石碑が――
「シャナン、あったぞ! こっちだ!」
 その石碑らしいのもが目の前に現れた。その石碑はものすごく大きく、 頂上部を見上げても少し靄がかかっていて、見えなかった。
「これは、まさか――」
 石碑の正体、シャナンはなんとなく気が付いた。 それは、クラウディアス大陸にあることはごく一部の限られた者のみが知っており、 かつては信仰の対象となった時代もあれば、その力を行使して国を守った時代もあったとされているものである。
 そして今の時代、この石碑の力は閉ざされ、忘れ去られているのだった。
「まさか、これは”召喚壁”!? その正体は”幻界碑石”ではないかとも言われていますが――」
 シャナンは驚きながらそう言うと、リアスティンが言った。
「そう、こいつがクラウディアス王国を強国へと導いたと言われている”召喚壁”だ。 確かに、”幻界碑石”かもしれねぇって言われているけれども、 おとぎ話じゃあそっちはセラフィック・ランドにあったって言われているから実際のところはよくわかってねぇんだけどな。 所詮はおとぎ話、セラフィック・ランドにあったというのは間違いの可能性もあるけど―― おとぎ話ってことを考えると、この世界全体がセラフィック・ランドって考え方に基づいた話かもしんないな――」
 しかし、リアスティンは専門家ではないため、 そのあたりの話には詳しいわけでもないし、そもそも論として正直どうでもよかった。
 リアスティンは”召喚壁”の話を改めてした。
「実は、ここに来るのは初めてじゃないんだ。随分昔、留学する前の話なんだが、 城を抜け出してはここによく来たもんでな、しかも、石碑の上まで登ってはクラウディアスを見渡したりもしたもんだ。 まあ、ガキの頃の話だからはっきりとは覚えているわけじゃないんだけどな、 昨日もこうして探し回ったんだが、ようやくやっと見つけることができた――」
 すると、リアスティンはおもむろに、垂直の石の壁を登り始めた。シャナンは驚いた。
「えっ、これを、登る!?」
「ああ、登れるぜ。一応、登れるようなくぼみがあるからな、それを足がかりに登っていくんだ、命綱なしだけどな」
 言うまでもなく、その命綱無しというのがシャナンにとっては気がかりだった。

 そして、2人は何とか頂上に登った。当然、シャナンとしては気が気ではないことだが、それでも登り切り、息を切らしていた。
「どうもこの石碑は召喚魔法のパワーを得られるらしいぜ、詳しい話はよくわかんねえけどな」
 そう言われるとシャナンは気が付いた、実は、城の中にもこれに似たような石碑があったと聞いているけれども、 あれは何なのだろうか。それについてリアスティンは答えた。
「あれはこいつの一部だ。 147代のクラウディアス王・アテルってやつが”召喚壁”を城の中に移して、 この森の中に入ることを禁止するという措置が取られた時のものだ。 実際に移したのはこの”召喚壁”から何らかの力によってできた破片で、そいつを持ち帰ったらしいな」
 それをやった理由というのは”召喚壁”から得られるパワーを王族や一部の貴族の所有物にするという自己中心的な考え方によるものだった。
「残念だが、この国の衰退の原因もやつが作ったようなもんだな、恐らく。 事実、その頃からこの国はなんか変な方向に行っちまっていたようだ。 現に、そのアテル自身は至って平凡な使い手だったらしい。 だからつまり、貴族が――というよりも、王に仕えている臣下がクセモノって気がするな」
 人の欲が生み出した結果が今のクラウディアスの状況、まさにそれを体現しているようだった。
「とまあ、昔は立ち入り禁止だったが、今は歴史の闇の埋もれて立ち入り禁止の理由も忘れられているだけだからな。 そう言うこともあって誰でも入れるのだが……立地が鬱蒼と生い茂った森の中じゃあ誰も入ろうなどとは思わねえし、 文字通り、ただただ忘れられているだけの存在ってとこだぜ」

 話は城にある”召喚壁”についての話題となった。 あれも一応”召喚壁”である。それについて、シャナンが訊いた。
「そのアテルの代より、王族はあの”召喚壁”の前で儀式を行うようですね」
 それにより、王族は召喚魔法の力を得ることが可能となる。 ただ、それだけでは説明できないことがあった、何故なら、 その”儀式”を行わずとも召喚魔法を行使できる者もおり、王族の中でも、 儀式を行う前からでも行使できるものがいたのである。
「召喚魔法を使うには”幻獣”との契約が必要になる。 で、この石碑ってのは契約可能な幻獣を生み出すことができるっていう代物らしい」
 幻獣を生み出す、この言葉は適切ではないかもしれないけれども、この石碑については詳しいことは判明しておらず、 適当な言葉が浮かばないので、そのように表現されている。
「つまり、すぐそこにいる幻獣と契約することとさほど変わりがない、ということですか……?」
 と、シャナンは訊いた。
「ああ、理屈は全くわかんねえが、どうもそう言うことらしい。 で、アテルの時代以降の王はみんなそうやって幻獣を呼び出しているとかいうことがあったみたいなんだが――」
 みたいなんだけど――どういうことなのだろうか、それについては、シャナンも気が付いた。
「確かに、私はバルテス陛下が召喚魔法を行使してらっしゃるお姿を拝見したことがございません。 召喚魔法はおろか、通常の魔法でさえ拝見したことがございません」
 リアスティンは頷きながら言った。
「まさにそう言うことだな。 言ったろ? 王に仕えている臣下がクセモノだってな、要はそう言うことさ。 現に、あのラシケスやローファルのヤローなんかは元よりクラウディアス王家に仕える魔導士の家系だ。 最近のクラウディアスのこの情勢じゃあ使うことはほとんどないけれども、 まあ、そういう高尚な使い手の一族ってこともあって、あいつらは特に臣下の中でもいつも威張り散らしている、 わかりやすいだろ?」
 ラシケスやローファルだけでなく、ジャミルとシューテルもそれに該当する、 クラウディアス王家の中でも重鎮と呼ばれる臣下たちで、ほかの臣下たちはほぼ彼らの言いなりである。 今まで不思議に思っていたのだけれども、魔導士の家系がより優位な立場にいるのはそう言う背景があったのかとシャナンは納得した。
 しかし、それにしてもクラウディアスは本当に貴族たちを中心とした世界のようである、 それだけを切り取ってみても、リアスティンとしては不思議でならなかった、恐らく、バルテスもそう思ったのだろう、 だからバルテスは、リアスティンにしばらく帰ってくるなと命じたのだろう。
「しかし、一方で、王族は儀式は受けるけれども行使自体はあまりしていない――」
 儀式というのはあくまで形式的なもので、実際には違っていたようだ、それは――
「リアスティン様――いえ、あなたを前にして言うのは心苦しいのですが、 真の権力者が国王の裏側にいて、その者たちによって国が動かされている、そういうことでしょうか?」
 そう、それこそが、今のクラウディアスの内情である、リアスティンは頷いて答えた。
「レーザストがまさにそれだ。だけど、俺は連中に流されなかった。 親父はそのことを意識して俺が留学することに肯定的だったのかもしれねえな」
 初代クラウディアスとなる女王エミーリアに続き、146代までこの王国は、”召喚壁”を中心に栄華を極めた。 しかし、147代の時の王アテルの臣下たちが”召喚壁”を独り占め、以来、ここから得られるパワーは彼らだけのものとなった。
 その流れは今日まで続き、その結果なのか、どういうわけか王の代が変わるそのサイクルも短くなり、 中には3日しか王座に就いたことのない王もいたこともあったそうだ。 どうしてそういうことがあったのか、今のリアスティンの話を聞く限りではその理由もなんとなくわかるような気がするだろう。
 しかし、時代の流れと共に臣下の傾向も変わり、 ”召喚壁”は”力を得られる何か”というものからただの儀式の”シンボル”としてのものでしかなくなり、 本来の使い方も、そして、その使い手さえも忘れ去られた。
 それにより、臣下たちの黒い謀略が行われている状況が続いているのがクラウディアスの今の姿だった。 しかし、それでも世界にはこのクラウディアスの影響力は強く残っており、 クラウディアスが本気を出せば国が一つ滅びるなどと長らく言われ続けていた。