リアスティンは朝食を取った後、散歩をし、ベンチを見つけるとそこでジェレストと話をした。
「まったく、王位継承か――面倒なことになりそうだ。親父が死んで間もないってのにさ、取り付く島もないな」
すると、ジェレストが、何やら言いたそうにしていたのだが、それを見たリアスティンが訊いた。
「なあ、なんか言いたいことでもあるんだろ? さっきから変だぞ、お前――」
そう言われたジェレストは頷くと、態度を改めて言った。
「先ほど、レーザスト様に対して”腹黒い連中の傀儡”と仰られておりましたが、あれはどういうことでしょうか?」
リアスティンが息をついていった。
「まず言えることはレーザストは世間知らずってことだな。
まあ、王族なんて案外そういうのが多いのかもしれないけどな」
「そっ、そんなことは――」
「そんなことはあるんだよ。
俺だってこの国のことは当然隅から隅まで知っているわけじゃないし、
クラウディアスの外に出るまではただの無知な子供同然で、そりゃあ苦労したもんだ。
それに、レーザストのあの食いつき方、明らかに甘やかされて育てられた感じだ。
……甘やかしているのは臣下たちだろうがな」
それに対してジェレストは口を閉ざし、そのまま暗い表情で頭を抱えていた。
「ん? なんだ? どうかしたか?」
「いえ、なんでもございません――」
すると、リアスティンははっと気が付き、ジェレストに言った。
「あっ、いや、悪い悪い、お前もその臣下のうちの一人だったな、
別にお前が悪いとか、そういうつもりで言ったんじゃあなかったんだ、悪いな――」
というと、ジェレストが――
「めっ、滅相もございません! リアスティン様が謝ることはありません!
確かに、仰られたことは不徳の致すところ、本当に申し訳ございませ――」
だが、リアスティンは遮りながら言った。
「気にするなって、時の運に恵まれなかったんだ。俺はさっさと海外留学してそのまま外で働いてきた。
でも、あいつは違う、歳も俺とは10個以上も離れているし、俺からしてみれば、あいつは明らかにガキだな。
ただ、臣下たち――お前ら以外の臣下がしつけたのか、それなりに物を言うようにはなっている、
だけど、そのしつけたやつらのせいで、人となりはよくなさそうだな」
そう言ったリアスティンは、空を見上げながらていた。
「となると、俺はその”腹黒い連中”、つまりそのお前ら以外の臣下たちってことになるんだが、
そいつらにとって俺は邪魔な存在ってことになるわけだな。
わかりやすく言うと、俺の命が危ない可能性が高いってことになるわけだ」
それを聞いたジェレスト、信じられなかったので、改めて訊いてみた。
「そうさ、さしづめ、この俺をどう暗殺しようかと考えているところだろうよ。
見てみろ、このクラウディアスを。俺に言わせれば、こんな腐った国だよ。
貴族連中や臣下たちには万々歳な情勢なのは言わんでもわかると思うだろうが、
一般庶民にはあまりその万々歳な情勢が行き届いていないようだな」
それに対し、ジェレストは流石に反論した。
「おっ、お言葉ですが、そんなことはございません!
その一般庶民からは、特にもんくもひとつなく過ごしている状況でございます!」
しかし、リアスティンは横に首を振って言った。
「少し言い方が足りなかったようだな、いいか?
クラウディアスって国は昔から豊かな国なんだ、だから、特段、もんくの一つや二つ、そうそうでない国だってことは言える、
お前が今言ったことはまさにそれを言っているわけだ。だけど、実際にはどうだろうか?
貴族連中は一般庶民なんかよりも遥かに豊かな暮らしをしているんだ、俺は昔からこれが不思議で不思議で仕方がなくてな、
親父に何故って聞いたこともあったが、親父も何故なのかがわからないと言ってたな。
でだ、ここで考えなければいけないのは、外の世界はこの国に比べれば貧困にあえいでいるような国が多くてな、
日々の生活すらギリギリで生活しているような民が多いのがこの世界の実情だよ」
ジェレストは言葉に詰まっていた。リアスティンはさらに話を続けた。
「さらにこの国のこの格差が広がっている理由として、王族や貴族の力が強いという背景もある。
王族を中心とした貴族連中の絶対的な権力の下、
一般庶民は暗黙の内に誰ももんくを言ってはいけないものと摺り込まれたまま生かされているとも言える。
これが外の世界だと、不満だからと言ってもんくの一つを言ったところで罰せられるということはないんだ」
それに対し、ジェレストは慌てて反論した。
「そんなことはございません! 我らがクラウディアスの前に、不満などということはございません!」
リアスティンは再び横に首を振っていた。
「変なヤツだな、お前は一般庶民じゃないだろ?
それはともかく、この国ってやっぱりおかしなところだらけだよな――」
ジェレストは首をかしげていた、本当にそうなのだろうか、どうしておかしいのだろうか、そう考えていた。
リアスティンはそんなジェレストに対し、質問した。
「あのさ、一般庶民出身の騎士ってどのぐらいいるんだ?」
それに対してジェレストは何食わぬ顔で答えた。
「一般庶民の騎士? あの、お言葉ですが、一般庶民では騎士にはなれません。
逆に、貴族出身の兵士というのもおりません――」
すると、リアスティンは手をたたいてジェレストに指さした。ジェレストはびっくりしていた。
「そうだ、それだよそれ! やっぱりそういうことなんだよな!」
ジェレストは首を傾げていた、どういうことだろう、と。
「面白いよな、身分で就ける職業が決まっているってのもさ。
職業の選択の自由すら与えられない、まさに自由のない国ってわけだ。
言い換えると、庶民も貴族も、今の状況下こそが当たり前で、当たり前のような顔をして生きているんだ」
「そっ、それは――」
「お前は騎士になった、騎士としての任務を全うすることこそがすべてってわけだろう?」
「ええ、その通りです! 騎士としての誇りは――」
「言ってしまえば、それ以外の役割は与えられていないってことでもあるだろう?」
ジェレストは困惑した、それはもちろんだ、だけど、それって何か悪いことだったのだろうか、不安だった。
「役割をこなすだけならわけないだろう、それが仕事なんだからな。
だけど、仕事をするだけなら誰だってできるさ、
本来なら地位や身分を考えなければ、一定の能力を満たしていれさえすれば誰でもできるハズなんだ。
でも、俺から言わせれば、お前はただの騎士、それ以上でもそれ以下でもない、
役割を演じているだけで中身が空っぽのただの騎士だ、下手をすればクビだな」
ジェレストはさらに困惑した、どうして自分がクビに!?
「言ったように、本来の役割を演じるだけならどうってことないからな。
だから、話は簡単、騎士も兵士も、同じ国を守るための仕事なんだからさ、
騎士だって時には兵士、兵士だって時には騎士と、そういう柔軟な対応ができたっていいハズなんだよな。
まあ、騎士と兵士の例はお前が騎士で身近な職業だから言ったまでだが、これは別に騎士や兵士だけの話じゃないぞ、
他のもっと、別の職業にだって当てはまることだ。
大事なのは想像力、何かを想像して、その想定の範囲内で、
自分たちは何ができるのか、そういうのは大事なんじゃないかと思うけどな」
確かに――そう言われて、どうして自分はそれを今まで考えたことがなかったのだろうか、ジェレストは自分を恥じていた。
「まあ――俺から言えることは、
お前は今まで、騎士として以外の役目ではなかったのかもしれんが、
今度からはきちんと周囲にも目を配って頭を回せってことだ。
この国にはもう、かつての黄金期が戻ることはない、これから向かうのは未来なわけだから、それをよく考えたほうがいいな」
ジェレストは絶句した。圧倒的すぎたこの男の存在、
確かに、この男が次のクラウディアス王になれば国は大きく動き出すかもしれない、そう思った。