物語は過去のお話、クラウディアスの現状を語るため、そこから話をする。
「バルテス陛下が未明に息を引き取られた。となると、やはり王位継承の件について急がねばなるまい」
「我々には陛下を悼んでいる暇もないのか」
クラウディアス254代国王バルテスが崩御し、臣下たちは次代の国王について、会議室にて話し合っていた。
王位継承権については、もちろんバルテス王の子供である王子、リアスティンとレーザストのうち、
第1王子であるリアスティンにあるのだけれども、ここで話し合いをしている臣下たちはそれが気に入らなかったのである。
「そうとも、我々としてはどうしても、第2王子のレーザスト様こそが王位についてもらうべきなのだ。
しかし、それにはリアスティンがどうしても邪魔、何とかせねば――」
クラウディアスが最後の黄金期と呼ばれる時代の終焉、
所謂”バブル”とも呼ばれる全盛期のクラウディアスに貢献した臣下たち、
王を中心とした権力者たちは、やはり以前のクラウディアスの体勢にならい、
クラウディアスの栄華を最優先とする政治体制を望んでおり、
その案に賛同しているレーザストこそ次のクラウディアス国王に相応しいと考えていたのだ。
しかし、リアスティンの思想にはそういった考え方はなく、
このままではクラウディアスは滅びに向かってしまうだろう、臣下たちはそう考えていたのだ。
「こうなっては仕方があるまい、リアスティンには消えてもらうしかないということになりそうだな」
「それはマズイだろう! いくらリアスティンと言えど、それでもヤツは王族の一員、消し去るなどとは――」
「とはいえ、ヤツが王族となるまでにはそれほど時間は残されていない。
だから――残念だが、ヤツには生死を問わず消えてもらうしかなさそうだ」
しかし、臣下たちはそれを実行するとしたらどうすればいいのか考えるのに苦労していた、それは何故かと言えば――
ある日、臣下の一人であるジェレストが、リアスティンを起こしに来た。
「リアスティン様、おはようございます、ご機嫌うるわしゅ――」
「あーうるせー! そんないちいち堅苦しい挨拶ばっかりでやってられっかっての!」
「はい! 申し訳ございません、リアスティン様――」
「まったく。うるわしいだと? この俺のどこを見たらそうだって言えるんだ? 気分悪くて仕方ねえっつーの!」
……リアスティンは自由奔放に育てられた王子だった。
ルーティスで学んだ後は経済都市であるスクエアで自ら独立して働き、生計を立てていた。
そしてこの度、自分の父親である王の死期が近いということを伝えられると、慌てて里帰りを決めたのだった。
リアスティンは王子らしからぬラフな格好に着替えると、おつきのジェレストと共に自室から出てきた。
そして――
「なあ、とりあえず、メシを食わせてくれ」
リアスティンはそうジェレストに言うと、それについて苦言が。
「リアスティン様、恐れ入りますが”メシ”ではなく”朝食”と仰せになられたほうが――」
「わかったよ! ”チョーショク”だ”チョーショク”! さっさと”チョーショク”を食わせろ!」
「はい、ですが朝食を”食う”のではなく”いただく”というべきかと――」
「”チョーショク”を”いただ”かせろ!」
「そのような言葉は存在しませんが――」
そんな2人のやり取りに見かねたレーザストが話しかけてきた。
「ふふん、兄上は自分の立場が分かってらっしゃらないようだ。まったく、品というのがないのでしょうか?
こんな兄上が、この国の王になるだなんて――国民がどんな顔をするのでしょうかねえ?
だから安心してください、兄上。僕なら兄上と違ってきちんと王としての責務をこなして見せますから」
いくら堅苦しいのが苦手なリアスティンでも、レーザストが王位を継ぐこと自体は抵抗があった。
レーザストは国の中で大事に育てられた王子、特に臣下たちに甘やかされて育ったため、
臣下たちの言いなりであるきらいもあった。
リアスティンはそれを見抜いており、この王国はこのままではいけないことを肌で感じていた。
「……腹黒い連中の傀儡(かいらい/くぐつ)が国王だなんて笑わせんなよ。
第一、国王になりたければ、喧嘩腰でこの俺に品があるとかないとかでわざわざ嘲笑いにくるようなことはしないもんだぜ。
まったく、品がないのはどっちのほうだ?」
それに対し、レーザストの癇に障ったのか、言い返してきた。
「品がないのは兄上ですよ。
そのせいか、兄上は王になりたくないらしいことがよくわかるというものです。
言うまでもありませんが、王になりたいのであれば、それなりの礼儀があってしかるべきですからね、
それが欠落しているとなれば致し方ありません。
さあ第1王子、さっさと王位を放棄し、第2王子である僕が王位を継ぐように協力してくださいよ、この国に迷惑ですから!」
リアスティンは何も言わずに立ち去ろうとした、しかし――
「あれー? 第1王子、どうしたんですかー?
本当に放棄して国から出ていくつもりなんですかー? そうならそうと仰ってくださいよー?」
リアスティンは頭を抱え、仕方なく言い返した。
「あのなぁ――。
この際だからはっきりしておくけれども、まず、品がないのも礼儀知らずなのもお前な。
王位を放棄しろとか、人に頼みごとをするのなら、とりあえず頭を下げて”お願いします”に決まっているだろ?
基本的なルールを知らず、自分の行いを棚に上げて言葉遣いを非難するようなヤツが王になるって?
質の悪い冗談だぜ――俺が国民だったらそう思うけどな」
すると、レーザストは怒りをあらわにし、さらに言い返してきた。リアスティンは後悔した。
「兄上、本当に怒りますよ? 僕はただ、王が早く決まってほしいだけです。
それなのに、王としての資質が問われるあなたがなるのはいかがかと言っているのです!」
本当に怒りますよ、ではなく、既に本当に怒っているようだが、それはなんなのか――リアスティンはそう思いながら言った。
「ああ、お互いさまだよな」
「お互いさまですって!? 僕は十分王の資質があると思います! 臣下たちもそれを実証してくれていますし!
だから、なんの心配もありません! ですが、あなたはどうなんです、兄上!? 誰かがあなたを推してくれていますか?
そうでしょうね、兄上にはなんの後ろ盾もありません、王位を継いでも支持してくれる人がいなければ、王国は終わったも同じ、
さあ、どうですか? 兄上、あなたは、どうするつもりなんですか?」
それに対し、リアスティンの返答はそっけない回答だった。
「そうかい。ま、頑張りな」
レーザストは行き場のない怒りをどうしたもんかと、とにかくむしゃくしゃしていた。
それを見ていた別の召使は、レーザストをなだめていた。
クラウディアスの兵隊が使っている食堂にて、リアスティンは朝食をとっていた。
「いやー、うめえ。流石は王国の食堂、メシ――じゃなくて、”チョーショク”はちゃんと食わな――”いただかない”と力出ないよなー」
それを見かねた召使が慌ててやってきた。
「おやめください王子様! 下々の者たちが食べるものをお食べになるなんて!
王子様のは別に作らせてお部屋へ運ばせますから!」
しかし、ジェレストはそれを止めた。
「いや、このままにしてほしい。
リアスティン王子はクラウディアスの民衆がどのような食事をとっているのかという市場調査の一環でやっていることだ。
だから、邪魔しないでやってはもらえないか?」
すると、召使はそれにびっくりし、深々と頭を下げ、お詫びをした。
「いちいち頭下げんでもいいって、面倒臭ぇな――」
頭下げられるだけでも面倒臭いことこの上ないリアスティン、
実は、別に作られる王子様用の朝食は面倒臭くて食べたくなかったのだ。
現に以前、それを持ってこられたリアスティン、こんな物体をどこからどうやって食べろというのか、
そして、こんなちっぽけな量でどうやって腹を満たすことができるのだろうか、
以前ジェレストに向かって不平不満を一日中並べていたことがあり、それにはジェレストも流石に参ったため、
リアスティンにご飯を食べさせる場合はお代わりすることも考えてここに連れてきたのだ。
「ん? こっちの身にもなれってか?」
リアスティンはジェレストの表情を見るや否や、出し抜けにそう言った。
「えっ!? あ、いえ、滅相もありません!」
しかし、リアスティンはその返事を完全に無視していた。
「まあ、そりゃそうだよな、普通。俺だって逆の立場だったらそう思うしなー。
でもさ、兵士が食べるメシ――ご飯っていうのは精がつくもんだぜ?
しかも、流石は王国のだから味付けも質もちょうどいい、よく食べる俺にとってはこいつがちょうどいいんだ。
だから、そうだな――王子お墨付きの”王国メシ”ってことで勘弁してくれや」
王子お墨付きの”王国メシ”、リアスティンはうまいことを考えたと思った。
「お墨付きとは光栄にございます。しかし、これが王国を代表するご飯というのは――」
ジェレストは謙遜しながらそう言うと、リアスティンは言った。
「まあそう言いなさんな、どういう意味だかそのうち分かると思うぜ、きっとな」