神獣ヴァルキリー・フィールの”セレスティアル・ブラスター”を唱えたアリエーラ、
流石に骨が折れたのか、その場から一歩も動くことがかなわず、うずくまってしまった。
とはいえ、周囲の敵は跡形もなく消え去り、その場を凌いだのだから良しとしなければ。
「それにしてもアリ! すごい技持っているのね! 幻獣にあれだけの技を使わせたんだから、結構消耗激しいんじゃない?」
デュシアはアリエーラを心配し、無事であることをすぐさま確認した後、興奮しながらそう言った。
確かに、きついことは明白である、現に今回は様々な能力を行使していたことも重なったため、相当なものではあるがそれだけではない。
それこそ以前にこのルーティスでもヴァルキリー・フィールの技に頼った後、
その後は意識を失ったぐらいだから。
「アリエーラさーん! 大丈夫!? すごい技使ったね! どれ、俺が手を貸してやろうか?」
と、調子のいい男のハンターがアリエーラに手を出そうとすると、
デュシアはその手を勢いよく叩いて払いのけ、アリエーラをお姫様抱っこで担ぎ上げた。
「ったく、どさくさに紛れて変な気起こすんじゃないよ! とりあえず敵は消滅したんだし、今度こそ一旦退くよ!」
それに対し、アリエーラは今度こそ異存はなかった。
現状のルーティスの脅威が取り除かれたのだし、流石のアリエーラももう身動きが取れない状態、
もう十分なのである。
とりあえず、目の前の敵は一掃したわけだが、残念ながらこれはまだ氷山の一角、
バランデーア軍は依然として兵力を保持し続けている、次々とやってくることは目に見えているのである。
召喚魔法研究棟へと戻った一行、アリエーラはデュシアと一緒の部屋で寝泊まりをしていて、今はその部屋に待機していた。
その部屋はエンビネルの研究室の隣にある仮眠室であり、
かつてアリエーラは事あるごとにこの部屋で休憩していたこともあった部屋でもあった。
「そろそろ役人共の策とやらが実施されてもいい頃なんだけどね。
だけど、こんなに時間がかかるんじゃあ、どうやら交渉がうまくいっていないと見た、ルーティスももう終わりか――」
デュシアは部屋の窓から外を眺めながらそう言った。確かに、残念だけどその感は否めない――
「これ以上はもう、どうにもならないのでしょうか?」
「まあ、そうだな、最悪、学び場が失われないことを祈るだけかな。
言っても、あの国のことだから、自国の軍国主義的な思想を徹底した教育をするに決まっている、
あそこはそういう国なのさ、望みは持てないな――」
アリエーラの問いにデュシアはそう答えた。
それではせっかくこれまで培ってきたルーティスの学び場が穢されるだけ――
「そうなる前に最後の手段を取るしかないな――」
「非常手段、ですね――」
と、デュシアとアリエーラはそれぞれそう言った。
実は今回の仕事の本当の目的はバランデーアと直接対決することではない。
今回戦ったのはルーティスを防衛するのが目的であり、バランデーアの殲滅ではないのである。
前にも言ったように、ハンターがこうして戦っているのは一時措置であり、
実際にバランデーアを殲滅するのはルーティス側で協力を呼び掛けた他の誰かである。
しかし、協力を呼び掛けた結果、どの勢力も名乗り出ないことだってあり得るのである、
昨今の大きな戦争により、近隣諸国には大きなダメージが残っており、
他国に協力する以前に自国の守りですら危うい状態が続いている。
いい例として、かのディスタードのランスタッド軍が挙げられる。
バランデーア軍に敗北した結果、ルーティスからも手を引かざるを得ない状態となり、
今や内部では解体の危機に立たされているという――
まあ、ディスタードの場合はバランデーア同様に侵略戦争を行ってきたことで資金不足に陥り、
その結果、ずさんな政策を取らざるを得ない状況となったことで今回の失態を招いているため、
はっきり言ってしまうと自業自得なのである。
そういう世界情勢のため、ルーティスも他の国からの協力が得られなかった場合に備え、
非常手段も考えていた、それは、これまでルーティスで培ってきた知識、
つまり、ルーティスの財産ともいえる貴重な研究資料などを、敵の手に渡る前にすべて回収してしまうというものである。
そう、今回ハンターに課された司令はルーティスの防衛と、非常手段の実施なのである。
貴重な研究資料やここで学んでいた学生たち、それらの財産を避難させて、
最後にどこかで財産を受け入れてもらえば、新たなルーティスとして成立し、
とりあえずは事なきを得る、受け入れ先については既に前向きに名乗りを上げている国が数か所あり、
恐らく分校として成立することになるのだろうが、とにかくなるほどいい選択である。
ただし――それは、ルーティスを完全に回収できたというわけではない、
残念なことだけれども、ルーティスという場自体まで回収できているわけではないのである、悲しいことだが――
「悔しいけど、こうなってしまってはもう非常手段を打つしかなさそうね――」
と、デュシアは力なくそう言った、ルーティスという場所を諦める選択だけは取りたくなかった。
今のところ、敵もあれだけの力を行使したアリエーラを警戒しているせいか、進攻具合も落ち着いているところだった。
そして、当のハンターたちも、ここまで来たら非常手段は明白なため、財産回収のための準備を少しずつ進めているところだった。
ただ、非常手段をとる条件は現地での戦況が芳しくないことも含まれており、
これについてはハンターの意志にゆだねられているのである。
ここでひとつ、非常手段が実施されるうえで特定の手続きが発生するのだけれども、
ハンターたちの非常手段を行うべきという判断はハンターズ・ギルドを介して一旦ルーティスの政府に提出することになっている。
今回はこれ以上戦いが激化すると回収すらもままならないと判断したため、
あの戦いの直後の時点でもう既に政府への進言を済ませている。
その結果、政府側からどうすべきか、回答が返ってくるのは翌日の朝のことで、
ここでゴーサインが出れば回収作業が本格的にスタートされるのである。
そのため、ハンターたちは翌日の朝を迎えることにしたわけだが――
「デュシア! 返事って聞いてるか?」
「いや、あたしゃ何にも聞いてないよ」
リーダーの男ハンターとデュシアは政府からの回答について話し合っていた、何故か返事が来ていないのである。
「おかしいな、今頃なら既に何かしらの返事が来てもいいはずなんだけどな」
リーダーの男ハンターは頭を掻きながらそう言った。
「ったく、役人共め、何をちんたらやってんのかね」
一方のデュシアは、事は一刻を争う事態なのに、
回答があってしかるべき期日までに返事が何もないということで非常にイラついていた。
アリエーラもそれには同感である、一刻でも早くルーティスの財産を守らないといけないのに――