話は続いた、お題はパワーストーンについてである。
「確かに暗黙のうちにパワーストーンは力を生み出すものと決定づけてしまっていたけど、
キミの着眼点はそもそも論、これは盲点だ――流石としか言いようがないね。
だから私もキミが言っていた”異世界とをつなぐ精神のトンネル”だということに触発されちゃってね、
そうなんじゃないかなと思っているんだよ」
ナキルはこのエンブリアにおいてはとある高名な使い手だが、
それほどの人物が自分のような一介の使い手の案に乗っかるとは――アリエーラはさらに謙遜していた。
「いやいや、だからそんなに謙遜しなくても。
実は召喚獣の所在については確かに”幻界”と言われているけど、
その”幻界”の所在というのが明らかになっていないんだ」
これについて、アリエーラ女史の考えでは”幻界”からトンネルを通ってこのエンブリアにやってくると説明していた。
「”幻界”からエンブリアに召喚獣がやって来るのだからどこかを通らなくてはいけない、
直接”幻界”とエンブリアがつながっているのであれば言うことないけど、
生憎、直接エンブリアと”幻界”がつながっているだなんて話を聞いたこともないんでね。
だからその精神のトンネルを介してやってくるという話のほうがしっくりくるんだ。
パワーストーン云々はともかく、キミのその考え方自身にね」
つまり、ナキルはパワーストーンがどういうものかというより、
アリエーラの”トンネル論”のほうに食いついているようだった。
「となると、パワーストーンはトンネルのためのただの”標石”であり、
”パワーストーン”という表現は不適切ということになりそうだね」
それはアリエーラも考えていたことだった。
ナキルの話に対してアリエーラは思い立つと、棚にしまってあった一つの資料を出した。
アリエーラは資料を開きながら説明した。
「ご存知かもしれませんが、これはセラフィック・ランドの歴史について書かれている古い資料です。
この資料によるとセラフィック・ランドより使わされた天使の一員は
”幻界碑石”というものをこのエンブリアの地に置いたそうなのですが――」
この資料に書かれている内容はある程度この手の話に触ったことのあるぐらいの人の中では割と有名な話である。
しかし、その内容については大きな問題点があった、それは――
「これはあくまで神話だよ、”幻界碑石”はセラフィック・ランドでは発見されていないしほとんどが立証不可能な話、証拠もなければ根拠と呼べるものでもないからね――」
と、ナキルが指摘した、確かにあくまで架空の話であることが定説、それについてアリエーラも承知の上だった。
だが、今回はそれすらも覆そうとしていた。
「この資料を見ていていくつかの――例えば”幻界碑石”について不可解な点があるのです。」
不可解な点!? ナキルは半ば興奮気味に訊いた、
この資料の内容について何かわかったことでもあるのだろうか、
架空の話と呼ばれているような資料から何かが判明するとなればそれだけでも大きな進歩、彼の期待は膨らんでいた。アリエーラは説明を続けた。
「セラフィック・ランドで起きたこと、
その当時に実際起こったというような今となっては立証が難しいことの内容についてはどこで何が起きたみたいな感じの内容として一応書かれています。」
確かに出来事については場所と起こったことなどがしっかりと書かれていた。
もちろん、今となってはそんな神話時代の出来事については立証が難しく、
それらしいことが起こっていた場所に行こうにも、そもそもそんなところが存在しないところばかりのため、
この資料の内容はあくまでおとぎ話であるというのが常識だったが、アリエーラは――
「しかし、現存してもおかしくはなさそうなもの――
例えばただの一枚岩でしかないはずの”幻界碑石”ついては存在すること自体は記載がありますが、
何故かどこにあるという具体的な場所まで明記されていません。」
資料には”幻界碑石”はでかでかと絵までもが記されていた。
おとぎ話で済ませるのならそれまでだが、これがもし真実であれば、
今の世の中にまで残っていてもおかしくはない感じだった。
現に、例えばこのおとぎ話の中では現在も確実に存在している”エンブリス神殿”という建物がある。
場所は現在の”エンブリス神殿”のある場所に相当するところと特徴が大体一致するような場所の記載がある。
と言ってもおとぎ話で片づけられる話だとしても”エンブリス神殿”ぐらいだったら正確な位置の記載はあってもおかしくはない気がするが。
しかしアリエーラの言うように、場所が明記されているものといないものの違いについてはどういう基準でそのように記されているのか――
その点を踏まえて改めて見返してみると実に不可解な構成になっていた。
それは”幻界碑石”や”エンブリス神殿”に限らず、セラフィック・ランドにあったとされている創造物すべてが不可解の対象となっていたのである。
何故、そのような違いがあるのだろうか? おとぎ話で済ませられるにしても少々違和感を覚える。
それこそおとぎ話であれば適当な場所にそれがあると記載すれば済む話なのだが、
”幻界碑石”という如何にも重要そうな創造物のように場所まで書いてあったほうがいいような創造物もあれば、
なんでわざわざ書いてあるのか実に不可解な創造物――例えば”壊れた馬車の燃えカス”のような意味不明なものは場所が明記されているなど、なんとも不可解な感じだった。
恐らく盲点だったのだろう、まさかそんなことがあるとは――ナキルは愕然としていた。アリエーラは話を続けた。
「場所まで明記されていないのは、恐らく明記できなかった理由があるのだと思うのです。
たとえばこの時の出来事を記そうとして思い立った時には既に天変地異なんかで地形が変わってしまったため、
だからそれがあったという伝承だけを残し、いつか誰かの手によって探し出してもらいたいと考えた、
大昔のことですから容易に海を越えたりなんてできたりはしないでしょうし、
または神話の時代ですからセラフィック・ランドから離れた場所については闇の世界と考えられているからなど――そういうことだと思うのです。」
つまり、燃えカスは天変地異が起きた後でもセラフィック・ランドに残ったため記されている、ということになるようだ。
それに対してナキルは話を付け加えながら訊いた。
「つまり――天変地異によって、恐らくは元々セラフィック・ランドにあったとされる”幻界碑石”は今のクラウディアスがある場所へと移動した、ということかな?」
「というより、クラウディアス自体が元々セラフィック・ランドの一部だったか、
そもそもこの資料を記した人の考え方が元々このエンブリア自体がセラフィック・ランドであることを前提にしたものなのかもしれませんね――」
アリエーラがそう付け加えると、少しの間沈黙が流れた。
「……ちょっと、突拍子もなかったでしょうか?」
アリエーラが心配そうに聞くとナキルは答えた。
「確かに突拍子もないと言えばその通りだけど、神話になるような大昔の時代の話だし、
誰かが見てきたわけではないのだから可能性としては十分にあり得る話とみて間違いないだろう。
実際、神話時代……というよりエンブリアの創世時代と思しき太古の昔には、
立証困難とはいえいくつか天変地異が起きたというような記載のある資料はいくつかあるぐらいだし、
可能性としてはあり得なくはない話かもしれないね――」
思い立ったナキルもエンブリアの創世時代の資料を漁りはじめ、
アリエーラが考えた視点で改めて確認すると、彼女の言った通りの不可解な内容が続々と見えてきたのである。
「――こっ、これは大変だ……たとえ今の”幻界碑石”説については差し置いたとしても、
間違いなくセラフィック・ランド史に……いや、エンブリアの歴史に大きなインパクトを与えるぞ……」
ナキルは息を呑み、震えながらそう言った。これまでのエンブリアの歴史の常識が覆される瞬間である――