エンドレス・ロード ~プレリュード~

悠かなる旅路・精霊の舞 第1部 先の見えぬ旅路 第1章 ルーティスの危機

第2節 研究発表会

 発表会の会場といっても2人が研究している題材はそんなに大勢が研究しているわけでもないため、 一会議室を利用しているだけに過ぎなかった。 とはいえ、著名な有識者や教授など、研究者がそれぞれのレポートを持ち寄って研究を発表する場を一般の人が観覧に来たり、 学生たちが勉強していたりする場でもあるため、そこそこに大きな講義場が用意されていた。
 発表会は着々と進行し、アイルという有識者が内容を発表していた。
「今回のアイル氏の案について、何か意見がありますか?」
 進行役がそう言うとエンビネル教授が手を上げた。
「気になったのが一点。 つまり、力は解放されていないとなると我々は魔法が行使できない、 または大幅に制限される、ということになるわけだが……」
 それについては複数人が頷き、賛同し、次々に意見を述べている。
「それに何の力が解放されていないということなのかがわからないな、これについては?」
 もちろん魔法の力と言いたいところだが、 それだけでは理論的な内容にもならなければエンビネル教授の”我々は魔法が行使できない、または大幅に制限される” という話にも反することにもなるため説明ができないだろう。 現にこの場には高名な魔法の使い手もいるのでアイルの案は偽である可能性が大きい。
 しかし、アイルの内容の趣旨としてはそれは想定の範囲内、 案を作るということはあえて異なるような命題を作り、それを偽であるという証明を行う必要もある―― 所謂、帰納的な証明というものである。 つまり、パワーストーンは力を制限するものではないことが証明されたのである。 ちなみに、そういう内容であることはアイルが発表をする前に偽であることの証明であることを冒頭で説明している。 今まさにその通りであることが立証されたということである。 何故そんな証明をしているのかというと、それはエンビネルの次のリアクションがすべてを物語っていた。
「では次、エンビネル氏――」
 次の発表者について進行役が促すが、エンビネルは両手を上向きにし、それを前に出して見せた。
「ん? どうしたんだ、エンビネル君――」
 教授の一人が改めて促すと、周囲がざわつき始めた。
「そういえば、エンビネル氏のレポートが配布されていないようだが……」
 先ほど説を発表したアイルが気が付いたのでそう言うと、エンビネルが答えた。
「すまんな、実は以前発表した時からまったく研究が進んでいないのだよ。 だから私のレポートはご覧のとおり、配布はしていないよ」
 ということだそうだ。エンビネル教授はこの研究については最も権威のある存在であるためみんなが期待していたが、 それがこうではみんながみんな肩を落とすしかなかった。
 すると1人の学者が口を開けた。
「まあまあ、以前までのエンビネル君の案は既に完成されていた内容、 つまり、現状では研究が行き詰まるのも辞さないような状況なのだろう。 確かにあの内容なら、もはや流石に実物を見なければわからないような段階、 そういうことの表れだと思って皆で受け止めるしかない」
 そう、この研究自体がそもそも行き詰っているのである、 アイルの発表が偽の証明をあえてやっているというのもそういう理由である。
 それに対してエンビネルは申し訳なさそうに答えた。
「ナキル、まったくもってその通りだ、これ以上はどう進めるべきか悩んでいるところなのだ。 だからと言ってレポートもなしというのは申し訳なく思う」
 とは言うが、みんなはそうは思ってなかった。
「そんな、申し訳なく思うことなんてあるまい。 今やこれまでのエンビネルの案ありきで研究が進んでいるのだからな。 今回の発表会の主なテーマはエンビネルのその案を補完することが主な目的の催しだからキミが思い悩むことではあるまい――」
 進行役はなだめるようにそう言うと、続けざまに言った。
「さて、ほかになければ今回の発表会は終了とするが――」
 するとエンビネルはそれを遮った。
「そうそう、実はもう1人この場で発表するべき人物がいるハズだが――」
 エンビネルのその一言で場はざわついた。
「? 何を言っているんだエンビネル? ほかにはいないと思うが――」
 進行役が疑問に思いながらそう言うと、エンビネルは手元のレポートを確かめながら言った。
「そうかな? 私の眼にはこの学生諸君の中に混じってとても興味深いことを記載してくれているものがいるように見えるが?」
 発表会の様子を見て勉強している学生たちの間で緊張が走った。 共同研究として、一応学生らもそれらしい内容を書いてはいるのだが、 無論、発表する内容としては未成熟、発表会後に各人で持ち帰って読み込む目的で配布されているに過ぎないレポートなのだが、 今回はどういうわけかエンビネルが”今ここで発表すべき内容だ”と言うことで、皆が驚いていた。
「何!? どれだ、どのレポートがそうだというのだ!?」
 アイルも慌てながら手元のレポートを確認していた。 すると、エンビネルは落ち着きながらその内容をゆっくりと読み上げていた。
「パワーストーンは力の通り道、大きな精神の力を通す巨大なトンネル――」
 それに対して反応した者が一人――
「それ、私の書いた内容……ですかね……?」
 その声の主はアリエーラ、そう……エンビネルが注目しているのは、まさかのアリエーラのレポートだった。