彼女は学術都市ルーティスの学園にいた。
その学園は小中高一貫性の学校があり、そして大きな総合大学を構える由緒正しい学園都市である。
召喚魔法の使い手として高名なエンビネル教授の下、
例の彼女は学者見習いというか、召喚士見習いとしてエンビネル教授の研究室で共同で研究をしていた。
「教授! 本日はディスタードのダネイモスさんがお見えになる予定ですよ!」
「ああ、アリエーラさん、いつもすまんね、秘書みたいなことやらせてしまって。
ええっと、ダネイモスが来るんだっけ?」
そう、彼女の名はアリエーラという名の女性である。
それこそ、大多数からほぼ満場一致で容姿端麗を絵に描いたような伝説の美女とも呼ばれるような存在であり、
男性はもちろんのこと、女性からも羨望の的とも言わしめるような特別な存在で、
長くて美しい髪の色は淡い紫色のように見えるがよく見てみると銀色という神秘的な色合いで服装も上から下までお嬢様のようなスタイルで身を包んだ奥ゆかしい女性である。
そんな彼女だけれども、ただでさえ伝説の美女と言わしめる存在だというのにこの後の彼女の行動により話題の人として広く取り上げられることとなる。
「はい、それが午前10時頃の予定ですね――」
「えっ、10時だって!? あと10分しかないじゃあないか!」
エンビネル教授は時間に気が付くと、慌てて面談室へと走って行った。
忘れ物に気が付いたのか慌てて戻ってきて、何かいろいろと資料を持ち出すと再び面談室へと向かっていった。
……ところで、アリエーラのこの忠告は今初めて伝えたものではない。
数日前にその予定が入り、エンビネルは二つ返事で引き受けた。
そして、時間が差し迫って来そうになる1時間も前から何度か伝えていたのに――
今の今まで研究に没頭しすぎていてまったく気が付いていなかったようである。
しかし、エンビネルとしてはいつものことだったのでエンビネル自身はさほど気にしていない、
ただ、何度も教えてくれていたアリエーラに対しては申し訳なく思っていた。
エンビネル教授の研究室で対象にしているテーマは魔法の力を増大させるパワーストーンの存在である。
そのパワーストーンというもの自体はどこにでもあるのだけれども、
このルーティスから北の方角にあるクラウディアスには非常に大きいパワーストーンがあり、
それは何やら特殊なものだといくつかの書物に記載されている。
しかしそのパワーストーンの存在だけが有名となっている半面、調査した文献は残っておらず、
共通しているのは往々にして絶大な魔法の力を生み出すものと言われていることだけである。
言っても昔語りの伝説の一幕に登場する特殊なオブジェという扱いで描かれていることがほとんどで、
実際には何もわかっていないらしい。
それならば確かめようとクラウディアスに赴きたいところだけれども、
残念ながらこの時の世の中の流れと言えば戦時下でありルーティスとクラウディアスには国交がなく、
そもそも当時のクラウディアスは鎖国を敷いているため渡航手段がないのである。
それにクラウディアスは召喚王国、この戦争時代では強国の一つとして数えられていた。
そのためクラウディアスが侵攻されるのは考えにくく、他国が干渉することは許されないだろう。
パワーストーンの調査なんていうことであればなおさらである。
アリエーラとしてもそのパワーストーンの存在には興味があった。
召喚魔法の使い手でもある彼女としては召喚王国にあるパワーストーンというだけでもなんだか特別感があった、
だから彼女も共同で研究をさせてもらっていた。
「あら? 教授、もう面会は終わりですか?」
彼女は教授が戻ってくるや否やそう言った、10分もしないうちに戻ってきていたのである。
「悪いね、何度も何度も予定を伝えてくれたのについつい忘れちゃって。
なんせ、発表の日と被ってしまって……いやあ、ろくに確認もせずに予定を入れる私が悪いのだが――」
と、教授は悪びれた様子で答えた。
この後に今研究している内容の発表会が予定されているのだが、実はダネイモスと会うタイミングとダブルブッキングしていた。
そのため、昨日になって気が付いた教授は慌てて何とかしようとしたところ、
発表会のほうがダネイモスと会うタイミングの後次第ということで調整をつけてくれたようだ。
それでアリエーラが急遽秘書みたいなことをする羽目になっているのだが、大事な用事があるのならもう少し慎重に――
とにかく今となっては後の祭り、話を進めよう。
エンビネルは話を続けた。
「ダネイモスも忙しいらしくてね、もう帰っちゃったよ」
アリエーラは考えた、そう言えば――
「そうでしたか。ディスタードと言えば今は大変な時期ですものね。」
ということである。エンビネルは頷いた。
「うん……ああそうだな、確か今はアレンヒル軍との交戦で結界に対して苦戦しているって言っていたな」
もちろん、ここだけの話である。アリエーラとエンビネルはさらに話をした。
「そういえばアレンヒルといえば、前に魔具を使用して魔法を行使するのが得意な組織だって言ってましたね!」
「得意……というわけではないんだが、そういったエンチャントグッズを多用して進軍してきているという話だね。
もちろん、それについて話をしてきたところだよ。
魔具による結界を使用したときの弱点を調べて教えてやっといた」
「魔具による結界ということは、魔具自身を破壊してしまえば無力化できますからね。」
さらにアリエーラは続けた。
「結界を張る魔具は結界を張ることに力を使うのですが、
その性質上使い手が回収しやすいように設計しなければいけないですから、
言い換えれば、魔具自身が直接攻撃を受けることに対して無防備であることが多くなりますね。
なるほど、ダネイモスさんはその成果をお知らせに……」
と、アリエーラは自分が言ったことについての違和感を覚えていた。
「えっ? ダネイモスさんから効果のほどを確かめに来た、ですか?」
それに対してエンビネル教授は驚いた。
「えっ……ちょっと待った! つまりキミはそのことを知っていたというのか!?」
アリエーラは何食わぬ顔で答えた。
「えっ、まさか……今教えてきたということですか!?
すみません、私としてはそれは既に実践されているものだと……。
当然、高級な魔具であればその限りではありませんが、
今のこのご時世における戦争で使うものということであれば大量消費が基本だと思いますので、
コストが抑えられるのであれば可能な限り抑えようとする必要が出てくることかと思います。
ということはつまり――要するに、そういうことかと思ったのですが――」
エンビネル教授は頭を抱え、アリエーラに近づきながら言った。
「……まったく、私が三日三晩かけて調べ、そしてようやく見つけだした攻略法だというのに――
そういうことなら最初からキミに訊いておくべきだったよ。
それにしても、キミにはいつも驚かされっぱなしだ、初対面の時からそうだ。
学者はおろか一流の召喚の使い手でもそうそういないほどの数の召喚獣と契約しているし、
その割には身寄りもなく自分の記憶がないとか、キミはいったいどうなっているんだろう――」
アリエーラというスペックの高すぎる人物相手に脱帽気味だったエンビネル、
才色兼備という言葉があるが、まさしくアリエーラのことを指しているようだった。
しかしアリエーラ自身も記憶がないという通り、自分という存在についてあまりよくわかっていなかった。
「……まあそれは今はいいとしよう、過ぎたことだ。それより、キミのパワーストーンのレポートはまとまったかな?」
エンビネルにそう言われるとアリエーラはレポートをすぐさまそろえ、教授とともに発表会の会場へと赴いた。