「そう、よっぽど決意が固いのね、気に入ったわ、イケメンさん。彼女のこと、大事にしてあげてよね。」
とある男は――その言葉の通りに実行に移すべく、修行に明け暮れていた。
「おーい、大丈夫か、あんちゃん?」
誰だ、この私を呼ぶのは――男はそう思った。だが――
「あんただよあんた! 呼んでるんだよ! そろそろ飯でも食ったらどうだ!」
「ああ、それは申し訳ない。ちょっと、修行に熱中しすぎたでしょうか?」
男は申し訳なさそうにそう言った。
「ははは。まあ、いいから、さっさと、食べな」
「はい! いただきます!」
彼はケンダルスでの修行を始めてから2年半の間――最初は”お姉ちゃん”こと、レヴィーアというプリズム族の女性と一緒に暮らし、
修行をしていたのだが、そのうち彼女は彼の元から立ち去っても彼はその地に留まり続け、修行を続けていた。
人間的に角が取れたのだろうか、非常に人間的に丸くなったことを自覚していた。
彼は同じくケンダルスで頑張って修行している者たちと混じり、食卓を共にしていた。
ここではみんなが仲間、すべてを忘れることもできるだろう。
だがしかし、彼にはどうしても、とある女性のことだけは忘れることができなかった、
いや、忘れたように見えるだけで、実際には心の奥底にしまい込んでいただった、
それだけ、彼女のことを思っていたのである。
しかし、彼がそういう芸当ができるようになったのも、ここでしばらく暮らしていたおかげに違いない。
「あんちゃんが”万人斬り”って呼ばれていたのって本当?」
とある修行僧が彼にそう訊ねると、
「これ! そういう話をするでない! あんちゃんに迷惑がかかるだろう!」
と、年配の修行僧がしかりつけていた。
だいたいこういう場所では彼みたいな世捨て人まがいの存在がこうしていることも珍しくない。
そのためか、忌まわしい自分の過去を忘れようとしている者がいる状況下でそう言う話をするのはタブー視されている、
年配の修行僧がしかりつけているのもそういうことである。
しかし、彼は違っていた。
「いえ、構いませんよ別に、私にとってはそれが事実、
私が私である限り、そんな過去から逃げも隠れもできないでしょう。
しかし――裏を返すと、一応そう呼ばれて世間を渡ってきたという経験だけはあるつもりですので、
今後はそのことを生かし、今度は”万人斬り”ではない私という存在で、新たに世界を見ていくつもりです」
彼は非常に前向きだった。この弁はここでの修行によって悟ったことではなく、
一緒に暮らしていた”お姉ちゃん”の受け売りである、それだけ彼にとって”お姉ちゃん”の存在は大きかった。
それから数日経過し、彼はケンダルスを去る決心をした。
「本当に行っちまうのかい?」
「ええ、私が変わっても、”約束”は”約束”ですからね。
その”約束”を果たすため、私はこれから友人に会いに行くつもりです」
「そうか、それならば仕方あるまいな。
だが、あなたは大きく変わられた、無事にやっていけることだろう」
彼はそのお方――高僧に対して態度を改まり、一礼をした。
すると、高僧は気さくに――
「あ、これ、面を下げんでもよろしい。
恐らく、私の知る限りでは、あなたはこれまでにないほどの偉大なる存在となることであろう。
かつて修羅道を歩んできたにも拘わらず、その仲間想いの面と、
そして、またこうやって新たな出発を決意したその気持ち、
それがあれば、あなたはうまくやっていけることでしょうな」
「そんな、私はそんなに大したものではありませんよ」
すると、高僧は首を傾げながら言った。
「ふむ、そういえば、今は無名だったかと記憶しているが――」
「ああ、そうですね、私には名前はありません。
かつては”万人斬りディルフォード”という名を持っておりましたが、もはや私には――」
そして、高僧は意を決したかのように言った。
「なるほど、”万人斬りディルフォード”……。
では、今度からはこう名乗るがよい、”賢者ディスティア”と!」
「でぃ、ディスティアですか!?」
破滅を知る者、そして、その破を破る者という意味を込められてなずけられた名前、
自分にまさかそのような名前が与えられようとは――彼は恐縮していた。
「そうとも、あなたもご存じのように、過去からは逃れることなどできはしません。
だがしかし、それを受け止め、前進しているあなたにはぴったりな名前かと思うが、いかがだろうか?」
そう言われた彼は――意を決して答えた。
「いえ、ありがたく、お受けいたします!」
こうして、ディルフォードという男はその生涯を終え、
新たに”賢者ディスティア”という者に魂が宿り、ケンダルスを後にしたのであった。