ところが、ディルフォードの知っている島とはもはや様相が異なっていた。
「よう、ディル! ちょうどいいところに来てくれた! 頼むからあれを何とかしてくれ!」
到着するや否や、戦場の装いがあった。
「なんだ? やってほしいのか?」
「頼むよ。ディルにしかできないからさ!」
アスダルは調子のいいやつで、自分でもできる癖に、人にやらせるとは――ディルフォードは少しイラっとしていた。
「まあいい、こんなところにまでセイバル軍がいるのも不愉快だ」
するとディルフォードは万人斬りらしく剣を振り払い、対象となる敵をすべて一掃した。
「で、イールはいないのか?」
「ああ、イールは戻ってない。リオーンもバルティオスにいるし、ワイズもオウルだろ?
つまり、鬼の居ぬ間にやってきたんだ、あいつら。卑怯だろ?」
確かに卑怯な手口だが、そうでもしないと連中はシェトランドに勝てないのだろう、
まさにそういうことである、それならば仕方がない、ディルフォードは敵に同情していた、ほんの少しだけ。
とはいえ、オウルの里からの援軍もやってきているハズ、彼らはどこにいるのだろうか、ディルフォードは訊いた
「オウルの援軍はどこに?」
「ああ、島の周りの防備を固めてもらっている」
「固めている割に侵攻されているようだが」
「既に上陸しているのを排除するのはこれからの仕事さぁ!」
早い話、助けに来るタイミングが少し合わなかったということらしい。
それにしても、この機に乗じて一気に侵攻してくるというのもなんだか珍しい光景だった。
とはいえ、せっかくの鬼の居ぬ間なのに一気に侵攻してくる数が思ったほど多くないこと、
どういうことだろうか、アスダルに訊ねた。
「そいつは俺も気になった。もしかしたら、何かを警戒しているのかもしれないな」
となると、やつらが気にする必要があるのは一つだけ――
「ディスタード軍? 確かに、セイバルのバックには今はリベルニア軍が付いている、となると、
ディスタードとの衝突を避けるべく、目立った動きができないってことか」
「そうさ。ディスタードに目をつけられたらリベルニアとディスタードとの戦争になっちまう、
ただでさえ両国間で仲が悪いってのにな」
仲が悪いのもそうだが、互いに自己主張しかしてないからそうなるわけで。
勝手だな、お国のお偉いさんも。そいつらのせいで新たな悲劇が生み出され、
そして、ディルフォードをはじめとする戦争の駒もあちこちに飛ばされる、
彼にとっては里に潤いをもたらすための商売になるわけだが。
しかし、それでもあまりいい気はしない。と言っても背に腹は代えられないわけだが。
ディルフォードとエレイアはアスダルに連れられ、集落の長の家へとやってきた。
相変わらず、広くてぼろい家だが、ここが彼らの拠点となるわけだ。
「あら? もしかして、ディルとエレイア?」
「ローナか、戻っていたんだな」
「ええ。でも、しばらくしたらディスタードにまた戻るつもりよ」
彼女の名はローナフィオル。
彼女はオウルの里で暮らしていた身だが、実際の出生地は不明である。
実はその特徴、ディルフォードも同じであり、彼自身も自分の出身地についてはよくわかっていない。
さらに言うと、ディルフォードと違って過去の記憶がないというのがある――どこかで聞いたような。
そんな彼女だが、今はディスタードのガレアで暮らしていて、
生計を立てている、つまりはガレアの帝国軍に所属しているわけである。
そんな彼女だが、シェトランド人の中でも3大美女の1人として知られている存在でもある。
「エレイア! 亡くなったって聞いたよ!」
ローナフィオルはエレイアを心配しながら言うと、エレイアは襲る襲る言った。
「う、うん、大丈夫、私はちゃんと生きている――」
「へっ? エレイア、何かあったの!?」
エレイアのその話し方に異変を感じたローナフィオル、それに対し、ディルフォードが言った。
「彼女、記憶がないんだ、だから――」
すると、ローナはエレイアの手を握って言った。
「なあんだ、そうだったのね。でも、無事でよかった、本当に、よかった――」
ローナの目には涙が。この2人、無二の親友、しばらくはそっとしておくことにしたディルフォードである。
ディルフォードはシェトランドの戦士たちの集まる部屋へと赴いた。
「おおっ、一番頼れるやつが来たぜ」
「頼れるやつ?」
「ディル以外にいるかよ。リオーンもワイズリアも腕はいいがノンダクレだし、
イールはシスコンだし、ほかにも実力者はいるが、やっぱりディルが一番じゃねえか」
ふん、光栄なことだな、ディルフォードはそう思った。
「それで、その頼れる私に何の要件だ?」
「おおっ、流石は話がわかるねえ。実は、セイバルの島へ直接乗り込もうってことになったのよ。
本島や本土をたたくのも考えたが、とりあえず先に南側の島の研究施設さえ押さえてしまえば、
俺たちの捕らえられた仲間も無事に帰るってもんだろ?」
確かに、南側の島の研究施設に、彼らの仲間が捕まっているはず、そして、そこさえ押さえこんでしまえば、
シェトランドへの侵攻の拠点となっている南側の島を制圧してしまえば、
連中はしばらく侵攻ができなくなる――そういう算段だろう、ディルフォードはそう思った。
「なあ、どうよ?」
もちろん、彼はそのためにここまで来たのだから、やらないという選択肢はなかった。
決戦前夜、エレイアはローナと共に、ディルフォードが立っている丘の上にやってきた。
「訊いたわ。明日、敵地に乗り込むんでしょ?」
「ああ、ここでやらねばならない。そうしたら、敵もしばらくはおとなしくなるはずだ」
「うん、そうだよね、それに、ルーイもまだ捕まったまんまだし」
ローナフィオルが口をはさんだ。ルーイとはルイゼシアのことである。もちろん、あのイールアーズの妹である。
「ねっ、エレイア!」
ローナフィオルがそう促すと、エレイアが口を開けた。
「ねえ、ディル、私も一緒に連れてって、お願い!」
連れていくつもりはなかったが、そう言うと思っていたディルフォード。
無論、何も言わなければそのまま黙って行く予定だったが、
まさか本当に言うとは思わなかったため、ディルフォードは悩んでいた。
もちろん、危険もあるし、いつでも守ってやれるだなんていうことは難しい。
しかし、彼を見つめるエレイアの目は本気だった。これでは仕方がない。
「わかった。エレイア、絶対に離れるんじゃないぞ。そして、絶対に死ぬなよ」
「うん! 約束する!」
そんな2人のやり取りに、嬉しそうに見つめているローナフィオルだった。